第二百七十二話:穴を掘らせる者
洞窟に響くツルハシの音と岩を運ぶ猫車のタイヤの音。結晶竜が眠っている広場から繋がるこの場所はどうやら通路の一つのようだ。中はかなり入り組んでいて、奥の方を見ることはできない。幸い、リザードマンの姿は無いようだ。この場所だけでも10体以上のモーグ族が働かされているようだ。
「モーグ族達ですの。あの男エルフですわ。よくもあのようなことを……許せません、行きますわよモグ太っ」
「落ちついてください。他にもモーグ族がいるかもしれません。ちゃんと逃げ道を確保してからじゃないと、犠牲が増えます」
今にも飛び出そうなミーナさんの肩を抑え、一緒に行くだろうと思ったモグ太も止めようとするが、モグ太はその場で小さく震えて頭を抱えていた。エルフの鞭の音が響くたびにビクリと肩を動かしている。
「……モグ太」
戦う力がほとんどないであろうモグ太にとっては、同族が虐げられている光景は恐怖でしかないだろう。
参ったな。モグ太の協力がなければモーグ族達と意思疎通もままならない。
一旦引くことも脳裏によぎったが、モグ太は背負ったボロボロのツルハシを強く掴む。
「モグモッ!」
小さい声で、しかしはっきりとモグ太は何かを言葉にした。父親だったツルハシに何かを伝えたのだ。
「マスター、モグ太はね……」
「大丈夫だフクちゃん。モグ太が何を言ったかはわかるよ」
モグ太の小さな体の震えは止まっていた。今までだってそうだモグ太は怖がりながらもあの横穴を掘りぬいたのだ。
恐怖に立ち止まることはあっても、決して逃げださずにここにいる。一瞬でもモグ太の覚悟を疑った自分が恥ずかしい。
「モグ太。手を出してくれ」
「モグ?」
モグ太の手に拳を当てる。ちょっと変わったグータッチだ。
「僕の故郷の儀式みたいなものなんだ。これで僕等は友達だ、モグ太の勇気を分けてもらう」
「エルフにはない儀礼ですの。私もやりますの」
「ボクもするー」
ミーナさんとフクちゃんも拳を合わせる。また一つ、この拳は重たくなった。
「よしっ、気合入った。まずはこのややこしい洞窟を調べて、逃げ道を調べよう」
「モグモッ」
「すぐに、すぐに助けてみせますわ。モーグ族の皆さん、メレア、待ってくださいまし」
「ミーナ、うるさい。マスター、ボクが行くね」
「わかった、気を付けて」
「ご、ゴメンなさいですわ」
フクちゃんが子蜘蛛の姿になり、壁伝いに奥に進んでいく。
残された僕等も岩陰から様子を観察する。
どうやら、この洞窟は結晶化した場所を避けるように掘り進めている為に、入り組んだ造りのようだ。隠れながら見ているとエルフか確認できる。パッと見て行き来しているのは5人ほどか、全員がおおよそ作業着とは程遠いゆったりとしたローブを着ている。
ギルドで見たエルフの冒険者とも違う恰好だし、貴族とも言えない粗野な印象を受ける。一体、どんな立場のエルフなのだろう?
壁に音が反響するおかげで、距離があっても会話も聞き取ることができた。何やら慌ただしく話している。
どうやら、僕等の侵入がバレたことによる警報を確認しに行った一人が戻ってきたようだ。外で鉢合わせなくて助かったな。
「おい、さっきからの音はやはりリザードマン達が群れに吠え声で信号を送っているようだ。上で何かあったらしい」
「チッ……ここにいると外の情報がわからないな。かといって俺達だけで上層に行くとリザードマン達に喰われるぞ」
「『呪物』を持った監督に頼んで上の様子を見てもらおうか?」
「その監督なら、ダンジョン化の儀式が失敗に終わっていることで城伯に詰められて今は躍起になってるよ。話しかけられる雰囲気じゃないぜ。それこそ嚙み殺されるぞ」
鞭を振るっていたエルフが洞穴の奥を指さす。なるほど、あっちに責任者がいるのか。
「……実は先日、城伯が監督を叱っていた所を見てしまってな。外は善戦していたはずの、リザードマン達が押され始めているらしい」
「は? そんなわけないだろ? 結晶竜の【眷属化】をした紫鱗種のリザードマン達を戦線に入れて軍は壊滅するって話だろ」
「俺もそう聞いていたが……なんでも空を飛びながら、氷の礫と黒い炎弾を吐きまくる化け物がいるとか……」
「おとぎ話の『翼を持つ竜』であるまいし……城伯が大げさに言ってるだけさ。まったく、報酬につられて来てみれば、こんな場所に押し込まれて毛むくじゃらどもの面倒番だ。嫌になるぜ」
エルフの一人がイライラした様子で鞭を地面に打ち付ける。
……絶対ファスじゃん。なるほど【空渡り】で空中から氷と炎で爆撃しているのか。
空から【精霊眼】で広範囲を見渡して、的確に攻撃しているのだろう。
「お、恐ろしい話ですわ」
「も、モグヌ~」
こっちもこっちで怖がっていた。まぁ、話だけ聞くとわりと怖いよな。
事実を予想できる僕はもっと怖いぞ。
「ただいまー。どしたの?」
とかやってたら、フクちゃんが戻って来た。
「おかえりフクちゃん」
「えっとね。奥にもモグ太の仲間いた」
少女の姿に戻ったフクちゃんからの情報を整理すると、割と色々なことがわかった。
まず、この横穴だが予想通りエルフの宝がある『聖地』を目指して掘っているらしい。この砦が結晶化する前にモグ太の父親が崩した通路が結晶化しているのでそこを避けて新しい穴を掘っている最中のようだ。穴掘りには砦に取り残されたモーグ族を使っているのは見ればわかる。
「あっちのおじさんは、儀式が上手く行かない理由がわからないって言ってた。だから宝を目指してるの。ダンジョン化が成功すれば結晶化を操って道ができるのにって怒ってた」
「なるほど、儀式が上手く行かない理由が分からなくて、理由を求めて『聖地』って呼ばれている場所を目指しているのか」
「今はそれで良いかもしれませんけれど、ある程度は結晶化を操作するようなことをエルフが言っていましたわ。どの程度なのかわかりませんが、もし『聖地』にたどり着いても儀式が上手く行かなかったのなら、メレアの入れ替わりに気づいてしまうかもですわ」
儀式が失敗している理由の一つは、エルフのお姫様が偽物だからだろう。結晶竜が広間で鎮座しているのも儀式が中途半端だとしたら……モグ太の父親が通路を崩してモーグ族を逃がしたことと、ミーナさんの友達が囮になったことが噛み合って時間を稼いでいるのだ。綱渡りの状況だが、広間は別としてこの洞穴にはリザードマンは見かけないし、エルフだけなら僕とフクちゃんで制圧できそうだ。
「フクちゃん奥にリザードマンはいたか?」
「いたよ、奥のおじさんがトカゲ」
「え? おじさんがトカゲ? どういう意味だ?」
城伯に色々言われていたという監督がフクちゃんの言うおじさんじゃないのか?
「喋るリザードマンが、穴を掘らせてる」
「……へ?」
やはり、一筋縄ではいかないようだ。
更新遅れてすみません。体調を崩していましたが復調したので、更新頑張ります。
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