第二百五十四話:乗り越える覚悟
モーグ族が使っているツルハシはドロップアイテムだった。普通の動物のように死体を残す魔物と違い、ドロップアイテムを残す魔物に死体は残らない、肉も骨も無くただアイテムのみが残る。
それが、彼らにとってどれだけ大事な物だったか、モグ太がどんな気持ちで平原からツルハシを拾い集め横穴に立てかけていたのか……。
たった一匹で、砦に残っている仲間を助けるために、巨人の一撃ですら弾く結晶にツルハシを打ち付ける。リザードマンの遠吠えを聞いただけで怖くて動けなくなるのに、恐怖しながらツルハシを振るっていたのだ。横穴に立てかけられていたツルハシの意味が今ならわかる。
あれは楔だったのだ。一度砦から逃げた自分が恐怖で再び逃げ出せない為に、仲間……家族のツルハシを並べてそれを背にしていたのだ。そんな大事なツルハシを僕は……力任せにへし折った。
手足から力が抜けて動けない、呆然とした僕をフクちゃんが寝床まで運んで、子蜘蛛モードになって寄り添ってくれた。涙が止まらなくて、子犬のようにフワフワな毛を撫でながらフクちゃんを抱きしめて丸まった。
結局、僕は弱いままなのだ。あの日、首に縄をかけたあの日から強くなれた気がしていた。
だけど、それはレベルとか転移者のボーナスのおかげで、僕自身はまだ……あの日に囚われている。
翌日。
「モグッ!」
モグ太に半ば無理やりに、横穴に連れてこられ、立てかけていた一本のツルハシを渡される。
「……ダメだよ。モグ太。僕はもう、振れないよ」
振り上げた状態で手が止まる。このまま打ち付けて、ツルハシを折るかもしれない。
それは、モグ太の家族が変化したモノかもしれないのだ。未熟な僕にその資格はない。
ツルハシを丁寧に元の位置に戻し、頭を振った。
「……モグ」
立ち止まる僕の手を引いて、モグ太は横穴を進む。突き当りで、かつて父親だったツルハシを振り上げた。
まっすぐに、振り下ろされた先端は数ミリ結晶に突き刺さる。それを延々と繰り返す。
僕はその背中を見ているだけだった。
「シンヤ様……えっと、その」
「ミーナ、ダメ」
モグ太を見る、僕に声を掛けようとしたミーナさんをフクちゃんが止める。
二人はそのまま出て行き、横穴にはモグ太と僕だけになる。
紫に光る結晶とホコリの匂い、そして澄んだツルハシの音。数時間ずっとその背中を見続けた。
「……」
人間と魔物。フクちゃんがいない今、会話は無いはずなのに、まるでモグ太の言葉が聞こえてくるようだった。
『こわい つらい がんばる まけない こわい ごめん おとうさん おかあさん みんな まってて にげて ごめん ごめん がんばる』
恐怖と謝罪、父親に逃がされた自分。そのことをずっと後悔している。そのことがツルハシの音から痛いほど伝わった。モグ太も逃げたことを後悔していた。だからこそ、向かい合おうとしている。
まだ生きている仲間の為に全力を尽くそうと、勇気を振り絞っている。
涙が自然と溢れた。もし、横穴が開いてリザードマンが目の前にいたらモグ太は殺されるだろう。
そんなこと、モグ太自身が一番良く分かっている。だけども、止まるわけにいかないのだ。
怖くとも、辛くとも、逃げ出した自分と、逃がしてくれた父に報いるには自分にできることをするしかない。
不器用な彼は、それを己の穴を掘る姿を見せることで伝えてくれたのだ。
それと同時に、励ましてくれた。負けるなと、僕は頑張っているぞ、とツルハシの音が叱咤激励をしてくるのだ。
「モグ太」
再び、膝と手をついて土下座をする。
「……モグモ」
「ツルハシを折ってゴメン。……それと、僕はまたツルハシを振るよ。必ず結晶壁を打ち破る。その為に、他のツルハシを折るかも知れない。……だから、ゴメン。絶対に君の仲間も助けるから、僕の我がままを許して欲しい」
「モッモ、モグッ!」
小さな手がさしだされ、僕はそれを両手で握ってしばらく頭を下げていた。
立ち上がり、バシンッと自分の頬を叩く。大分、寄り道をしてしまった。
穴を掘るのだ。いままで折ってしまったモーグ族達に報いるにはそれしかない。
覚悟を決めて、横穴の入り口にツルハシを取りに行こうとすると、モグ太に腕を掴まれる。
「モググッ!!」
「……それは、ダメだろ」
差し出されたのは、モグ太の父親だったツルハシ。決めたはずの覚悟が揺らぐ。
「……」
小さな瞳は揺ぎ無くこちらを見ている。静かに柄を握ると温かった、数時間振り続けたモグ太の熱が宿っている。そしておそらくモグ太の父親の魂が込められている。
数歩進み、結晶壁に向き合う。紫の鏡面に映るのは己の姿。泣きはらした目、情けない姿にまた泣きたくなる。だけど、あの日より少しは真っすぐ立てている。
ここで、ツルハシを折ることを恐れて力を抜くことはできない。
ツルハシから伝わる熱が、それを許さない。
「モグ太、僕は振るぞっ!」
「モグっ!」
大上段にツルハシを振り上げた。ここから先の世界にはレベルも転移者のボーナスも無い。
ただ己とツルハシのみ、モグ太が教えてくれた。逃げた事実を否定するのではなく、受け入れて乗り越えようとするから強くなれるのだと。
己の弱さに負けたあの日があるから、今、強く決意することができる。
この異世界で今度こそ生き抜いて見せると。
迷いながら、後悔しながら、それでもまっすぐに振られたツルハシは結晶壁に深く突き刺さる。
結晶壁に映るひび割れた僕の顔は、いつもよりも少しだけ好きになれそうな気がした。
更新遅れてすみません。真也君が少しだけ、前に進めたようです。
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