第二百六十二話:動き出した戦場
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その異常に初めに気が付いたのは【精霊眼】を持つファスだった。
エルフを後衛に、巨人族と獣人を前衛に据えた布陣で正面の部隊を指揮している。
常に自身の周りに水球を展開し、空中から数キロに渡って戦場を把握しているその姿は、同じエルフの兵士を以て軍神と崇められるほどだたった。
「後詰の一団が移動している? ……右側から弓で攻撃しながら様子を見るように指示を出してください!」
ここ数日でトアの食事と叶の【女神の奇跡】が軍全体に行き届き、洗脳が解けつつある軍では巨人族、獣人族の前衛が機能しており、エルフ達はファスの指示を正確に実行する。
弓を受けたリザードマンが下がり、もっとも防御力の高い紫鱗種が前に出る。しかし、後方の一団の移動は変わらない。
「紫鱗種が三頭、他が二十頭……砦の方へ行っている!? 砦に何かがあったに違いありません。すぐに、虫手紙を飛ばしてください。本陣へ戻ります!」
【空渡り】で移動し、虫手紙を受け取った叶とトアに道中合流する。叶は騎乗蜥蜴に乗っており、トアはその横を並走していた。ファスを確認すると、乗り物酔いで顔を青くした叶が声を上げる。
「うっぷ……ファスさん。砦に異常があったって?」
「こちらでも、兎族の獣人が砦からリザードマンの遠吠えを聞いたらしいだ」
「詳しいことは本陣で話しましょう」
ファスが叶の後ろに飛び乗り、一行はほどなくして本陣に到着した。本陣のテントの中では虫手紙を受け取ったスーイ将軍とヒルゼン老がさっそく戦場を再現した盤を睨んでいる。
「スーイ将軍、ヒルゼン老。手紙は読みましたね。砦に変化がありました、ご主人様が奇襲を成功させたのです!」
喜色満面と言った様子のファスだが、スーイとヒルゼンの表情は険しい。
「……その可能性は低い。背後の結晶を突破したという連絡は近くにあるギルドの隠れ家へは届いておらん。どころか、その後の連絡もないようじゃ。ワシ等はむしろ、砦の儀式が進んだ可能性を検討しておる」
「フム、ヒルゼン老の言う通りだ。仮に冒険者殿が背後の結晶壁を万が一にでも突破できたとして、軍や冒険者ギルドと歩調を合わせなければ効果は薄い。ここで、前線を上げればどうしてか砦に引きこもっている【結晶竜】が出てくるかもしれない」
二人は未だ真也が砦を突破できる可能性を限りなく低いと見積もっていた。
ヒルゼン老はどこかで期待はしているが、真也が砦を出てからまだ12日しか経っていない。
堅牢極まるあの砦の背後を一週間足らずで攻略など、結晶の脅威をしっているエルフだからこそ信じることができなかった。
「儀式が進んだのであれば、ヒルゼン老の【星占い】や私の眼でわかるはずです。ダンジョン化の儀式は発動していません。直ちに攻撃の布陣を敷くべきなのです!」
激昂するファスの肩にトアが手を置いた。
「落ちつくだファス。旦那様が何かしたってのはオラもそう思うだ。だけんど、状況がわかんねぇべ。……オラはギルドにいるかもしんねぇ裏切者が気になるだ」
「はいはーい。私もそれが気になってたよ。もしかしたら、真也君は冒険者に紛れたスパイを知って隠れ家への連絡をしていない可能性あるよね。フクちゃんに頼んで、直接私達と連絡を取るのが手っ取り早いと思うんだけど。それもないってことは、ギルドや軍と連携する作戦ができないってことで真也君が独断で動いている可能性あるよね。エルフのお姫様の救出作戦を優先させたとか、状況が変わったんだよ」
「二人まで……わかりました。ですが、このまま防御的な陣ではとっさに動けません。すぐに動けるように機動力のある予備の部隊を増員してください」
二人に説得されしぶしぶ頷くファス。出会ってからこれほど長期間真也と離れたことのない彼女にとって、この数日は耐え難いものだった。すぐにでも砦に出向いて一緒に戦いと思うが、それをしてしまえば真也の頑張りを否定することになりかねない。その一心で耐えていた。その気持ちを痛いほど理解しているトアと叶はファスの背中を撫でる。彼女達も、真也と離れる時間はとても辛いものだった。
「失礼するぞ」
天幕がめくれ、男装をしたナルミが入って来る。
「状況は把握した。私が動く、隠れ家【エン・アルボソ】へ出向き、砦の近くで情報を集める」
「敵のスパイがいるかもしれねぇべ。止めたほうがいいだ」
「むしろ好都合だ。炙り出してくれる」
好戦的に笑い、腰に下げた曲刀に手をあてた。
「待って待って、真也君との連絡を待った方がいいよ。いくらなんでもナルミさんだけは危ない。……かといって私やファスさんが離れるわけにはいかないし……」
「……そんなら、オラがついていくだ。料理の方は巨人族に手伝ってもらって、保存食を大量に作ってある。オラが戦場を離れても影響は少ないべ」
リュックからローブを取り出しトアが羽織る。ナルミは最後まで話を聞かずに騎乗蜥蜴を準備しに外へ飛び出した。
「わかりました。トアになら任せられます。ご主人様を助けて下さい」
「うん。それが良いよ。フクちゃんの【念話】は常に意識しておこう。事前に話し合ったようにすでに怪しい人は絞り込めているもんね」
「待て【野風の料理人】が戦場から離れれば士気に影響が出かねんぞ」
スーイ将軍が苦々しそうな表情でトアを止めるが、一同は首を振った。
「将軍。勘違いをなさらないでください。私達はシンヤ様の奴隷です。ご主人様の為に動いてこそもっとも強くいられるのです」
その瞳に迷いはない、その迫力に気圧されるスーイ将軍にヒルゼン老が笑みを浮かべて腰を叩いた。
「行かせてやれスーイ。戦場に変化があったことに間違いはない。もし奇襲を成功させれば、戦況はこちらに傾く。嬢ちゃん達を見ておると、ワシはあの少年を信じたくなった」
「ヒルゼン老……それは星の導きか?」
将軍からの問いかけにエルフの老人は獣のように獰猛に笑った。スーイ将軍が知る限り、ヒルゼン老のそんな表情は見たことが無い。
「いいや、冒険者としての勘じゃよ。この老骨に血が通ってきたわい。部隊の再編は任せよ、ワシが指揮をしようぞ」
思い出すのは若かりし頃、大陸を駆け回った日々。占いの水晶を置き、魔術師としての杖を握ったヒルゼンは楽し気にその感触を確認した。
「準備できたぞ、野風。動けるか?」
「もちろんだべっ!」
ナルミがテントへ戻り、そうして二人はギルドの隠れ家【エン・アルボソ】へと蜥蜴を走らせるのだった。
真也君がいきあったりばったりしている裏側でした。
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