第二百六十九話:推理は飯の後で③
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エン・アンボソの前に立つトア一行。ナルミが腰の籠から光虫を取り出す。
ちなみにその姿は男性の姿に【変容】している。
「トア、虫を放つぞ」
「ん、頼むべ。皆、さっき説明した通りに頼むだよ。旦那様からの情報が確かなら、必ず奴はいるはずだべ」
ハルカゼ達も真剣な表情で頷く。メイド服はもう泥と埃で見る影もないがその瞳には力がある。
短時間の休憩と食事によりハルカゼ達は幾分か回復できたようだ。
「砦への奇襲を成功させる為には、この場所の冒険者達の力が必要不可欠だ。私達にできることならなんでもしよう」
「オラも早く旦那様に会いたいべ」
宙に飛ぶ光虫が光のサインを描く。ほどなくして、巨木の幹が開き見張りの冒険者達が入って来るようにハンドサインを送って来た。
入ってすぐの場所にはかなりの冒険者が待機をしているようだ。奥には階段が一つ、どうやら下の階にも部屋があるようだ。注目がトア達に集まる中、巨人族の男性が近づいて来た。長く白い髭に三メートルほどの体躯はイグラにも劣らないほどの迫力を感じる。
「この場所を仕切っている。B級冒険者のガビジオだ」
「ナルミ・イワクラ。イワクラ家の使者だ」
ナルミが胸に下げた【水晶の書庫】を見せると、周囲がざわついた。
「王族のご意見番がわざわざ前線に出張るとはな、緊急事態か?」
「そうだ。こちらはA級冒険者ヨシイ シンヤの奴隷と道中に保護した従者達だ」
「先日は旦那様がお世話になったそうで、礼を言うだ」
ガビジオは髭を撫でながら、目を細める。歴戦の冒険者である彼から見て、トアはかなりできるということはわかる。それに加えて王族のご意見番に後ろのメイドの立ち振る舞いも場末の貴族の付き人でないのは明らかである。貴族のごたごたに巻き込まれ、満足に動けなかったこの現状が大きく動く兆しを感じ、笑みを浮かべた。
「あの坊主の奴隷か、あんた……見た所かなりやるな」
「そうでもねぇべ。それより、ちぃと話があるんだが……」
「わかった。ちと狭いが上の部屋で話そう」
「うんにゃ、まずさせて欲しいのは……料理だべっ!」
「はぁ?」
怪訝な表情を浮かべるガビジオ。それを見てナルミが真剣な表情で続ける。
「説明する時間が無い。彼女は【料理人】だ。まずは、この砦の冒険者達に彼女の料理を食べてもらいたい」
ガビジオの勘ではトアは戦士だと感じていた。それも高純度の狡猾な獣。
それが料理を作らせろという。一瞬何を言っているのかわからなかった。
「……備蓄なら先日かなりの量が送られてきた。好きに使えばいい」
「助かるべ。こっちは干し肉を、リュックに詰めるだけ詰めてきただよ。後は香草類をちょっともらいたいだけだべ」
背負っていたリュックを下ろして開けると、パンパンに干し肉が詰められていた。
理解はできないが、仮にもA級冒険者のパーティーメンバーが意味も無いことをするとは思えない。
「厨房は三階だ。天井が低くてな、俺は入れん」
「感謝しますだ」
「私達も手伝おう」
「ほんなら、その服を脱いで着替えるだよ」
ハルカゼ達は砦にあった女性冒険者の服を借りてエプロンを付ける。
トアも太ももにベルトで取り付けていたミニアイテムボックスから調理着と調理器具を取り出す。
四人での調理が始まった。
一方、下の階でナルミは腕を組んで料理の完成を待つ。何か狙いがあるのだろうとガビジオは一升瓶を徳利のように持ちながら酒を呷る。しばらく無言の時間が過ぎる。そうしているうちに、下の階から何人か冒険者が上がって来た。
「フム、やはり貴殿か。イワクラの使者」
「なんだ急にやって来て。あの人族はいないのか?」
先頭の二人はエルフだった。アルタリゴノのギルドにいた弓使いのナナセと魔術師のレイセンである。ナルミは二人を見て目を細めた。
「……貴様等もここにいたのか。イグラは……戦場か。他にアルタリゴノの冒険者もいるみたいだな」
ナナセ達の後ろにはアルタリゴノで見た冒険者も数人いるようだ。獣人とエルフが興味深そうにナルミを見ている。警戒心をむき出しに構えるナナセに対しレイセンは穏やかに口を開いた。
「我々が着いたのは四日前だ。リザードマン相手の斥候は怪我人が多くてな。聞けば、人族のA級冒険者がその数日前に訪れたとか。ギルドの切り札は今は何をしている? 料理などしている場合ではないのではないか?」
「……さぁな」
「おい! こっちは、こんな場所に押し込められてイライラしてんだよ。何か情報があるなら教えろ」
「止めろナナセ。立場という物がある。イワクラ家に対する不敬ととらえるぞ」
「それなら、あの獣人の雌に聞けばいい。一体何が起きてるのかをな!」
「悪いが、邪魔は許さん」
そう言って階段へ向かうナナセを遮るようにナルミが立つ。流石に武器に手は置いていないものの、一触即発の空気だった。しかし、その空気はいとも簡単に破られる。
「ほ~い。お待ちどうさま」
トアが木製の大皿にこれでもかと料理を持って降りてきた。
「いやぁ~。スープにしようかと思っただが、水が使えるってんで蒸し炒めに変えて歯ごたえを重視しただ。一階で皆で食べるだよ。もちろん汁物もあるから安心するだ。それにしても、驚いただ。この木は根から水を吸い上げて飲み水を供給できるんだな」
立ち昇る湯気からは食欲をそそる香りが部屋を満たす。食欲旺盛な巨人族や獣人はもちろん、普段小食のエルフすら腹の虫を鳴らすほどだ。
さっさと一階に降りて中央のテーブルにドンと皿を置く。森の野草をこれでもかと入れて干し肉で作っただし汁で蒸し焼きにした料理だった。
「皆、ちょいと時間がずれているけど、飯だべ。味は保証するだ。種族問わず、エルフでも食べれる特製の料理だべ」
ハルカゼ達が慣れた手つきで皿に盛って、冒険者達に配っていく。巨人族、獣人、エルフ、分け隔てなく料理を配っていく。
何が起きているのか理解できていない様子のガビジオだったが、ここまで来て食べない理由はない。
大きな匙を持ってそれを口を開くと。
「待てっ! それは……」
ナナセが叫んだ。だが、後が続かない。
「それは何だべ。オラが毒でも盛ったとでも?」
「いや、俺は……なぜ?」
「いいから、アンタも食べるべ。ほいっ」
ナナセに皿と匙が手渡される。困惑した様子のナナセが料理を食べようとすると、横からレイセンが手を伸ばす。
「アンタは黙って見てるだ」
「グッ……」
トアがそれを止める。一連の流れを見ていたガビジオが料理を食べ始める。
「……こりゃあ、旨いな。なんだこの食感は」
ジャキジャキという咀嚼音。噛むたびに野菜に染みた出汁が湧き出てくる。肉の旨味と野菜の甘味が否が応でも匙を進めてくる。
それを見た、他の冒険者も料理を食べ始めた。ただでさえ食に手間をかけない環境での数か月の生活。冒険者達が食事に夢中になる。大皿の料理と付け合わせのスープが無くなるのはそれほど時間はかからなかった。トアはレイセンの腕を離し、ガビジオに歩み寄る。
「さて、気分はどうだべ?」
「気分……そういや、なんかスッキリしてるな」
「俺もだ」「ほんとだ」「力も満ちているようだ」
「オラの料理は心と身体を元気にするだ。アルタリゴノの街や戦場では洗脳されていた人達を正気に戻したべ。なぁナナセ? おめぇ、街でもオラの料理頑なに食べなかったからなぁ。少しは目が覚めただか?」
「……レイセン」
額に手を当てたナナセが、青ざめた顔でレイセンを見つめる。トアがエプロンを解いて牙を見せるように笑みを浮かべた。
「答え合わせは必要だべか? レイセン。それとも裏切り者の【信奉者】って呼んだほうがいいだか?」
……ここで終われるはずだったのに……。というわけで、もう一話だけトアの話が入ります。
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