第二十五話:なんかでた
(マスター、イリグチ、トオイ)
生まれた森だけあって土地鑑があるのかフクちゃんはダンジョンの大まかな構造がわかるらしい。
僕らが跳ばされた場所はかなり深部らしく、入口まではかなり遠いらしい。それこそ数日かかるかもしれないほどの距離のようだ。
「ファス、ダンジョンってどんな特徴があるんだ?」
「ダンジョンは異空間であるともそれ自体が魔物であるとも言われている場所です。特徴としては魔物を生み出すこと、入口か出口、もしくは特殊な道具を使うことでしか出ることができません」
「ダンジョンってのはどうやったら攻略したことになるんだっけ?」
「ダンジョンマスターと呼ばれる魔物を倒すことでトレジャーが出現します。トレジャーには特別な武具であったり、素材であったり、ほかにもスクロールと呼ばれる、読むことでスキルを得られる巻物がまれに手に入ります」
「攻略したダンジョンはどうなる?」
「ダンジョンとしての特性を消失します。今回のダンジョンならば正常になった森の地脈が時間をかけて森を再生させるのではないかと」
「ここからダンジョンの入口に戻るのは可能だと思うか?」
「ご主人様なら可能だと思います」
「ファス。水も食料もない状態で『僕ら全員』が戻るのは可能か?」
「……申し訳ありません。無理だと思います」
「ファスは頭がいいのにバカなこと言うよな、なぁフクちゃん」
(ミンナ、イッショ)
フクちゃんがピョンとファスの頭に乗る。元気がでたのか胸の前で両手をグッと握り強い瞳で僕を見て頭を下げる。
「そうですね、フクちゃん。申し訳ありませんでしたご主人様」
「いや僕がバカなこと聞いちゃったな。言っておくけどファスとフクちゃんがいなかったら僕なんて何もできないぞ。ようは、ダンジョンマスターとかいう魔物を倒して出口からダンジョンをでるしかないってわけだ、単純でいいな」
「ご主人様、ダンジョンにはセーフティーゾーンという魔物が近づかない安全地帯が一定区間ごとあると本で読みました。まずはそこを探せばよいかと思います。フクちゃん、わかりますか?」
(ワカンナイ)
フクちゃんでもセーフティゾーンはわからないらしい。とりあえず、森の奥と思われる方向へ向かいながらセーフティーゾーンを探すことにして、歩き始めた。
足場は柔い泥のためかなり歩きにくく、おまけに倒木が散乱しておりいちいち踏み越えなければならずそれも進みにくさに一役買っていた。そこに泥だらけの服が容赦なく体力を奪ってくる。
【ふんばり】がある僕ですらこうだ、スキルに頼れないファスの疲労はことさらに大きい。歩き始めて数分でファスの息が乱れ始め、さらに数分後には肩で息をし始めた。
「ファス、大丈夫か」
「ゼェ……ゼェ。大丈夫です」
明らかに大丈夫じゃないだろ。
「ファス、ほら。負ぶされ」
「そんな、ハァ、ハァ、ご、ご主人様の負担になるわけには」
相変わらず強情なやつめ、でもこのまま倒れるまで歩かせるわけにはいかない。疲労で動けなくなっているファスを有無を言わせず背負う。
「フクちゃん、糸でゆるくファスと僕を固定してくれ」
(リョウカイ)
「待ってください。マスター、きゃあ、フクちゃんそんなところを這わないで」
一体どこを這っているんだフクちゃん。後で詳しく聞こうじゃないか。
なんて馬鹿なことを考えている間に糸による固定が終了していた。
「悪いなファス、今日は僕の勝ちだ。動くと歩きにくいから嫌かもしれないが密着してくれ」
そう言ったらファスがギュウウウと強く抱き着いてくる、ファスさん苦しいんですが。
「嫌ではないです。ただ、自分が情けなくて悔しくて」
耳元でファスの声が響いて少しドキドキする。
「さっきの僕もそうだった。でもファスがいたからなんとか強がっていられるんだ」
「いるだけではイヤです。私はもっともっとご主人様のお役に立ちたいんです。ご主人様、ここを抜けだしたら私を鍛えてください」
「いいぞ、じゃあファスは僕を鍛えてくれ。勇者にリベンジをしないとな」
「もちろんです。絶対勝ちましょう」
(ボクモ、ツヨクナル)
決意を新たにファスを背負いながら泥道を進むと灰色の霧が出てきた。
霧の中にかすかに魔力を感じる。
「ファス、この霧変だ」
「はい、魔力を感じます。なんだか嫌な感じです」
(マスター、ボク、ヘン)
フクちゃんがファスの頭からポトリと落ちる。
「どうしたフクちゃん!?」
「ご主人様、鑑定で状態を確認してください」
ファスから鑑定紙を渡される。ちゃんと持ってきてくれたのか助かった。
急いでフクちゃんの状態を確認する。
―――――――――――――――――――――――
名前:フク
状態
【専属従魔】▼
【経験値共有】【命令順守】【位置捕捉】
【腐樹林の呪い(侵食度30)】▼
【体力減少】
――――――――――――――――――――――――
呪いの字が目に入った瞬間に【吸呪】を発動させ呪いを消し去る。
(ナオッタ、アリガト、マスター)
フクちゃんがピョンと飛びついてくるので撫でてやる。
「フクちゃん……よかった。なんで呪いなんかに?」
「おそらくはこの霧です。先ほどから魔物が現れないことが不思議でしたが、このダンジョンの特性として呪いの状態を付与する霧がでるようです。おそらくは深部にいくほど呪いが強くなるため生み出された魔物でさえ深部には近づかないのでしょう。私とご主人様は呪いについて耐性があるので問題はないと思います。ただ呪いに耐性のある魔物も発生するので油断はできませんしフクちゃんのこともありますが」
一つ朗報だ。ファスを背負っている状況で戦闘をする危険がグッと低くなった。フクちゃんのことも僕が【吸呪】すれば問題ないだろう。
(マスター、ゴメンナサイ)
しゅんとするフクちゃんを頭においてファスを背負い、道を歩く。魔物は本当にいないらしく濃くなっていく霧と、足場の悪さだけが敵だった。【吸呪】を発動し続けるのも地味に魔力を消費して苦しい。
「ご主人様、大丈夫ですか? あの、私もう回復したので、歩けます」
(マスター、ムリシチャ、ダメ)
「なんのこれしき」
普段の走り込みでも疲れてもうだめだと思ったところからが本番だ。いやもうだめだなんて思ってないけれど。
ここで意地を見せなきゃ男が廃るってもんだ。
「ご主人様、下です!!」
「「「キキキキキィイイイイ」」」
不意にファスが叫びその場から飛びのく。すると僕がいた地面から手が生えてきた。そのまま這い上がるように泥が猿の体を形成する。
「マドモンキーです。泥でできた魔物です。泥でできているとはいえ体を壊せば再生はしません」
ファス先生の解説が入る。ちぃ万全の状況なら相手になるが、今日は仕方ない。
「逃げるぞ! ファス、フクちゃん掴まってろ」
そのまま全力で【ふんばり】を発動し、泥の上を走る。
「ごしゅ、ご主人様!?」
「ファス、舌嚙むぞ」
(サラマンダー、ヨリ、ハヤーイ)
だからフクちゃん。その語彙はどこから来るんだよ。そんなツッコミを入れる余裕すらなくひたすら走る。霧でまともに見えない視界の中で確かに何かが追ってくる気配を背に感じる。
「意外と速いぞあいつら」
「しかも数が増えてます!!」
マジか、どうする? 周囲を見るがセーフティーゾーンはおろか数メートル先すら見えない。
(マカセテ!!)
フクちゃんが飛び出し周囲の倒木や枯れ木に糸を張っていく。ものの数秒で糸を用いたバリケードができた。
(キュウ、モウダメ)
すぐに呪い状態になり動けなくなるが、それでも糸で作られたバリケードには数体のマドモンキーが捕まっていた。
「よくやったフクちゃん」
フクちゃんを回収し、そのまま走って逃げる。数百メートル走ると霧が薄くなり緑が見える。
「ご主人様、あの部分から霧の魔力を感じません。きっとセーフティーゾーンです」
その言葉に返事をしたかったが【吸呪】を使い続けたせいか僕自身が呪い状態になってしまったらしい、体が重くて返事をする余裕がない。【ふんばり】を多用したせいで足がつりそうだ。あと少しだ、気合を入れろ。
自分に活を入れ足を動かす。ファスやフクちゃんが何かを言っているが遠くから聞こえるような感じで何を言っているかわからない。
……あと数十メートル。
そう思ったところで横から、何かが飛んでくる。
「ご主人様!!」
その声でうつろな意識が覚醒する。飛んできたのは倒木だった。伏せてかわす。
「無事かファス?」
「はい、か、掠りましたが」
倒木が飛んできた方向をみると、体長3メートルほどのやけにでかい猿がいた、マドモンキーに似ているようにも見えるが体は泥ではなく肉体を持っているようにみえ長い尻尾を振り回してる、毛の隙間から赤黒い皮膚が隆起しておりこちらを威嚇していた。ボス猿か。
幸いセーフティーゾーンまでは近そうだ。なんとかしていけないもんかな。呪いのせいで体が怠い。
でもまだ動く。
「フクちゃん、糸を解け。ファス走れるな? セーフティゾーンはわかるな? あの猿を引き付けている間に逃げ込め!!」
「ご主人様は?」
「後から行く、背負ったままじゃ戦えないからな」
糸が解かれファスが地面に降ろされる。
(マスター、ボクモ、タタカウ)
「フクちゃんも行け、呪い状態になったら足手まといだ!!」
実際は残ってほしかったが、マドモンキーがファスを襲ってしまえば終わりだ。
「いやです。ご主人様だって体が動いてないじゃないですか!!」
(ボクモ、ノコル)
ええい、わからずやめ。どうする? ボス猿がこちらに駆けてくる。見ると、糸にかかったマドモンキー達がこっちに来ている、これを待っていたのか賢しいな。
「このままじゃ囲まれるぞ、とりあえず走れ。振り返るな、防ぎながらついていくから!!」
三人で走り出す、僕は後ろ走りだが、すぐにボス猿が追いつく、そのまま殴りかかってきたので、低く入り自分の体を使ってボス猿の足を掬う。
前のめりに倒れたボス猿の背中に乗り踏みしめるように蹴りを叩き込むが、効果は薄く振り落とされ泥に突っ伏す。
よし、これで時間は稼げたな。二人が逃げられたかわからないがそうであると信じよう。
体捌きで相手をこかしたのには理由があった。
もう両腕が上がらないのだ。というか立ちあがるのもきつい。今の動きで完全にガス欠だ。そもそもセーフティゾーンまで走れるかどうかも微妙だった。せめて勇者との闘いがなかったらなんとかなったのかな? そう思っているとマドモンキーまで追いついてきて、体にまとわりついてくる。
ここまでか、そう思うと。涙が出てきた、懸命に戦った。でも諦めたくはなかった。
せめてもの抵抗でボス猿を睨みつける。目が合う、感情は読み取れないが次の瞬間その手で自分の頭がつぶされることはわかった。
「ガァアアアアアアア」
咆哮、ボス猿のものではなかった。それは後ろから聞こえた。
次の瞬間にはボス猿に黒い火球が直撃し音をたてて爆ぜた。音に驚いたのか火にビビったのかマドモンキー達が飛びのいたので咆哮があった先をみる。
その先にいたのはファスだった。フードを脱ぎ、全身に凄まじい魔力を帯びていた。
「ご主人様、こっちです!!」
搾りかすみたいな体力をなんとか引き出して、立ち上がり駆け寄る。
「なんだいまのは?」
「わかりません。なんかでました」
(ファス、スゴーイ)
なんかでたのか、すごいもん出してたぞ。とにかく今しかチャンスはない、見ればボス猿は動いていないし。この隙に逃げ出そう。
懸命に走り、なんとか霧が晴れている草地に足を踏み入れた。ここがセーフティゾーンか。
そのまま三人とも(フクちゃんに対してこの表現は適切かわからないが)前のめりに倒れ、気を失った。
の、呪いは解けてるから。ただその描写と説明まで進めなかっただけだから。
というわけでファスさんの覚醒です。ヒロインにあるまじき声を出したりします。
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