第二百五十話:穴掘り修行開始
ヴェノムスコルピオの紫の殻を大事そうに、そーっと地面に置いた後に、モグ太はまた横穴へ戻っていった。
「モグモグ、モッグモグ」
ツルハシを担いで、上機嫌で横穴を進むモグ太の後ろをついていく。
「フクちゃん。何て言っているんだ?」
「仲間と穴掘り、久しぶり。だって」
「そうか……」
ここに来るまでにモーグ族は見なかった。途中の集落にあったのは血痕とツルハシだけ、何があったかは察するに余りある。
かける言葉が見つからず、楽し気にゆれる小さな背中を見つめた。
行き止まりにたどり着くと、モグ太はツルハシを掲げる。
「モグっ!」
大上段の位置でツルハシが止まる。一瞬の静止、長方形が平行四辺形へ潰れるような滑らかな重心の移動。真っすぐに、ツルハシの先のさらに小さな点へ力の流れが収束し、結晶壁へ叩きつけられた。
澄んだ音が横穴に響き、壁や天井にヒビが入る。一か所が傷つくと、周囲も連鎖して壊れていくらしい。
「結晶が砕けましたわっ。信じられないですの! 凄いですわっ! 見たところユニークでもなんでもないただのモーグ族ですのに、きっと高レベルなのですわっ。あるいは、レアスキルを持っているのです」
「違う、あいつ、弱いよ……マスター?」
見とれてしまった。
それは、あまりに美しい一振りだった。あの小さい背丈の、短い手足からはとうてい信じられない、紡がれた技の集積。
空の旅で、刃筋を立てる稽古をしていたからこそわかる。あのひと振りの為にこの魔物は『何か』を積み上げたのだ。レベルでも魔力でもない、技術の先、『業』の領域に至る一振りの為に。
「モグ太……さんっ!」
膝をついて土下座をする。当然そうするべきだ、敬意を示すことに躊躇いはあり得ない。
「モグ?」
「僕を弟子にしてください」
地面に頭を打ち付けて、全力の土下座である。
「モググッ!?」
「か、仮にもA級冒険者が何言っておりますの!? 相手は下級の魔物ですのよっ!」
「関係ない。頼む、僕に穴掘りを学ばせてくださいっ」
ギースさんだって、爺ちゃんだって許してくれるはずだ。……多分っ!
「モググ~」
ツルハシを抱きしめて、モグ太がぶるぶると震える。
「マスター。『怖い』だって」
「なんでだっ?」
断られるならともかく、怖がられるのは心外なんだけど。ちなみに地面も結晶なので、額から血が出ています。
「私だって怖いですわ。貴方、馬鹿ですわ」
「頼む、モグ太さん。いや、師匠。なんでもするからっ! 砦の攻略の為にも、僕に足りない物の為にも絶対に必要なことだと思うんだ」
「モグッ~!」
近寄ったらさらに怖がられた。くそぅ、どうすればいいんだ。
「マスター、もちつけ」
ズビシッとフクちゃんにチョップされる。結局、フクちゃんが仲介に入ってくれて話をつけてくれたのだった。しばらく話し合いをした結果、ミーナさんが話を纏める為に手を叩く。
「……はいっ、それでは、今の話し合いを整理しますわ。とりあえず、弟子入りというはモグ太が怖がっているのでダメですの。本能的にシンヤの方が強いことを察しているようですわね」
「グヌヌ」
「どんまい、マスター」
この場合は戦闘力とかは関係ないと思うんだけどな。
フクちゃんになでなでされています。
「その代わり、穴掘りについては教える方向でよろしいですわね」
「モグっ!」
モグ太が元気よく手を挙げる。まぁ、それならいいか。
そのまま、横穴の入り口に立てかけられていた一本のツルハシを渡された。
「モッグ。モグモグ、モグググっ!」
「『大事に使ってね』だって」
手に持つツルハシはしっかりと重みがある。見かけは木製の柄に鉄の嘴状の刃をつけたような、元の世界でもなじみのある代物だ。だけど実際に手に持ってみると、木製に見えるだけで違う材質のように感じるな。
ミーナさんが言うにはモーグ族が日頃大事にしているという物らしいけど、一体どうやって作られたんだ?
「わかった。それで師匠……じゃなくてモグ太、どうすればいい?」
「モグ、モグム」
「『真似して』だって」
フクちゃんが言い終わると、モグ太が先程の様にツルハシを振った。
手足の長さが違うが、その重心のバランスや全体の動き、タイミングを真似して大上段からツルハシを振り下ろす。【全武器装備不可LV.∞】が発動しないか不安だったが、ツルハシは武器でない扱いなのか、相手がいないからかはわからないが、しっかりと振ることができた。
激しい風切り音が横穴に響く。
「凄い迫力ですの。モグ太よりも速いように見えますわ。これならすぐにでも結晶を崩せますわ」
「……いや、ダメだな」
「マスターのへたくそ。がんばれ」
「モグモグ~」
ミーナさん以外は、今の一振りが力任せなだけだとわかっている。普段の【手刀】とはまた違う感覚だ。これは……厄介だぞ。
「ゴメン、皆。しばらく時間がかかるから。穴掘りを進めてくれ。フクちゃんは周囲の警戒を頼む」
「わかった。巣を張るね。あと、餌、獲って来る」
「私は、そうですねモグ太が砕いた結晶をお掃除しますの。お掃除……実は憧れていましたのっ」
「……」
「モググ?」
「ミーナ、お掃除初めてなの?」
「わ、私はメイドでしてよっ。掃除なんて毎日やっていましたわっ」
フクちゃんが尋ねると、冷や汗を流して露骨に視線を斜めにするミーナさん。
今までの反応といい、絶対この人メイドじゃないんだよなぁ。まぁ、いいけど。
背後からの奇襲を成功させるためにも、まずは素振りだな。
筋力的には僕の方が上だけど、今のままでは結晶を割ることができないだろう。
ツルハシの先へ力を集中させること、まさに『刃筋を立てる』今求められているのはその技術なのだ。
時間が無い、さぁ始めるか。こうしてツルハシ振りの修行が始まったのだった。
モグラに弟子入りを志願する真也君でした。
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