第二百七十話:推理は飯の後で④
トアに掴まれていた腕を振り解き、レイセンは一歩下がる。
「【信奉者】? 何の話だ?」
「ありゃ、認めねぇのけ。【カルドウス】デーモンの魔王種を信奉し、他種族がひしめく冒険者ギルドを利用して差別を助長し、その感情を『穢れ』として集めて今回の騒動を巻き起こした黒幕の一人。それがアンタだな」
ギルドの冒険者達が固唾を飲む。そもそも彼らはトアの言っていることをほとんど理解できていない。
今回の戦争は、リザードマン達に魔王種に匹敵する異常である【結晶竜】が生まれたことによる種族の暴走だと皆が考えていた。それは災害のようなものであり、仕方のないことだと。それが誰かが仕組んだなど、誰が納得できようか。皆の想いを代表してガビジオが警戒をしながらトアに近づく。
「聞き捨てならねぇ……リザードマン達との戦争が仕組まれていたのか?」
「そうだべ。オラの旦那様、特別A級冒険者のヨシイ・シンヤ様はその狙いを挫くためにこの戦場にやって来ただ」
本人が聞いたら「えっそうなの?」とか言いそうではあるが、トアは真実とはったりを織り交ぜて周囲を味方につけていく。レイセンは目付きを鋭くトアを睨みつけた。
「待て、いくらA級冒険者の奴隷と言えど、同じギルドの仲間を裏切者と呼ぶからには、根拠を述べてもらおうか」
「……アンタを怪しいと感じたのは、アルタリゴノのギルドが襲撃されて、オラ達が尋問していたエルフが殺された時だべ。すぐに冒険者が集まってきた。その中にレイセン、あんたとナナセもいたべな」
「……あぁ、いたぜ。よく覚えている。ここにいる他の冒険者もそのことは忘れてねぇぜ」
憔悴しきった顔でナナセはレイセンを見る。
「レイセンはこう言っただ『尋問の現場にはギルマスもいたのだろう』と。なぜ、ギルマスが室内にいることを知っていただ。ギルマスほどの猛者なら音がして誰よりも早く現場に来てもおかしくねぇべ」
「何を馬鹿なことを、ギルドが奇襲され、尋問していたエルフが死んでその最も近い場所にギルマスと貴様等がいたならば、そう考えても不思議ではあるまい。至極まっとうな推理だ」
その言葉を聞いてトアは首を横に振る。
「そうだべな。だからあん時はオラも追及はしなかったべ。決定的なことは、実は戦場についてから気づいたんだ。考えもしなかったべ。オラの料理には心と身体の調子を上げる。呪いが蔓延り、軍全体にかけられていた差別意識や洗脳に対してにも効果があっただ。だから街のエルフ達の差別意識も劇的に改善されていたんだべ……それなのにレイセン、誰よりも早くオラの料理を食べたあんたは味の感想だけしか言わなかった。本当は、誰よりも早くオラの料理の性質に気づいたんだ」
「……」
「思えば出来すぎた話だ。オラの料理を街へ広める為の屋台を広げると、カルドウスと関係のある貴族がやってくるなんて、どう考えてもギルドの尋問室へ誘導するための餌だべ。狙いは、口封じじゃなく、冒険者達の力を削ぐためにギルマスの殺害。そして……オラだな? フクちゃんと旦那様がいなければギルマスは死んでいただろうし、オラもどうなっていたかわかんねぇだ」
「君の推理には証拠が無い。私が裏切者である証拠を出してくれ、他の冒険者だって罠をしかけることができたはずだ」
「答えを持っているのはオラじゃねぇだ」
トアはレイセンの横にいるナナセに視線を向ける。ナナセは無言で矢をつがえてレイセンに向けた。
「ナナセ……」
「レイセン。お前が俺よりも先にあの獣人の料理を食べていたなら、なぜ俺にも食べるように言わなかった……今は頭がスッキリするぜ、俺がクソみたいな状況にいることをどうして黙っていたっ! いつも仲間思いで、気づいたことははっきりと口にするお前が……どうして?……裏切った?」
ナナセは涙を流して、相棒に矢を突き付ける。レイセンは俯き目を閉じた。
「はぁ……裏切るも何も、最初から私はカルドウス様の信奉者だ。あの御方こそが、真のエルフ至上主義を理解してくださる」
レイセンがローブを脱ぎ捨てる。白い皮膚がさらに色味を失っていく。まるで死者のような生気の感じられない不気味な青白い色。目を血走らせ、変貌した姿で唾を吐きながらレイセンは叫んだ。
「この大森林にエルフ以外の存在はいらないのだっ! 精霊の教えなどくだらない! 選ばれし者、それがエルフだ。他の種族など我らを支える折れた枝葉に過ぎん。虫だっ! 虫なのだ。……ナナセ、此方に来い。同志になろう。君はいつも他種族に憎悪を抱いていた。君ならば、私の考えも理解できるはずだ。共にカルドウス様に仕えようでないか」
「馬鹿野郎っ!」
ナナセが弓を放ち、その胸に深く矢が突き刺さる。後ずさり、壁に凭れたレイセンは苦しそうに血を吐いた。
「どうして……?」
「俺は……冒険者だ。例え人族でも、獣人でも、巨人族でも、仲間を裏切れはしないんだよっ!」
ナナセの言葉を聞いたレイセンは息と血を大きく吐いた。しかし、弱った様子はなく力強く壁を拳で叩く。心臓を貫いたであろう矢を乱暴に抜き去りナナセを睨みつけた。
「馬鹿がっ! エルフ以外の種族なぞ裏切る裏切らないの話ではない、相手にする価値も無いのだ。もういい、間抜けな雌犬。今度こそ殺してやるっ!」
そのタイミングでトアが近くにいたガビジオを突き飛ばして自分は後ろに大きく飛ぶ。
「デカい! 皆、外へ出るだっ!」
下の階から、一階のリビングの中央を貫く形で巨大な結晶の杭がせり上がる。
結晶の杭はそのまま、エン・アルボソの中心を穿ち、内側から引き裂いていく。それはアルタリゴノでの奇襲とは違い、この巨木そのものを破壊することを目的とした巨大な結晶だった。
崩れていくエン・アンボソの中、裂けた幹の前でレイセンは忌々しそうにトアを睨みつける。
「貴様等さえいなければ、ナナセも他のエルフも我らの同志だった。それをよくも……。見ていろ、必ず儀式を完成させ、この森を美しい結晶とエルフだけの場所に変えてみせる!」
そう言って、レイセンは裂けた幹の間をくぐり森へ消えていく。
「チッ、出口を作るぜっ! 【重撃】ドゥオオオワアアアアアアアアアアアア」
ガビジオがその巨大な戦斧を豪快に振り回して大穴を開ける。そこから冒険者達が飛び出していった。
間もなくして結晶の柱に押しやられ巨木が左右に割れて倒れ、冒険者達はその様子を外から見ていた。
「ふぃ~レイセンの奴、元々この隠れ家を冒険者を巻き込んで破壊するつもりだったな。危ない所だったべ」
トアは息をつくが、他の冒険者達は呆然としている。リザードマンがいるこの場所で自分達は拠点を失ったのだ。その事実を自覚し冒険者達に混乱が伝播する前にナルミが動いた。
「聞けっ! 冒険者達、これでこの場所に裏切者はいなくなった。我らがここに来た真の目的を伝えることができる。トア、ハルカゼお前等が伝えろっ!」
ナルミの言葉にトアが冒険者達に向き直る。犬耳はピンと立ち、尻尾がブンと元気に揺れた。
大きく息を吸って、トアは口を開く。
「オラのご主人様が、砦の背後に侵入路を作っただ。これよりオラ達はできる限り装備を整え、砦に向かい、軍と連携して砦を奇襲するだっ!」
「馬鹿なっ。背後に侵入路だとっ!? 砦の背後は結晶の壁で覆われているはずだ。信じられるかっ!」
冒険者の一人がそう叫ぶ。周りも同調して声を挙げた。
「事実だ。これを見ろっ!」
それまで黙っていたハルカゼと他のメイドが前にでる。先程調理着に着替える為に脱いだメイド服の袖の意匠を冒険者達に見せる。それは大樹と精霊を意味する王家の紋章だった。
「我々は砦に囚われていた王族の……姫様の付き人だ。砦の中であの冒険者にっ! ヨシイ・シンヤに助けられてここにいる。姫様も、砦で今も戦っている! ここに地図がある。ヨシイとモーグ族が血道をあげて作り上げた道が描かれている。アイツらは諦めずに掘りぬいたんだ。そしてこの瞬間も戦っているっ! 姫様とあの英雄達を死なせるわけにはいかないんだ。頼む、信じてくれっ。貴方達の力が必要なんだっ」
深く頭を下げるハルカゼと三人のメイド達。最初に動いたのはガビジオだった。その大きな体を逸らせて天を見上げる。
「何かあったら呼んでくれといったが……あの坊主ドえらい場所に呼びやがったな。おぉい! 野郎どもっ!!」
「「「応っ」」」
「リザードマンが集まってくる前に、装備と物資をかき集めろ。今まで暇で暇でしょうがなかっただろうが、やっと戦える。派手に暴れるぞっ!」
「「「オォオオオオオオオ」」」
リザードマンに聞こえようが構わないというような雄叫び、そして冒険者達はすぐに行動を始めた。
もとよりこの場所にいるのはB級のパーティーがほとんどの手練れたち。目的が明確になればどの部隊よりも行動は早い。
その様子を見つめるトア達に一人のエルフが近づいる。ナナセだ。
「おい……悪かった。俺の……思想に付け込まれて、レイセンに良いようにやられた」
「気にすることねぇだ。きっと、レイセンもカルドウスに心の隙間に入られたんだべ」
「カルドウスってのはよくわかんねぇが。レイセンは俺が止める。仲間だった者としてな。言いたいことはそれだけだ」
そう言って、ナナセは他の冒険者達と一緒にリザードマンの警戒に当たり始める。
トアはもう一度深呼吸をして、砦の方を向いて呟く。
「これで、こっちの準備は整ったべ。待ってるだよ旦那様っ」
次回から真也君の視点に戻ります。いよいよ、【結晶竜】との戦いが始まります。
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