第二百五十一話:深刻な事態
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真也が本陣から砦の背後を目指して出て行ってから、五日が経過した日の夜。パーティーメンバーの三人にナルミ、スーイ将軍とヒルゼン老人は本陣のテントで駒の置かれた地図を睨みつけていた。
現在、エルフ軍とリザードマンとの戦いは完全に膠着している。それは、状況が動かなかったというわけでは無い。紫鱗種と呼ばれるリザードマン達が群れの指揮を執り始めたことにより、エルフ軍は一時劣勢に立たされるはずだった。
しかし、真也達が紫鱗種を数十頭仕留めたことを喧伝することで軍は士気を保つことができ、差別意識のため課題であった他種族との連携についてはファス、トア、叶がそれぞれ洗脳を解いて回ることにより、獣人、巨人族をはじめとする冒険者達への差別意識が薄れたことにより改善されつつあった。
本来の軍の役割を回復することで、紫鱗種以外を魔術で攻撃しながら、冒険者達に紫鱗種を足止めしてもらう戦術が功を奏し、鉱山砦の包囲は保たれている。
こうした戦場の流れがあり、エルフ軍とリザードマン達の戦いは膠着をしていたのだ。
「……攻め手に欠けるな」
スーイ将軍が険しい顔で呟き、ヒルゼン老人も髭を撫でながら頷く。
「その通り、むしろよく耐えておるという状況じゃ。攻勢に出るには、砦は堅牢すぎるわい」
「ご主人様の素晴らしさの普及……もとい、軍の再洗脳……ではなくて、洗脳の解呪は進んでいます。怪しげな洗脳用の結界を張る道具を持っていた裏切者も数人捉えていますし。時が来るまでの間に軍の土台を整えることが今は大事です」
「だべな」
「宙野君のこともあるし、ちょっと焦っちゃうけど。今は耐える時だね」
「……貴族への牽制はしておく」
『氷華の魔女』と呼ばれる、翠眼のエルフであるファスはここ数日でエルフ達から崇められる存在となっていた。伝説の翠眼に紫鱗種すら爆散させる【息吹】を操る彼女は軍の精神的な支柱となっていた。
ファスの言葉に他のトアと叶、ナルミは同調するが、スーイ将軍とヒルゼン老人は首を傾げる。この状況では、疲弊するのは軍の方だ。さらに砦にはエルフの姫が囚われており、猶予も無いという状況であるにもかかわらず、何が来ると言うのだろうか?
「ファス殿は一体何を待っているのだ?」
「ご主人様が砦の背後を奇襲することです。もともと、ヒルゼンさんの作戦はそうではなかったのですか?」
「それは、そうじゃが……」
ヒルゼン老人としては、不確定要素の強いフクちゃんと不完全な転移者として戦力外と見ている真也を本陣から遠ざける理由の方が強く、そこまで期待はしていないのだが……。
どのように返答するか思案していると、天井から子蜘蛛が降って来る。
「フクちゃんっ! そろそろ来る頃だと思っていました」
「やっほー」
空中で少女の姿となり、アイテムボックスの袋を腰に付けた状態で手を挙げてフクが挨拶をする。
「おかえりだべ。食料の補給だべな。ちょっと待っているだ」
「わぁ、数日なのに久しぶりに感じるよ。ナデナデさせて~。なんなら抱き着かせて~」
「やだ」
「ガーンっだよ!」
「……ヒルゼン老、この少女は一体。今空中で蜘蛛から変化したように見えたのですが……。そもそもこの本陣には結界が張ってあるはず」
「スーイよ。絶対にこの少女を刺激してはならぬ……絶対じゃぞ。下手をすれば命は無いと思え」
当たり前のように本陣の結界をすり抜けたフクちゃんにヒルゼンは戦慄する。やはりこの従魔は危険すぎる。ヒソヒソと話すエルフ二人を置いて、ファスはフクに詰め寄った。
「それでフクちゃん。ご主人様の状況を教えてください」
「素振りが終わった」
「「「素振り?」」」
「マスターは穴掘りをしてるの」
「「「穴掘り?」」」
メンバーの声がハモる。聞けば、真也はモーグ族と合流して砦の背面の結晶化した壁を掘り進もうとしているらしい。ヒルゼン老人が首を横に振る。
「不可能じゃ。『結晶竜』の力によって、砦は結晶壁で覆われておる。結晶壁の強度は結晶竜の鱗そのものじゃ、巨人族の一撃を以てしても砕くことはできぬ。勇者の剣を以てしても対応できるかどうか。一体どんな方法で穴を掘ると言うのじゃ」
「マスターはモグ太達のツルハシを使ってるの」
「ツルハシ? フム、モーグ族のツルハシか? あれは丈夫ではあるが、ただの道具の域を出ることはないぞ……確かにこの状況ならば大量にあるじゃろうが……」
「モグ太は、けっこう掘ってた」
「なんじゃと!? し、信じられぬ。ただのモーグ族では結晶壁に傷すらつけることはできるわけがない」
「何かの間違いではないか? 戦闘力の低いモーグ族の、それも、ただのツルハシで結晶壁を掘り進むなど無謀を通り越して不可能だ」
否定する二人に話すことはないと、フクはファス達に向き直る。より急を要する話題があったのだ。
「みんな。マスターがまたメスを拾った」
バキンとどこかで音がする。部屋に満ちる魔力の影響で結界に亀裂が入ったのだ。
『ば、馬鹿な。敵襲かっ! 錬金術師と魔術師を呼んで来い。今すぐにだ、本陣の結界にヒビが入ったぞ』
『馬鹿な、この魔力は一体!! 何という禍々しい力だっ!!』
外で見張りのエルフが叫んでいるが、テントの中はそれどころではない、氷点下の空気のような肌を切る殺気が満ちていたのだから。百戦錬磨のヒルゼン老をもってして、「あっ。これ死んだわ」と思わせるほどの恐怖であったと後の日の彼は語る。
「その件についてはすでに、わかっています。私のテントで詳しく話してもらいましょうか」
「旦那様。流石に今度は庇えないべ。フクちゃん話が終わったら食糧庫へ来るだ。備蓄に加えて、衣服の着替えも渡すべ」
「千早ちゃんにも伝えなくちゃね……異世界の知識を結集する時が来たかもだよ」
「あの、好色家がどんなエルフを従者にしたのか興味があるな。私の何がダメだったのか教えてもらおうか」
「わかったー」
フクちゃんの報告を信じられない軍のトップ二人、結界の修復を全力で行うエルフ達、それらを置いて少女達は真也の性癖について論じることになったのだった。
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