第二百六十七話:推理は飯の後で①
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真也達と別れたハルカゼと三人のメイドは、手元の虫ランタンを頼りに洞窟を進んでいく。
岩肌を這う木の根にポタポタと落ちてくる水滴。独特のカビの匂いを感じながら、彼女達は必死で走る。自身の主が身命を賭して最前線で戦っている。冒険者達の応援を呼び込むためには裏切者を探す為、その胸に抱いた虫手紙と砦で得た情報を『獣人のトア』という奴隷に届ける必要があった。
「はぁ、はぁ、木の根の種類が変わった。皆、もうすぐだっ!」
「「「はいっ」」」
王族のお付きとして鍛えてはいたが、長期間の幽閉生活で弱り切った体に鞭を打ちハルカゼ達は進んでいく。そして、道の勾配が急にきつくなった。
「ここを上がれば……」
メイド服が汚れることも気にせず、膝をついて坂を上る。微かに虫の光が濃くなる。
木のうろには光虫が住み着くことが多い。坂を上り切り、石で隠された通路を開けるとハルカゼ達は出口についた。
うろは大きく。地面よりも数メートル高い幹にできた穴のようだ。壁に手をついて外の様子を探ると、運の悪いことにリザードマンが4体周囲を見回していた。
「巡回か狩りだな。……通り過ぎるのを待つ」
逸る気持ちを抑えて息を殺す。他のメイド達は走った疲労から、その場に座り込んだ。
手を付いた場所にいた虫が一匹飛び上がる。すると、うろにいた他の虫たちも驚き羽音を立てて、うろから飛び出した。
「きゃあ!」
「バカ者っ、クッ」
「グェエエエエエエエエエエ」
それを見逃さずリザードマンが鳴き声を挙げる。槍を持ったまま、のそのそとうろに近寄って来た。
「一度下がる。地下に戻ればっ……」
リザードマンが取った行動は意外なものだった。うろの下、空洞になっている通り道に槍を突き刺した。古木が悲鳴を上げて砕ける。それは狙ったものではなく、単純に精度の低い突きであるだけだったが、木の破片と槍でもともと狭かった逃走経路が防がれてしまう。
「そんな……」「私のせいで……」「……」
「このままでは串刺しだっ! 応戦する。出るぞっ 【火矢】」
呆然とするメイド達に檄を入れ、矢の形をした火炎弾で牽制を入れながらハルカゼは飛び降りる。
後ろのメイドも思考を切り替えて、飛び降りて魔術を構える。
敵は通常種のリザードマンが4体。厳しいがなんとか戦える。
「距離に気をつけろ、土魔術で壁を作りつつ。他は一体に攻撃を集中する」
「「「はいっ」」」
気合を入れ直した、ハルカゼ達の前で木の影から巨体が現れる。
「バカなっ! あのリザードマンは……」
「そんな……」「もうダメなの?」「ハルカゼ様っ!」
「グルゥルルルルルルル?」
それはエルフにとって最悪の相性の相手、弓矢も魔術も通さない紫の鱗を持つリザードマンだった。
思わず膝をつきそうになる。脚力が上の相手に走って逃げることは無理だ。かといって戦って勝つのはより不可能。砦の屈強な兵士達が目の前で次々と餌にされたのだ。
紫鱗種の登場は、全員の心を折るに十分すぎた。しかし、諦めるわけにはいかない。崩れそうになった膝を拳でうち、ハルカゼは指示を出した。
「風魔術が使える者に情報を託す。後は、ここで足止めだっ【火炎渦】」
「「わかりました」」「ダメです。ハルカゼ様が届けてください」
「私では逃げ切れんっ。行けぇええええ!」
メイドの一人に封書を投げ渡し、ハルカゼは眼前を紅蓮に染め上げる。
しかし、紫鱗種の鱗に触れた瞬間に渦巻く火炎は消えうせる。
注意を向けられたハルカゼは、逃げるように叫びながら注意を引ける為に横に走る。
当然、ただのリザードマンに二足で距離を詰められ、ゆっくりとリザードマンの腕が振り上げられる。
「姫様……無念です」
涙が溢れそうになる。その滲んだ視界の中、微かに聞こえたのは空気を引き裂く異音。
次の瞬間、リザードマンの腕がその頭ごと吹っ飛ばされる。
倒れ込んだハルカゼの前に一頭の騎乗蜥蜴が割り込んでくる。
「大丈夫だかっ! へっ、メイド? うわぁ、紫鱗種がいるだ。やっかいだべなぁ」
なまりのある獣人だった。手には手斧を握っている。その手を伸ばすと先程リザードマンをミンチにした竜巻が手に戻って来る。クルクルと斧を回しながら獣人は蜥蜴の背で立ち上がる。
「まっ、行けるべ」
「急に飛び出すなっ。お前たちは……王室のメイドかっ!?」
後ろからやって来た、褐色の男性エルフがハルカゼ達を見て目を見開くが、すぐに表情を引き締める。
「ナルミ、ここは任せるだ。【獣化】……ガァアアアアルルルルルル」
黒い文様を体に浮かべ、獣人は宙を飛んだ。ピンボールの様に宙を蹴り、動くその影を目で追うのはハルカゼには困難なほどの速さ。まず周囲のリザードマンの四肢と首が飛んだ。しかし、紫鱗種には弾かれる。
「やっぱ、力尽くじゃあダメだべ。うーん、それなら……」
着地した獣人は姿勢を低くして、紫鱗種に接近する。慣れた手さばきで槍の側面を打ち据えて相手の背後に回る。
「ガァアアア【旋風刃】」
膝裏の鱗の無い部分を一切止まらずにぶった切る。
「グゥガァアアアアアアア」
苦悶の表情で膝をつく紫鱗種の前で静止し、両の手斧を脇をたたんで横に体を捩じる。
「解体するだ【喰い裂き】ィイイイイイイイ」
ジグザグに動く斧が鱗を縫って切りつける。それは、毒の棘を持つ魚を捌くように鱗を避けて身体の筋肉を関節を内臓を抉り出す。情けなど一片も感じない機械的な作業。絶対的な防御力を持つ身体が部位ごとに捌かれる恐怖にリザードマンが応戦しようと腕を上げるが、その部位はすでに解体済で存在しない。痛みすら置き去りにする手さばきで紫鱗種は物言わぬ肉塊へと変えられたのだった。
「血抜きもバッチリだ。旦那様のアイテムボックスがあれば持って帰ったんだけどなぁ。むむ、心臓だけでも持っていくべ」
いそいそと解体用ナイフで心臓を切り出す獣人はもはや意味不明である。
「あ、あれは一体……」
エルフにとって目の前で行われたことが到底信じられず。ハルカゼとメイド達は呆然とする。
「生きた紫鱗種を調理したぞ……他がアレだから目立たんが、あいつも大概だな。ところで、どうして王族のお付きがここにいる? まさか砦から逃げ出せたのか」
褐色のエルフの問いかけにハルカゼは現実に引き戻される。
「なぜ、私達のことを知っている? 貴様らは一体何者だ」
ハルカゼの問いに答える前に獣人が尻尾を振って寄って来る。
「いい土産ができたべ。所で、このエルフ達はどうしたんだ?」
「話をする前に場所を変えるか、背の低い木の林が近くにある」
一同が移動し、周囲にリザードマンの糞からできた香を焚く。
「臭いだ」
「我慢しろ。さて、私は……君とあったことがある。確か……ハルカゼだったか」
「なぜ私の名前を……」
その言葉が言い終わらない内に、褐色のエルフの姿が男性の者から女性の体つきに変わり、髪も伸びる。
「姿を変えていてな。ナルミ・イワクラだ。ほらこれが【水晶の書庫】」
ハルカゼ達は息を止めて驚く。本来ならば自分達を従えてもおかしくない高位のエルフだ。
確かにハルカゼは王城にて何度かナルミを見たことがあった。
「オラはトアだべ。エン・アルボソへ向かっている途中だ」
「【トア】っ! 獣人のトアか」
眩暈がした。リザードマンに襲われた絶望からこの展開である。メイドの作法など忘れたかのようにハルカゼはトアに詰め寄った。
「精霊よ感謝します。確認したいことがある。貴様、シンヤ・ヨシイという冒険者を知っているか」
「っ! 知っているも何もオラの旦那様だべ」
「奴隷紋を確認させてくれ。ヨシイ殿より重大な情報を貴殿あてに預かったのだ」
トアがすぐに服をめくり右腕を見せてくる。翼と爪を掛け合わせたかの文様が浮かび上がる。
「聞いた特徴の通りだ。うぅ……どうか、どうか、助けてくれ」
「「「……」」」
地に頭をつけて、安堵から涙するハルカゼの背中をトアが優しく撫でる。
「任せるだ。さ、頭を上げるだよ。まずは……腹ごしらえだべ」
開けましておめでとうございます。本年度もしっかりと真也君達の冒険を書いていきますので何卒よろしくお願いいたします。
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