第二百七十一話:砦の地下に潜む者
ハルカゼさん達を見送り、隠し通路に向き直る。
「ハルカゼは必ずや【信奉者】を見つけ出してエン・アルボソから応援を呼んできてくれます。私達はモーグ族と地下の囚われているメレアを助け出しますわ。拷問なんてさせませんの。オーっですわ!」
拳を上げて張り切るミーナさん。やる気のようだが……やっぱり気になることがある。
「メレアと呼び捨てにしているということは、やはり地下にいるのはお姫様ではないんですね」
「ハっ!? ……えと、ええと。そ、そうですわ。地下にいるのは姫に変装した付き人ですの」
「じゃあ、本物のお姫様はいったいどこに?」
「姫は大丈夫ですわ。い、居場所は秘密ですの」
挙げた手をそっと下げて目をそらすミーナさん。お姫様が無事ってのはいいことだけど、ギルドやエルフの中では立場のありそうなナルミも把握してないってのは不安だな。
「まさか……砦の近くに隠れているとか? ハルカゼさんは知っているんですか?」
「いいから地下にいきますのっ! 私達にできることをやりますわよ」
背中を押されて、通路を進まされる。うーん、気にはなるが……確かに今は地下のメレアという替え玉のエルフとモーグ族が優先か。
「わかりました。フクちゃん、モグ太、行こう」
「了解、マスター」
「モグッ」
分かれ道をハルカゼさんとは別の方向に進むと、石でできた階段がある。ランタンのわずかな灯りを頼りに進んでいく。階段はグネグネと曲がっており、素直に下に向かってはいないようだ。
「かなり回り道をしていますね」
「砦の安全な箇所を選んだ通路ですの。鉱山としての通路を利用したと聞いていますわ」
先ほどまでの気合はなりを潜め、ミーナさんは肩をすくませ僕の服の裾を掴んで恐る恐る歩く。
モグ太も周囲を警戒してきょろきょろと辺りを見渡していた。狭い通路では小さな音がど反響し、時には何かの鳴動のような地響きも感じることができた。
進むにつれ、音の種類が変わっていく。何か巨大なものがズルズルと這う音だったり、リザードマン達の遠吠えが聞こえる。
「壁の向こうの音なのか? 近くにリザードマンがいるっぽいな」
「こ、怖くありませんことよ。パッといって、サッとメレアを助けるのです」
「……そのメレアさんって人、ミーナさんにとって大事な人なんですね」
どういった関係なのか知らないが、怖がりながらここまで来ている時点で察することができる。
「えぇ、昔からずっと一緒にいましたの。私にとっては姉のような存在ですわ」
「そうですか。なら、助けないとですね」
「モグモグ」
「もちろん、モグ太の仲間達もな」
「マスター、近い」
フクちゃんが警告をした。一旦止まる。
「着いたら、どんな様子かわかりません。少しだけ、休憩します。特に水はしっかり飲んでください」
「急がないと……いえ、ここは冒険者であるシンヤに従いますの」
「……モグヌ」
ミーナさんとモグ太は特に逸る気持ちがあるだろうが、経験上、一息つくのは大事だ。
ファスはよく口を酸っぱくして、こまめの水分補給を注意しているからな。
できるだけ準備はしておく、アイテムボックスから水筒を取り出し、ついでに干し肉も摘まむ。
短い休憩をして、さらに進むと行き止まりにぶつかった。
「ここが目的地です。元々の砦では地下の祭場につながっていました。そこから聖地と呼ばれる広間につながっていますの」
「通路を開けると目立ちますか?」
「いいえ、ここはあくまで隠し通路ですから。儀式を執り行う王族や祭祀がいる目立たない控室の裏に出ますわ」
「執務室の時と同じように、僕とフクちゃんで前に出ます。慎重に行きましょう。【結晶竜】が近くにいるはずです」
「わかっていますわ」
「モグヌヌ」
「いつでもいいよー」
フクちゃん以外が緊張した面持ちで構える。目線で合図をして、ミーナさんが前に出る。
「開けますわ。【エガコ・プルヴィ・シムシム】」
「下がってください」
ゆっくりと石の扉が横にずれていく。見えたのは岩肌の壁と敷物のある床。リザードマンの足音はしない。顔を出して周囲を確認する。薄暗い通路でここは曲がり角のようだ。
「大丈夫っぽいです。フクちゃん、小さくなって通路の先を見れるか?」
「はーい」
フクちゃんが、小蜘蛛の姿で天井に昇り、索敵をしてくれる。
(だいじょぶ、マスター)
(わかった)
念話で連絡が来たので、ミーナさんとモグ太に手で付いてくるように合図をして前に進む。
フクちゃんが肩に乗ってきた。
(おもしろいよ。マスター)
「おもしろい?」
聞き返す前に答えが眼前に現れる。それは砦の後ろ部分をぶち抜いた、巨大な吹き抜けと壁一面を埋め尽くす結晶の広間だった。
「……おいおい」
「ヒッ、あいつですの」
「モッモ!?」
何よりも目を引いたのは、その中央にいる小さな山のような存在。
身じろぎ一つせず、結晶柱に埋もれるように鎮座しているのは巨大な薄紫の結晶そのもの。
一目でわかる、あれこそが【結晶竜】それ以外に呼称できないほど、名は体を表していた。
体長は8メートルほどで、横幅もリザードマンのそれとは違いかなり太い。
元の世界でテレビで見るような怪獣と違い、腕も長く、鋭い結晶に覆われた爪がその威力を想像させる。
普通のリザードマンとの違いは他にもあり、まず尻尾がべらぼうに長い。頭部もアンバランスなほどに大きく、牙が口からはみ出ている。全身から隙間なく結晶が生えており、それはリザードマンという生物を結晶で作ったかのような異常だった。
「こっちには気づいていないよな?」
「ダイジョブ、寝てる」
「眠っている?」
「あいつ、今、砦と一つ」
確かに【結晶竜】は結晶を通して、砦に繋がっているように見える。
この砦がダンジョン化したあかつきには、ダンジョンマスターになるのだろうか。
「とりあえず、今は起きていないようだから。刺激しないように前を通り過ぎよう」
慎重に壁伝いに広間の外周を回って別の通路を目指す。慎重に進み、どこかへ繋がる通路の入り口にたどり着く。
岩を打つ甲高い耳慣れた音が聞こえてきた。入ると、そこは岩肌になっており、結晶の浸食は受けていないようだ。むしろ、結晶が避けているようにも見える。
「この通路は?」
「ええと、おそらく【聖地】に繋がる方角ですの。新しく掘ったようですわ」
それなりに広い道を進むと岩を打つ音に交じって声が聞こえていた。
「おい、もたもたすんなっ! 結晶化を止めるだけでも相当めんどくさいんだよ。このコボルト紛いのモグラ共がっ!」
それは罵声だった。かすかに見える金髪と長い耳、エルフが三人。その前にいるのは。
「モグモ~」「…モグ」「モグリ…」
鞭で打たれ、傷だらけのモーグ族達だった。
ついに砦の地下にたどり着きました。
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