第二百六十話:ヒートアップするメイド
グニュゥと手の中にある懐中時計に眼球を突っ込んだような歪な呪物。
「気持ち悪い……」
見る間に萎れて、灰になっていく。これ、いくつあるのだろう?
さて、赤毛のエルフのハルカゼさんとやらを助けたの良いが、あくまで今回の目的は潜入だったはず。
この場所にリザードマンはいないってそこでのびている城伯は言っていたし、少し腰を落ち着けて話を聞こうか。
「ミナ様。このような恰好までして……御髪も汚れて……さぞ、お辛い思いをされたのでしょう」
「大丈夫ですわ。私なんてこの場所に残った貴方たちに比べれば何ともありませんの。ほら、涙をお拭きなさい」
「……あの、泣いてばかりだったミナ様が……なんと立派に……」
あっ、ダメだわ。全然話を聞く感じじゃない。というか明らかに上下関係があるんだけど、同じメイドではないのか? あれ? そういえば?
「モグム?」
「どしたのマスター?」
首を捻っている僕にモグ太とフクちゃんが近寄って来る。
「いや、ミーナさんがさっきからミナ様って言われてるじゃん? 愛称かと思ったけど、『ミナ』ってどこかで聞いたような?」
どこだっけ? 確か、あれはアルタ・リゴノで……。
ハルカゼさんと話していたミーナさんが猫のように目を開いて、こちらを見ている。心なしか冷や汗もかいているいるようだ。
「は、ハルカゼ。私はミナではなく、『ミーナ』ですわ」
「なに言っておいでなのです? 貴女は……」
「ちょ、ちょっとこちらへ来るのですっ!」
こちらに背を向けてごにょこにょと何か話す二人。長い旅生活で学んだけど、女性陣が秘密の話をするときは手を出してはいけない。前に似たような状況で話を聞こうとして、ファスに氷漬けにされたからな。しかし、時折ハルカゼさんのリアクションは聞こえてくる。
「なんと……おいたわしや」「それで、その恰好を……」「なんでそんなことにっ!?」
みたいな声が漏れてきた。一応ここ敵の本陣なんだけど大丈夫なんだろうか?
「話はつきましてよ」
「……」
ずいっとこちらにミーナさんが寄って来る。ハルカゼさんからの視線が痛い。
そもそも、彼女はエルフで僕は人族だ。カルドウスのことが無くとも、差別意識はあるのだろう……これが正しい家畜を見るような眼と言うやつだ。この国に来てから割と経験しているし、そもそもハルカゼさん自身がツリ目の美人ということもあって、不快感が無い自分が怖い。
変な性癖に目覚めてないよな……? とか思っていると、ハルカゼさんがメイド服の裾を掴んでカーテシーをしてきた。
「ハルカゼ・クシダ……助けてもらったこと、感謝はしている」
「ハルカゼ、失礼ですわよっ。この方たちは私達を命を懸けて助けてくれたのですっ!」
「しかし、み、ミーナ様。ケダモノと人族、それに……あの少女は……何の人種かわかりませんが、我々は誇り高きエルフなのですっ!」
「無論です。しかしっ――」
「そのまんまでいいですよ。吉井 真也です。いちおう特別A級冒険者です」
「ボクはフクだよ。こっちはモグ太」
「モグメっ」
自己紹介も済んだし、やっと話に入れるな。気になっていることがあるんだ。
今更エルフ相手に態度がどうとか言ってる暇ないし。なんなら、下手に敬語を使わるくらいならばこっちのが気楽だ。
「じゃあ、外の彫像について話してもらえますか?」
【カルドウスの瞳】で呪われたであろう彫像だ。あのままにしておくのは忍びない。
「……外にある彫像は一部だ。他にもあの男によって戯れに石に変えられた者がいる。もはや助けることはできないだろう」
「そんな……何か方法はないのですかハルカゼっ!?」
「助けることができないというのはなぜです?」
呪いなら解けばいいと思うけど。
「冒険者であるのに知らんのか、これだから人族は……【石化】は呪いの中でも最も解呪が大変なのだ。体の一部が石化するだけならば、月光花から作られる薬や【解呪】系のスキルでなんとかなるが、全身が石になっている石化状態はよほど強力な【解呪】でなれば解けない。少なくとも、この国にそれほどの回復術士はいない」
「……とりあえず。見てみるか」
「うぅグスッ」
すでにミーナさんは泣きべそをかいている。外の彫像を部屋の中に運ぶ。
小柄なエルフのメイドだ。さーて【吸呪】すっかね。手を伸ばすと、フクちゃんに止められる。
「ダメ、マスター。引き受けたら、マスターが石になる」
確かに、呪いを掛けられることに対しては耐性があるが、呪い状態を引き受ける【吸呪】は石化状態を引き受けることになるので、影響はでるだろう。
いずれ解けるとは思うが、戦闘が発生するかも知れない状況では軽率かもしれない。
だけど、このままにするのは……。
「石になった人、他にもいる。ここはガマン」
「……わかったよフクちゃん。ハルカゼさん、聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「例えば【聖女】ならば、この石化を解除できますか?」
「何を言うかと思えば……星の女神の奇跡ならば造作も無いだろう」
あっ、そうなんだ。じゃあ話は早いじゃん。
「じゃあ、後で叶さんをここに連れてくればいいか」
「そだねー」
フクちゃんも頷いている。
「カナエ? 何を言っているのかわからないが、【聖女】は白星教会の聖人だ。ラポーネ国から出るわけがない。人族は頭が悪いのか」
「大丈夫ですわ。ラポーネ国と白星教会に掛け合って、絶対に連れてきてもらいますの。どんな代償を払っても【聖女】を呼んで見せますわ」
「いますよ」
「へっ?」
「は?」
「いや、だから。その【聖女】桜木 叶さんは。今この戦場でエルフの軍に力を貸しています。というか僕のパーティーメンバーです」
「な、馬鹿な! 【聖女】が加入しているだと。貴様【勇者】なのかっ!?」
「違いますけど。とにかく【聖女】をここに連れてくる当てはあるので、石化されたエルフ達はもとに戻せます」
「こ、この恩は……グスッ」
「泣かなくていいですからっ! さっさと砦で起きていることを確認しましょう。ハルカゼさん、協力してください」
「本当に何者なのだ貴様?」
「囚われているエルフ達と、働かされているモーグ族、そしてそこの城伯が言っていた、冒険者ギルドにいる裏切者について知っていたら教えてください」
「知ってどうする、人族の冒険者。見返りはなんだ?」
「どうするって? 皆助けて、結晶竜を倒します。見返りは……僕のパーティーにいるエルフが知りたがっていることを教えてもらいたいんです」
「わっかりましたわ! 国の秘密でもなんでも全部教えますの、それだけではありませんわ。吟遊詩人に詩を歌わせてこの国の英雄として語り継ぎます。他には……琥珀ならたくさんありますわ。えと、貴重な樹木とか、他にも――」
なんかミーナさんがヒートアップしているしハルカゼさんが顔を青くしている。
「落ちついてください。全ては、この砦に囚われているお姫様を救ってからです」
「お姫様? はっ、そうでした。私、メイドでしたわ」
「ミーナ様……」
何言っているのだろうこのエルフ?
真也君痛恨のアイデアロール失敗。
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