第二百五十九話:蛮族と少女とモグラの英雄
鉱山砦の前面上層。砦としての機能が残っている場所で囚われのエルフを探していたら、囚われどころか普通に生活をしているエルフを発見。
しかも、ミーナさんが言うにはこの砦を管理していた城伯であるという。
「紫鱗種をもっと増やせんのか! クソっ。勇者が到着する前に砦が落とされてみろ、ワシ等は破滅だ」
城伯は金髪で長髪、装飾された貫頭衣を着ていた。エルフらしく細身だが、どちらかというと不健康な印象を受ける男性だ。ミーナさんとモグ太を背負って天井に張り付きながら移動している。
ミーナさんはさっきから、唇を噛んで何度も涙を拭っていた。信頼していた者に裏切られた気持ちなのだろう。
「おい、開けろ!」
怒りのままに、通路の行き止まりの一室にたどり着く。流石に同時には入れないな。後ろについていたフードを被った奴が扉を開けると大股で入っていった。
その部屋の前には何体もの彫像が並べられている。どれもエルフの女性のようだ。
「あの像はなんだろう?」
「私は知りません。前に来たときはなかったですわ。少し遠くてどんな像かわかりませんの」
「マスター、上に隙間あるよ」
「おぉ、流石フクちゃん。ここから天井裏に入れるな」
「元は鉱山を掘りぬいた建造物ですから、空気穴が砦中にありますわ。特に居住する空間は錬金術も使い換気を徹底しています」
「なるほど。ちょっと狭いけど……なんとかここから通れるな」
「穴あけるね、あーん」
四つん這いで天井裏から部屋の上に移動する。フクちゃんが口から唾液を垂らすと、穴が空いて中の様子がのぞけるようになった。……大蜘蛛状態のフクちゃんは牙を突き立てて相手の内臓を溶かすからなぁ。このくらいの建材だったら余裕で溶かせるだろう。……フクちゃん、恐ろしい子。
小さな穴から下の様子を確認する。何とか声も聞こえるな。
部屋はかなり広い。壁一面に酒瓶が並べられ、乾燥した果物が積み上げられていた。
全体は確認できないが、華美な装飾で目がチカチカしそうだ。それに、微かに香るこの匂いは……。
「どこかで嗅いだような気がするけど、思い出せないな」
「ボクも、なんだったっけ?」
フクちゃんも既視感があるらしい。どこだったかなぁ?
城伯は大股で椅子に座る。
「酒を注がんか」
「……」
見えづらいけど、城伯の視線の先に人がいるようだ。露出の少ないロングスカートにフリルのカチューシャをしている赤毛のエルフだ。城伯がグラスを向けても、まっすぐに立っている。
ファスもだけど、エルフが黙って立っていると本当に人形のようだ。
「ハルカゼですわ。わた……姫の付き人の一人です。よかった、生きていたのですね」
「モグっ」
安堵するミーナさんにモグ太も頷いている。
「他に人はいないみたいだ。やはり、別の場所に幽閉されているのかな?」
涙ぐむミーナさんの背中を撫でるモグ太。下では動かないハルカゼにイライラした様子で城伯が声を荒げた。
「何をしている? フフフ、そうか、そんなにカルドウス様の『祝福』が欲しいのか。他の奴らも全てこの『カルドウスの瞳』で呪われてしまったがな。お前は、特に美しいから見逃してやったものを……。あるいは『煙』でも吸うか? しばらく閉じ込めれば喜んで腰を振るようになるだろう」
「……ッ。卑怯者」
歯を食いしばり、城伯を睨みつけるハルカゼというメイドエルフ。
そうか、この不快な甘い香り。砂漠で度々嗅いだ、呪いを孕んだ煙の香りと同じか。
グランド・マロを腐敗させた麻薬に似た中毒性を持つ呪い。この場所でも出てくるのか。
城伯が手に持っているのは蓋つきの懐中時計。アルタリゴノの街で貴族が【カルドウスの瞳】と呼んでいた呪物だ。
「グッ、ハルカゼ。助けないとっ!」
「もちろんです。フクちゃん」
潜入とか言ってられない状況だ。
「巣は張りおえたよ。リザードマンもいない」
後は、薄気味の悪いフードの人物がどうでるかだけど、騒ぎになる前に仕留めれるか?
天井の素材を確認する。かなり固いな。
「リザードマンは臭くてかなわんからな。貴様ら従者どもを生かしてやっているのだ、せめて働かんか」
先程までの怒りを気持ちの悪い嗜虐心に変えた城伯はニヤニヤと笑いながら【カルドウスの瞳】をちらつかせる。
「アナタがっ、他の子達をその呪物で石に変えたのでしょう!? 貴方に従った子達まで……戯れに……」
長耳を赤く染め、赤毛が逆巻かんばかりに怒りを露わにする。
「余興だ。貴様らの姫がまともに儀式の核にならんせいでこちらは迷惑をしている。せめてこの溜飲を下げなければ怒りが収まらん。あぁ、お前の前に連れ出したメイドなら外に置いているぞ、手が震えてまともに酒も注げぬ下女であった。石にする前に、裸にすれば良かったな。酒の肴にはなっただろうに……」
「この外道っ! 【火矢】」
激昂したハルカゼさんが弓を射るように炎の矢をつがえるが、すぐに消えてしまう。
「ゲロゲロ……」
「グッ……マジックキャンセル!?」
フードを脱いだローブ姿の人物……否、それは人では無く、蛙の頭をした小柄な魔物だった。
「そいつは、フロッグウィザード。高レベルの魔物だ。魔術が主力のエルフでは絶対に勝てん。さて、貴様はどんな表情で石になる?」
「……姫様、申し訳ありません」
頭を垂れるハルカゼさんに城伯が【カルドウスの瞳】を翳す。懐中時計の蓋が外れ、その下から禍々しい眼球がのぞく。
瞳が赤色に輝き、ハルカゼさんを包む……前に天井を踏みぬいた。
思ったより材質が固くて飛び込むのが遅れたっ!
「なっ! 何だ!?」
「お、落ちますのっ!」
「ミーナさん。捕まってください、モグ太も!」
「モググッ」
ミーナさんを抱えて城伯とハルカゼさんの間に着地する。僕以外が【カルドウスの瞳】にさらされないように背に庇うようになる。
「グッ、侵入者かっ! 丁度良い! 半身だけ石にして拷問してやる!」
「大丈夫ですかハルカゼ、よくぞ無事で……生きてくれました」
「まさかっ。貴女様はっ……どうして来たのです!? 早くお逃げください!」
後ろでミーナさんとハルカゼさんが会話しているが、僕の相手は城伯だ。
振り返ると手に持った呪物を突きつけられる。懐中時計の中の瞳と目が合うが、そのままメンチを切って睨みつける。赤色の光は徐々に弱っていくようだ。もちろん【吸呪】の効果だ。
ファスが受けていた【竜の呪い】に比べれば、呪いと形容することすら疑問だ。
「な、呪いが……なぜっ!?」
わずかに発光する瞳をそのまま握り【呪拳:鈍麻】で弱らせて握りつぶす。
「ひぃ、ウィザードフロッグ! 何をしている!? ワシを助けろっ……ふぇ?」
「ざ~こ」
城伯が頼りにしていたウィザードフロッグはすでにフクちゃんの糸で悲鳴すら上げることなくバラバラにされていた。
「中級のダンジョンマスター並みの力を持っている魔物じゃぞ……ま、まて。お前、人族だな。冒険者かっ? 金なら出す。ワシはこれからこの国を支配することに――」
「黙ってろっ!」
「ぎにゃああ」
軽めに一発殴って、昏倒させる。一応【呪拳:鈍麻】と【呪拳:沈黙】で行動を封じておこう。
「もう大丈夫ですわハルカゼ、よく耐えてくれました」
「ミナ様……よくぞご無事で…この者達は一体?」
ハルカゼさんが僕等を見る、ウィザードフロッグと呼ばれた魔物を瞬殺したフクちゃん。呪物を握りつぶしている僕、ツルハシを背負ったモグ太。
ミーナさんは深く頷いて手のひらを僕らに向けた。
「この者達は、この国を救うべく集まってくれた英雄達ですわ」
「……この者達が?」
怪訝な表情で睨まれているけど、とりあえず今後のことを考えよう。
一応、潜入だったはずだけど、ここまで来たらなんかもうこのまま引き返せないかもな。
呪いに対して耐性が強すぎる主人公……。
ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションが上がります。頑張ります。
感想&ご指摘いつも助かっています。更新遅れてすみません。






