第二百五十三話:ツルハシの正体
ツルハシが結晶を打ち、弾かれる。すでに何度振るったかわからない。
手のマメが潰れては、スキルの影響で治癒される。幾度となくツルハシを振るったが結晶を貫くことはできていなかった。【自己快癒】のスキルがあるとはいえ、疲労は溜まり、技は冴えるどころか曇る一方。いつまでも先に進めない自分にイラ立ちが積み重なっていた。
「クッソ!!」
横穴堀りが始まって10日目、モグ太が少しずつ掘っていく横で、僕はまるで成果が出せていない。
乱れた心は刃筋に現れる。雑にツルハシを振ってしまい鈍い音が響いた。1/100度の角度のズレさえ大きな乱れである、打ち下ろした反動で、ツルハシの柄がぽっきりと折れてしまった。
「あ、ごめんモグ太……」
「モグ~……」
悲しそうに折れたツルハシを見つめるモグ太。目をウルウルとうるませている。
「モグッモ、モグメ」
モグ太が首と手を横に振って休めとジェスチャーをしてくる。流石に疲労が抜けず、回復が鈍くなっていた。それでも、止まるわけにはいかない。モグ太は僕が持っていた折れたツルハシを丁寧に横穴の壁に立てかけていた。折れたツルハシはすでに20本を超えている。
幸い、というか予備のツルハシは平原や村の跡地にたくさん落ちているので困ることは無いが、ツルハシが折れるたびにモグ太が悲しそうな顔をするので胸が痛い。
「時間がないんだ。リザードマン達の動きが活発になってきている。どうにかして、この横穴を完成させないといけない」
「マスター。ダメ、ストップ」
「そうですわ。一度休憩すべきです。モグ太のツルハシも綺麗にして差し上げます」
破片を運んでいたミーナさんとフクちゃんからストップがかかる。誰よりも焦っているはずの、ミーナさんにまで止められるということは、傍から見ても僕はダメになっているらしい。
「皆で休憩ですわ。モグ太も拠点まで戻りましょう」
「トアのご飯、いっぱいあるよ」
「モグッ!」
工事責任者のモグ太が手を挙げて賛成する。頭に昇っていた血が下がるのを感じた。
「そうだな、ゴメン。休憩しよう」
横穴を出て、結晶柱の間をくぐり拠点へ戻る。ここ数日、フクちゃんが少しずつ備品を運んでくれたおかげで拠点は大分住みやすくなっていた。【拡張】の魔術が込められたテントに寝具、水を溜め込んだタンクと煙を隠す細工がされた簡易的な竈が置かれており、住むには困らない。狭い場所なのでこれ以上何かを置くことはできないが十分すぎるよな。フクちゃんと一緒にこの住処を必死で作り上げてくれたミーナさんには感謝しかない。
「二人のおかげで、休憩できるよ。ありがとう」
「エッヘン」
「べ、別に。私はメイドですから、このくらいは余裕ですわ」
余裕なんて言っているが、テントの立て方も水の組み方も知らない様子だったミーナさんである。ここでツッコムのは野暮だろう。整っているとはいっても、ここでの生活はかなり劣悪だ。そんな中、泣きながら必死にできることを探し、懸命にこなしたミーナさんは凄いと思う。
結果が出せていないのは僕だけだ。
ミーナさんが布切れを取り出しモグ太のツルハシを洗う。その手つきは慣れているとは言い難いが、ツルハシを懸命に何度も拭いてくれている。
地面に腰を下ろすと、フクちゃんも隣に座って足をプラプラさせていた。
「フクちゃん、僕に足りない物はなんだろうな?」
ミーナさんを見ながら、少女の姿のフクちゃんに問いかける。フクちゃんは澄んだ紅い目でこちらを見た。
「空でファスが言ってた。『マスターは怖がっている』って」
「怖がっている?」
何を? ファスは僕に足りない物を知っているのだろうか?
「……大丈夫だよマスター、ほら、ギュってしてあげる」
汗まみれの僕をフクちゃんが抱きしめてくれる。ハチミツと牛乳のような甘い匂いの中、思い出すのは剣士である小清水の言葉。『切り方は刀に教わる』、そして己の四肢を武器とする僕は『あなた自身に問うことね』と言われたこと。でも、どれだけツルハシを振っても僕の中に答えなんて見えない。
「……ツルハシの手入れが終わりましてよ」
「ぬわぁ!!」
「別に離れなくてもいいですのに。なんなら、私の膝を枕にしてもよろしいですの」
「え、遠慮しときます」
「モグ~モ」
ついフクちゃんに甘えてしまった。何やってんだか、ちなみにミーナさんの膝にはモグ太が座っている。
トアがアイテムボックスに詰めてくれた、何かの虫料理を美味しそうに食べていた。森の中というだけあって、虫が食材として豊富らしいな。トアが入ったことで、軍の食生活は変化していると思うけど、虫をめっちゃ食べるエルフとかちょっとイメージしずらいかも。
『ゴァアアアアアアアア』
休憩をしていると不意に、離れた場所からリザードマンの遠吠えが聞こえた。
「見つかったか!」
「ダイジョブ、遠いよ」
「びっくりしましたわ」
まだ遠いとはいえ、こんな声が聞こえたのは初めてだ。
一瞬びっくりしたが、どうやらこちらに気づいたというわけではなさそうだ。
「モグゥ!!!」
一番反応したのはモグ太だった。頭を抱え、走りだし、柱の間に入り込んではブルブルと小さな体を震わせていた。
「大丈夫だモグ太。ここはフクちゃんの糸が張ってあるから、リザードマンが近づいたらすぐにわかる」
「モグゥ、モグゥ…」
首を振って、頭を抱えるモグ太。震えは収まらず、ミーナさんが洗ってくれたツルハシを抱きしめて縮こまっている。尋常じゃない怖がり方だ。
「モグ太、落ち着け。ほら、大丈夫。リザードマンなんか怖くないぞ」
「モグモグゥ……」
「大丈夫ですわモグ太。シンヤはA級冒険者ですの、多少の敵ならものともしませんわ」
しばらくミーナさんと声をかけることで、モグ太は柱の間から出てきた。
小さな目からはポロポロと涙がこぼれており、小さな手で何度もそれをぬぐっている。
その様子を見て、一つ疑問が浮かんだ。
「モグ太、今僕はリザードマンなんて怖くない。って言ったけど、モグ太は怖いんだよな。でも、横穴が完成したらリザードマンの巣の中に行くんだ。もっと怖いことになる。それなのにどうして穴を掘っているんだ?」
「モグ……モッグモグモ」
「仲間、助ける。だって」
モグ太がツルハシを掲げて喋りは始めた。フクちゃんが訳してくれる。
「穴掘りをして、綺麗な鉱石を見つけたらエルフにご飯と交換してもらってたりして、楽しく生活していた。そうしていたら、変なエルフとリザードマン達が現れて砦の聖域に入っていった。その後、結晶化が起きた」
モグ太はリザードマンに砦を襲われたことを話し始める。楽しく皆で穴掘りをしていたら、怪しいエルフとリザードマン達が砦の聖域を侵し、結晶化が始まったと。
「モッグ、モグモッグ、モグメ。モッグ」
「結晶化していない聖なる場所、砦の中の掘ってはダメな場所を掘るように命令された。皆、砦守りとして反対して、逃げたけど、捕まった。僕だけ逃げれた、仲間達、砦に連れて行かれた。僕だけ、逃げた。臆病者」
そこまで説明すると、モグ太はツルハシを掲げた。
「モッグ、モグメ、モグムギュ」
「仲間が、砦にいる。助ける。お父さんみたいに」
モグ太の一族は強制された穴掘りを断って、逃げ出したが捕まったのか。それで、助けるために穴を掘っている。砦の中にはリザードマンがたくさんいて、リザードマンの遠吠えを聞いただけで震えが止まらないのに、穴を掘ることを続けているのだ。
「そうか、怖いのに凄いなモグ太は。お父さん達が砦の中にいるなら、絶対に助けよう」
「モグモ」
モグ太は首を横に振り、再びツルハシを掲げた。
「モグムっ」
フクちゃんが僕を見てその言葉を訳す。
「『お父さん』だって」
「「!?」」
ミーナさんが息をのむ。一瞬、その言葉の意味を理解できなかった。モグ太はなぜツルハシを持って『お父さん』と言った?
冷や汗が背中を伝う。モーグ族が逃げた村の跡地、そこにもツルハシはあった。
この森をぬけた窪地にも、まるで墓標のように……。モーグ族が大事にしているという『ツルハシ』その正体は……。
「……モグ太、そのツルハシは……モーグ族の『ドロップアイテム』なのか?」
「モグ?……モグモっ!」
一瞬、何分かり切ったことを聞いているんだと言うように、モグ太が首を捻った後に、深く頷いた。
頭の中で情報が繋がる。ここ数日で僕が折った『ツルハシ』をモグ太が大事そうに壁に立てかけた意味。この数日で折ったツルハシのことが脳裏によぎる。
『幸い』予備なら、いくらでもあるだと?
手をついて額を地面に叩きつけ、土下座をする。謝罪したところで許されることではない、漠然とモーグ族の大事な道具程度には考えていたが、あまりに考えが甘い、少し考えればわかることだった。
村の跡地や窪地でも見られるツルハシ、それは逃げ出した多くのモーグ族達そのもの。ダンジョンの魔物がアイテムを落とすことがあるように、砦に住んでいたモーグ族達は死体の変わりにツルハシを残すのだ。
僕はモグ太の家族を壁に打ち付けて、壊してしまった。
「ゴメン、ゴメン、ゴメン、僕が馬鹿だった。本当にゴメン。ごめんなさい。許してくれモグ太。僕は、なんてことを……」
「モググ!? モグッモっ!」
ひたすら頭を打ち付ける僕をモグ太は止める。それでも僕は罪悪感に抑えられ、顔を上げることができなかった。
モーグ族のツルハシはレアドロップであり、全てのモーグ族の死体がツルハシになるわけではありません。
ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションがあがります。
感想&ご指摘いつも助かっています。更新頑張ります。






