第二百七十四話:呪いと竜の影
リザードマンに化けていた『監督』と呼ばれているエルフを追いかけていくが、横穴から出るとリザードマンが至る所にいる為、慎重にならざるをえない。幸い、結晶竜がいる広間は結晶の柱が至る所に生えているので、隠れる場所はあるが……何かの拍子にいつ何時見つかるかもわからない。監督以外のエルフ達は侵入者の報せを聞いて、武器を取りに別の場所に行っているようだ。
(フクちゃん。もし、戦闘になったら、二人を守ってくれ。敵は僕が引きつける)
(……ヤダ、全部コロス)
念話でフクちゃんに頼んでみたけどダメだそうです。まぁ、そう言ってもフクちゃんなら二人を守ってくれるだろう。とか言っているうちに、岩肌が多い場所になってきた。どうやら、ここは作業をしていたエルフ達が生活をしている区域のようだ。その中でも一際しっかりとしたつくりの場所へ監督は向かっているようだ。
「ここは、聖地への儀式を準備するための瞑想室ですわ。そこを改築しているようです」
「新しい扉が露骨に設置されていますね。牢屋にはぴったりだ」
ミーナさんが顔を寄せて囁いてくる。なるほど、周囲と隔絶された空間は牢屋にはぴったりだろう。
この階層のことがわかってきたぞ。広場は螺旋状に用意されたリザードマン用の通路に結晶竜が眠る中央の広間があり、広間から本来繋がっていた、地下への通路の脇に横穴を掘っているというわけだ。僕等が入った場所は、横穴からさらに外れたスペースになるのだろう。というかこの砦広すぎだな。
「モグヌッ!」
モグ太が監督を指さす。その先には石室があり、扉越しにエルフの女性がちらりと見えた。
「いましたわっ!」
「フクちゃん。近くにリザードマンは?」
「いる。5時の方向、餌を運んでいる。三匹だよ」
確認するが、結晶柱越しなので姿がわからない。声を上げられたら他のリザードマン達も殺到するだろう。そうなればモーグ族達に被害がでるかもしれない。
拳を握る。まだ我慢だ。慎重に行動しなければ全部がダメになる。
「チッ、まだ無理はできません。押し入るのは少し待ってください」
「わかっています。でも、メレアが……」
「僕が近づいて、先にあの部屋を制圧します。フクちゃん、リザードマン達を見張ってくれ」
「糸でわかる」
「助かる。任せたよフクちゃん」
地下に来てからも糸を張り続けてくれているおかげで、フクちゃんが把握できる空間が広がっているようだ。見えずとも、何がどこにいるのかを知ることができるのは大きい。
周囲のことはフクちゃんに任せて、僕は目の前に集中しよう。
「皆はここで待っていてください」
「……メレアを、私のお友達をお願いします」
無言でうなずく。息を潜めて、一人ゆっくりと前へ進む。
扉の前までたどり着く。【掴む】で扉を少しだけ引くと、鍵はかかっていないようだ。わずかな隙間から中の声が聞こえる。
「もう一度だ。呪具を握って、戦場で流れた血を意識しろ。カルドウス様の堕落を受け入れるのだ」
合掌して集中して、扉をゆっくりと開ける。首に鎖が繋がれた金髪のエルフがいる。あれがメレアさんだろう。エルフの年齢はわかりづらいが、かなり若いミーナさんと同じ十代に見える。真っ黒な貫頭着に装飾品を身に着けており、一見するとお姫様というより祭司に見える。石室の床には複雑な魔法陣が描かれており、文字列がミミズのように蠢ていた。メレアさんの目は虚ろで焦点は定まっていない。汗や涎を流しながら、何かを呟いている。
「……わ、私は……竜の止まり木……どうか、安らかに……女神の詩を……」
「まともな言葉も失っておる。ここまで浸蝕されていて。どうしてダンジョン化が始まらない! 贄が足らないのかっ! 結晶竜をダンジョンマスターにしなければ我らの立場が無いんだぞっ! やはり【信奉者】を呼ばなくてはならんのか。ダンジョン化さえ達成すれば、すぐにでも逃げ出せるものを……」
メレアさんの袖や裾から覗く手足には魔法陣と同じ紋様が蛇が巻き付くように、書かれている。
明らかに普通じゃない。この感じ、カルドウスの魔力によく似ている。そんなものを体に流し込まれているのだ。
先程までの自分の甘い考えに嫌気がさす。儀式が目指す堕落が何なのか知らないが、砦が陥落してから彼女はこの責め苦に耐えていたのだと思うともっと早くここに来れなかったのかと考えてしまう。
後悔は後だ。体を部屋に滑り込ませる。【ふんばり】を使った身体操作で、踵から爪先への体重操作で一足で加速を開始。そのまま監督の背後を強襲、【呪拳:鈍麻】を喰らわせながら壁まで吹っ飛ばす。
「ギィヤアアア」
情報が欲しいので殺してはいないが、骨を砕いた感触がある。しばらくは動けないだろう。
「大丈夫ですか? 助けに来ました」
「……私は止まり木……」
軽くメレアさんを揺さぶるが、意識は朦朧としているようだ。
ジャラリと鎖が音を立てる。【手刀】で断ち切るが首輪は無理にちぎろうとすればメレアさんを傷つけるかもしれない。まずは……。
(フクちゃん、中は制圧した。入ってきてくれ)
(あいあいさー)
念話で連絡をして、外に隠れている三人を呼ぶ。広間はリザードマンがいるしこの石室の方ならば当分は見つからないだろう。武器を取りに行った作業員エルフが来るかもしれないが、このメレアさんをそのままにはしておけない。
「メレアっ。大丈夫ですのっ!?」
ミーナさんが飛び込んできた。この状態の友人を見せるのは辛いが、女性だし彼女に任せた方が――。
それは一瞬の出来事だった。ミーナさんがメレアさんに手を伸ばした時、メレアさんの身体に巻き付いていた文字が体から離れ、意思を持ったかのようにミーナさんの方に黒い触手となって伸びた。
望んでいた獲物を見つけたかのように襲い掛かる呪いの触手。
「させるかっ!!」
「シンヤ殿!? きゃあああああああ」
とっさにその触手を【掴む】。【吸呪】を発動させ、僕の身体に呪いを引き釣りこむ。
諦めずに伸びていく触手だが、それよりも僕が吸い込む速度の方が早い。逃げ出そうと手を伸ばす亡者のように呪いの宿主がミーナさんを追うが、【掴む】に固定されて動けずそのまま僕の中に入っていく。
「マスターっ!」
フクちゃんが糸でミーナさんを引き離してくれた。呪いは諦めずに強い悪意を持ってミーナさんを求めているのがわかるが、だからこそ離すわけにはいかない。
「絶対に離すかっ! 根競べだ……」
【掴む】にて、実体のない呪いそのものを掴んで【吸呪】で引きずりこむ。
鼻の中に鉄の匂いが満ちる。鼻血ではない、呪いから伝わる戦場の匂い。
エルフの差別意識を集めた穢れ、リザードマンとの戦争で溢れた死の実感と憎しみが呪いとして体に流れていく。視界が徐々に狭まっていくのがわかるが止められない。
……ここで意識を失うわけには……。歯を食いしばるが、抗いがたい呪いの本流に意識が流されていった。
『……懐かしい……戦場の匂い……我の餌場の匂いだ……』
目を開くと、竜の影が目の前で形を変えながらこちらを見ていた。
真也君がダイソンのように呪いを吸い込む光景はわりと怖そうです。
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