第二百七十六話:目覚め
しばらく抱き合っていた二人だったが、メレアさんが体を離し、ミーナさんがその体を支える。
「それで……なぜミナ様がここにおられるのですか? 私は……儀式の贄にされたはず」
「そうですわ。とても恐ろしい魔力が流れていましたの、おそらくあれが地脈の穢れですわ。王族を堕落させてこの土地をダンジョン化しようとしていたのです。本当によく耐えてくれました。メレア、貴女のおかげで多くの者が救われます」
メレアさんが首を振る。金髪がひらりと舞い細い首筋が覗いて……なんか無性にファスに会いたくなるな。
というか、ミーナさんもメレアさんも線の細いエルフ美人なわけで、異世界って凄いな。
元の世界では見たことのない美形二人から見たら僕とかどんな風に見えるのかちょっと気になる。
「私はただ、ミナ様を守るために必死だっただけです。それで……そこのモーグ・コボルトと人族に……女の子は一体? 特に少女からはただならぬ魔力を感じますが……」
メレアさんの橙の瞳がこちらを向く。すると、ミーナさんが泣き顔を引っ込めて胸を張ってどや顔をし始める。
「紹介しますの。右から、モーグ族のモグ太に、A級冒険者のシンヤ殿、そしてそのパーティーメンバーのフクちゃんですわ。貴女とモーグ族を助けだし、冒険者達による砦への奇襲をする為に砦の結晶壁を掘りぬいた英雄なのですわ。私はこの功績を称え、吟遊詩人に詩を作らせて、お城には絵を飾ろうと――」
「はいはい。冒険者の吉井 真也です。真也がファーストネーム、好きなように呼んでください。動けますか? とりあえず、これからどうするか決めましょう」
フンスっ。とミーナさん鼻息荒く語り始めるが、時間が無いので割って入る。
メレアさんはこちらに向き直り指をついて礼をした。日本的な座礼にちょっとびっくり。
「ありがとうございます冒険者様。ミナ様が大変ご迷惑をおかけしたことでしょう。さらには助けていただいた御恩決して忘れません。呪いに侵される最中、泥のような闇の中で誰かの手が私を助けてくれたのを感じました。冒険者様が私を助けてくれたのですね。【解呪】の秘術、まさにA級冒険者の手腕です」
そう言って手を掴んでくる。体が近いし、僕の手は穴掘りのせいで豆だらけで不格好だし汚れているのでちょっと恥ずかしい。というかこの人も人族に対して差別とか無いのか。やはり一部のエルフが洗脳されていたってことなのか? 緊張して変なことを考えていると、ミーナさんが横から手を被せてきた。
「そ、そこまでですわ。メレア、シンヤ殿に失礼ですのよっ!」
「マスターのアホー」
「……ミナ様? その反応……」
フクちゃんからのジト目をもらって、やんわりと離れる。メレアさんが目をパチクリとさせて首を傾げていた。うん、これは話題を逸らそう。なんか嫌な予感がする。どこからかファスの冷気を感じそうだ。
「そう言えば、メレアさんはミーナさんのことを『ミナ』って呼ぶんですね」
ハルカゼさんもそういう風に呼んでたな。どっかで聞いたような……。うーん。
ミーナさんが一瞬口を開けて、すぐにわたわたし始める。
「そ、そうでした。メレア……ちょっと、こっちへ……」
「え? はい。……えっ、どうして……まぁ!……わかりました」
ミーナさんがメレアさんと離れて何かを話し合っている。そろそろ、移動したいんだけどな。
そして、二人が再びこちら向き直る。
「『メイド長』のミーナ様がお世話になりました。この度は本当にご迷惑を……」
「メイド長ですのっ!」
露骨に目を逸らすミーナさんに、申し訳なさそうなメレアさん。その態度からは『頼むから聞かないで』という強い意思を感じる。
絶対嘘じゃん。でもここでそれを指摘したら、話が進まないので一旦飲み込んでおこう。多分、いいとこのお嬢様とかそんな感じだろう。姉妹のように仲の良い関係ってのはその通りっぽいし。
「あぁ……はい。えと、じゃあこれからのことですけど……まずはそこでのびてる『監督』から情報を聞き出しますか。フクちゃん、尋問できるか?」
「まかせてー」
フクちゃんが片手で気絶した監督を壁にもたれさせ、景気よく頬を張り飛ばす。
あまりに躊躇の無い気付けに、エルフ二人とモグ太がビクリと震えていた。うん、なんなら僕もちょっとビビった。相変わらず容赦がない。さらには、爪先で毒を入れて気付けをすることで監督と呼ばれていたエルフの男が目を覚ます。
「ガハッ……き、貴様、これは一体、グッ、縛られているっ!?」
動き出す前にはフクちゃんが糸で拘束をする。時間が無いので僕も横から監督の頭に手を当てて【鈍麻】で思考力を奪う。
「うぅ……何が……」
「よし、フクちゃん。尋問用の毒を入れてくれ」
「もう入れてる」
「じゃあ、始めるか」
なんだか慣れてきている自分が怖いよ爺ちゃん。
「こ、これが冒険者なのですね」
「そ、そうですわ。メレアは知らないでしょうけど、これが普通ですわ」
「……モグヌゥ」
多分普通じゃないけど、今は監督に集中だ。
「まず、あんたは何者だ。何でエルフなのにリザードマンに協力している?」
ぼんやりと虚空を見ながら監督が口を開き始めた。
「俺達は、エルフに生まれながらも魔力量が低い者達の集まりだ。生きる為になんでもやる……高貴なエルフがしないような、建築の仕事だってやってきた。強盗も、物取りも、なんでもやった。惨めだった……魔力さえあれば……そう思っていたら。あの方が、【蛇姫】と【信奉者】が助けてくれたんだ。カルドウス様を信仰すれば魔力なんていくらでも手に入ると……魔物化の秘術を習得することで膂力と魔力を手に入れることができる。俺達を出来損ないと捨てた家を見返すことができると……城伯はことが成功したら、俺達を取り立ててくれると約束してくれた……ダンジョン化さえ成功すればあとは、勇者に攻略させたように見せかけて、その功績を持って王族に取り入って……俺達は……成功者になれると……」
……このエルフ達にも背景があることがわかったが、だからと言ってメレアさんにしたことやモーグ族にしたことを許す気にはならない。ただ、やるせないだけだ。尋問を続けよう。
「【信奉者】と【蛇姫】について教えて欲しい。あと【結晶竜】と【聖地】についてもだ」
知っていることは全部教えてもらう。
「【信奉者】と【蛇姫】は【聖宝】を使って竜の力を――もう、遅い。儀式が途切れた、目覚める。終わりだ……」
その時背後から地鳴りのような音が響く。そしてガラスの擦れるような音が続き砦全体が震え始めた。
「これはっ!?」
「地震……まさかっ!」
ギギィ――。
閉じた扉がゆっくりと開く。石室まで結晶の破片が入り込み、空気が殺気に研ぎ澄まされて肌に刺さるようだ。強敵と相対する時はいつもこうなる。
「マスター……」
「あぁ、起きたみたいだな。儀式のせいで眠っていたってところか」
皆を庇うために広場に一歩でる。身動ぎ一つもしなかったその巨躯が微かに脈動を開始する。無機質で巨大な質量が呼吸をしているのだ。周囲の結晶もその息遣いに合わせて発光を強める。
上層で響くリザードマンの吠え声は明らかに激しさを増して異変を伝え。あるいは自分たちの王を歓迎する。
吹き抜けに差し込む光に照らされる異形の化け物。
ゆっくりと顎を開き、その瞳は爛々と輝く。
絶叫。その振動だけで吹き飛ばされそうになる。
砦を飛び越え、戦場にまで響く轟音を持ってそれは告げられた。
エルフ達を絶望の底に沈めたリザードマンの魔王種。【結晶竜】が目覚めたのだ。
いよいよ、この章での最大の戦いが始まります。更新遅れてすみません。次はもうちょい早くに投稿できると思います。
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