第二百五十五話:穴掘りの一方で
甲高い音が横穴に満ちる。結晶壁にヒビが入り、バラバラと破片が崩れ落ちた。
手に持つツルハシは健在。太く鈍色に光る刃は無機質なようで、見守ってくれているような温かさを感じる。
「……今の一振りは、モグ太やモグ太のお父さんが力を貸してくれたんだな」
「モグモッグ!!」
胸を張るモグ太にツルハシを返し、横穴のツルハシを担ぎ直した。
お父さんのツルハシはやはりモグ太が振るうべきだろう。新たに手に持つツルハシに黙祷を捧げ、結晶壁に向き直る。
「よし、こっからは二人で掘れるぞモグ太っ!」
「モグッ!」
迷いも後悔も無くなることは無い、だけどその悔しさがあるから前よりも強く立つことができる。
あぁ、畜生。僕ってやつはいつも教えられてばっかりだ。
ツルハシを振り上げる。
空で練習した刃筋を立てる稽古。
モグ太に教えてもらった向き合う勇気。
心の重さを刃に乗せて、振る。
最初よりも浅く、数センチしか刺さらないツルハシ。まだまだだな、ここまできてようやく入り口だということだろう。こっからが本当の修練だ。
「燃えてきたっ!」
「モグモっ!」
僕を見てモグ太も気合が入ったのか、景気よくツルハシを結晶壁に突き刺す。
「……どういうことですの?」
「うんうん。マスターはできる子」
景気よく響くツルハシの音を聞いて、ミーナさんとフクちゃんがやって来た。
「本当に結晶壁を砕いていますわ……ほんの数時間前まであんな無気力でしたのに……一体何があったのです?」
「マスター、がんばった」
「こ、こうしちゃおれませんわ。メイドとして破片を運びますですわ」
腕まくりをして、ミーナさんが破片を外に運ぶことで足場を確保する。
「モグゥウウウウウウウウ!」
「オラァアアアアアアアアアア!」
調子に乗った僕らが、ぶっ倒れてフクちゃんに運び出されるまで穴掘りは続き、一日で一メートルも結晶壁を砕くことに成功した。
※※※※※
その頃、エルフ軍の中央本陣のテント。
日々リザードマン達を食い止めているファス達がヒルゼンに呼ばれていた。スーイ将軍は他の軍議の為に今日はおらず、ヒルゼンとファス達のみがテントに集まっている状況である。
なお、真也がミーナさんというエルフメイドを連れているということ、さらにしばらく真也と会えていないことから、ファスと叶のフラストレーションはかなり溜まっており、二人ほど露骨ではないもののトアの機嫌も良くない。
特にファスは、嫉妬の感情をリザードマンに八つ当たりしており、日々爆散するリザードマンの数に比例して軍におけるファスの評判は鰻登りである。その怒り故に目つきは鋭さを増し、従軍しているエルフ達から見れば、むしろ美しさに磨きがかかっているように見えるのだから質が悪い。
そんな、不機嫌なメンバー一向にちょとびびりながらヒルゼンは口を開いた。
「知らせが来ておっての、ヌシ等には伝えるべきかと思ってな」
「内容は何ですか?」
「……真也君のこと?」
眉間に皺をよせ、翠眼で睨め付けているファス。真也とは離れている期間がそれなりに有ったはずの叶も情緒が不安定のようで、笑顔なのに目が笑っていない。
二人の様子を見ながら、犬耳を掻いたトアはため息をついた。
(旦那様~、早く戻ってけろ、ファスが大変だべ……)
自分も寂しいのだが、残ったメンバーでは自分がしっかりとしないと、色々大変なことになる。
もし、ファスが暴走して真也の元へいったら何とかリザードマンを食い止めている戦線は崩壊するだろう。
「いや、冒険者殿のことではない。実は【大洞穴】近くの貴族より連絡が来ての……勇者があらわれたぞい」
空気が凍る。それは氷点下の陽炎、噴出した怒りの魔力に空間が歪む。
「……スーイ将軍が当初計画していた時期より早いようですが」
「うむ、最難関のダンジョンである【大洞穴】をこの速さで通り抜けるとは驚きじゃわい。ワシの探りでは【人形師】のジョブを持った転移者がかなりの奴隷を酷使させていたらしいの。あのジョブを受けた転移者はいつの時代も碌なことをせんの。他にも数人の転移者と、人族の魔術師を多数連れて居るとのことじゃ。どこぞの貴族と繋がりがあるとは思って居ったが、隠す気もないとはな。ううむ、しかしそれでも【大洞穴】を越えることができるのか疑問じゃわい」
「【人形師】は磨金君だね。屋敷から出てくることは稀だね。ゲーム感覚で奴隷を買いまわってはスキルを吟味しているって噂だよ。あと……獣人好きだとか」
叶がちらりとトアを見る。ブルりと尻尾を震わせてトアは身をこわばらせた。
「ぞっとするだ。まぁ、オラ別に特別ってわけでもねぇし。旦那様に買われてっからその辺は安心できるだな」
のんきにそういうトアだが、軍全体を強化できるトアの能力は、場合によっては転移者に匹敵する優秀さである。
「まずは、これからのことです。エルフの貴族が勇者を神輿に掲げたとして、何日でこちらに到着するのですか?」
「ううむ、ダンジョンを横断した疲労もあるようじゃ。ワシの【星占い】では残り10日前後といったところかの」
「何者かに操られていたスーイ将軍が勇者を待っていたということは、あの外道が訪れることで事態が好転する可能性はゼロです。それまでに砦を落とす必要があります」
「だけんどもファス。次にフクちゃんが補給に来るのは早くても三日後だべ。状況を伝えることが難しいだ」
「……ならばせめて、ご主人様が砦の奇襲を成功させた時に少しでも迅速に動けるように準備を進めます。いつぞやのようにご主人様の手柄を奪われるわけにはいきませんっ!」
「森でカルドウスを退けた後、真也君お尋ね者になったからね……格安の賞金首だけど……」
「ファス、あんときのこと地味に気にしてたんだべな」
「十日どころか三日で砦の背後を突破できるとは思えんが、ヌシ等はあの冒険者がそれを達成する前提で策を練るのじゃな」
顎鬚を撫でながら、ヒルゼンは考えを巡らす。前回補給に来た際のフクちゃんの情報では、真也はツルハシで結晶壁に穴を掘ろうとしているという。到底無理であると説明をファス達にもしたが、このメンバーは一人として真也が失敗するということを考えていない。
あの者を役に立たぬと考えた。ワシの眼が曇っておったのかも知れぬ。
そう考え、ヒルゼンは水晶を眺めた。難攻不落の砦を十日で落とし、エルフの姫を助けるという無理難題にツルハシで挑むという無謀。
しかし、いつの世も英雄と呼ばれた傑物はそれをやってのける。ここに来てヒルゼンは自分が笑みを浮かべていることに気づいた。
「ホッホッホ。予想を超える出来事に相まみえる喜び……この爺にも冒険者の血が残っていたか」
かつて世界を旅した老人は、姦しく今後のことを話すメンバーを見ながら昔を思い返すのだった。
勇者が現れたようです。真也君は砦攻略を間に合わせることができるのか……。
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