第二百四十七話:やらかし
フクちゃんが作ってくれた樹上のハンモックで、僕、フクちゃん、ミーナさんと横になる。
「見張りはよろしいのですの?」
メイド服のエプロン部分を脱いで、ワンピースのような服装で、ミーナさんはハンモックから周囲を眺める。
彼女には見えていないのだろう。月明かりが届かぬ森の奥で、目に見えぬ糸が木々に複雑に絡みつき展開されている。
「【隠密】スキル持ちだったとしても、フクちゃんの『巣』を掻い潜るのは不可能です。下手にハンモックから出ないでくださいね。周囲の糸にも毒が塗っています」
「おやすみー」
「ふぇ、そ、そうなのですね。人族の冒険者は恐ろしいですわ。あの……おトイレに行きたいのですけど」
「……フクちゃん、巣をどかせる?」
「めんどくさい、その場でしろ」
「ふぇええええええええええん。無理ですわぁあああああああ」
「ここ敵地! 静かにしてくださいっ!」
本来なら、今日中にモーグ族を見つけたかったのだが、深い森は自然の迷宮だし、新たな依頼主はこの調子である。本当にあの堅牢な鉱山砦の背後をつけるのだろうか?
ゴメン、ファス。僕はやらかしてしまったかもしれない。深くため息をつくのだった。
※※※※※
所変わって、場所は本陣。翌日に向けてファス達三人と、ナルミ、ヒルゼン、スーイ将軍は話し合いを行っていた。三人がそれぞれ本陣、右翼、左翼と移動しながらそれぞれの方法で軍全体の悪影響を解いていくという方向で話がまとまり、そろそろ解散するという時に、ヒルゼン老人が水晶を取り出す。
「おっと、今日の務めを忘れておったわい。今日の出会いに星はどう答えるかの?」
「【占い師】のスキルですね。実はこの眼で見るのは初めてです」
「一応転移者の中にも【占い師】の子はいたよ。その子は草相撲をしてその切れ端で結果を読み取っていたけど」
「そんな適当な占いでいいんだべか?」
ファスが興味深そうに、魔力を読み取ろうと目を凝らし、トアと叶は軽口を叩く。
ナルミは無言で行く末を見ているようだ。
「ホッホ、やり方は自由じゃよ。経験の方が重要での、スキルはいわば通常の占いの解釈を広げ、精度を上げているにすぎん。ワシは星空を水晶に映す星占いじゃが、カード占い、骨読み、石投げなど、人によってやり方は様々じゃよ」
「ヒルゼン老の占いはエルフの中でも指折りだ。様々な災いを予見し、エルフの危機を救ってきたのだ」
「褒めてくれるなスーイよ。今回ばかりは悪意が強すぎて未来は曇るばかり……今までの占いでも、すでに取り返しのつかない状況まで事態は悪化していると出ておるのじゃ、せめて少しでも良き未来が映れば良いのじゃが……」
天幕から外へ出ると、星空がはっきりと見える。森の中と違い、軍が置かれている窪地は視界を遮るものはない。
「わぁ、綺麗だね」
転移者にとっては、異世界の夜空はことさらに美しい。感嘆の声を上げる叶の横でヒルゼンは水晶を掲げた。
水晶に星空が映り、ヒルゼンが雫を掌に受けるように、胸のあたりまで下げる。
体で影になっているはずだが、水晶に映った星空は切り取られように消えることなく輝く。
「凄いべ。イカ墨の料理みたいだべな」
「魔力の流れは微かです。うーん、これは真似できません」
「老エルフが水晶を持つ光景、ビバ、トー〇キンって感じだね。真也君もきっと感動したろうになぁ」
「星よ、光を雫とし我が手に道を示したもう……ちょい待って。オヨ? んん? いや、これは……」
それまで神秘的だったヒルゼン老が急に汗をダラダラとかいて、水晶を上げ下げして調整していては覗き込んで首を捻る。ファス達は顔を見合わせ、代表してファスが口を開いた。
「あの、どうかしたのですか?」
「いや、うむぅ。何と言うか……その……」
「まさか、新たな凶兆が浮かんだのか!?」
煮え切れない態度にスーイ将軍が、ヒルゼンの肩を掴む。
しばらく黙り、水晶を見つめていたヒルゼンが意を決したように前を向いた。
「なんか、めちゃめちゃ現状が良くなっておると出ている! そりゃもう、一山超えたような感じじゃ! ここ最近の結果が全部ひっくり返っておる!」
「「「「「……は?」」」」」」
ヒルゼンを除く全員の声が重なった。とりあえず天幕に戻り、ヒルゼンが話を続ける。
「ワシが凶兆を受け取った時は、すでに星は変えられぬ悲痛な未来を示しておった。せめてそこから少しでも立ち直れるように手を尽くしておるはずであった。それが、全てがひっくり返ったかのように結果が好転しておる……いかに占いが当たらぬも八卦とはいえ、これほどまでに結果が変わることは初めてじゃ、聞いたことも無いわい……今でも信じられぬが……何度やっても、占いの結果は変わらぬ」
誰よりも結果を受け入れられないヒルゼンを見て、他の面子は顔を見合わせる。
「シンヤ達を連れてきたことで好転したんじゃないのか? スーイ将軍が正気を取り戻したことは大きな出来事だ」
女性姿のナルミが壁に立てかかったまま考えを言うが、スーイ将軍は首を振った。
「イワクラの使者よ、それはあり得ぬ。私が正気を取り戻しても、現状事態は何も好転していない。ファス殿達が軍の洗脳を解くというのも明日以降の話だ。むしろ今日起きたことでは、変異種のリザードマン、『紫鱗種』と名付けたが。それらによる被害が大きく、砦は今も占拠されている。全体で見ればむしろ戦況は悪いはずだ」
「ワシもそう思っておった。占いでは、先の未来はもちろん、現状がひっくり返ったように好転しておると出ておる。ワシ等の知らぬところで、この戦い左右する出来事が起きたのじゃ」
「この場以外の要素が影響したのであれば……リザードマン達の内乱、いや、ありえない。むしろ今日の動きに関しては統率的ですらあった。話にある裏切者の仕業……であれば好転はするはずもなし。一体何が……」
スーイ将軍とヒルゼンがああでもないこうでもないと、好転した原因を探っていく中。
他の四人は無言である。その表情はそれぞれ違い、ファスはニマニマと笑い、トアは多分そうなんだろうなぁと肩をすくめ、叶はどうしてそうなっていると目をつむって思考しており、ナルミは頭痛でもするかのように頭を抱えた。
「ファス殿、その表情。何か心あたりがあるのか?」
スーイ将軍が尋ねると、ファスは胸を張って答えた。
「ご主人様とフクちゃんが何かをしたのです! 間違いありません!」
「それしかねぇべな。しかし、旦那様。この短時間で何をしたんだべ?」
「わかんないよぉ。絶対真也君だとは思うんだけど、この現状でそこまでの一手が思い浮かばないよっ! うわぁTRPGプレイヤーとして答えを見つけてみせるよっ!」
「絶対、絶対、絶ったい、ろくでもないことだ。あのバカはそういうやつだ」
その四人の反応を見ても、スーイ将軍とヒルゼンは釈然としない。叶の言う通り、現状を見る限りこれまでのジリ貧だった状況がひっくり返るような、一手がこの短時間で、しかもあの人族の冒険者がなしえたとは思えなかったのだ。ふと、ヒルゼンは思い出したように手を叩く。
「おぉ、そういえば、話し合いの前に虫文が来ておった。今のスーイになら話してもよかろう。連絡を取っていた冒険者の隠し拠点でヌシ等の主らしき人物が現れたらしい。かなり離れた場所にあったはずじゃが、騎乗蜥蜴も使わずに、大した移動力じゃの」
「それを先に言ってください。ご主人様とフクちゃんは無事に進んでいるようですね」
「道中に、リザードマンに襲われている者たちを救出して拠点にとどけたようじゃ。おぉ、そういえば、救出したメイドのエルフが一人、シンヤ殿に付いていったらしいぞ。しかし、やはり劇的な何かがあったとは……ヒィ!?」
それまで喜色満面であったファスの額に青筋が浮かび上がり、他の面子も重いオーラを纏う。
あまりの迫力に百戦錬磨の元冒険者とエルフの将軍は縮み上がる。
リザードマンですら尻尾を巻いて逃げるであろう、圧倒的な恐怖……実際、深夜であるにも関わらず近くの森では虫と鳥が逃げるように飛び立っていた。
「……またですか。ご主人様……しかも、エルフ……やはり一緒に行くべきでしたね……」
「旦那様……半日も持たないべか…」
「メイド……やはり真也君はメイドフェチ……帰ってきたら大和撫子の本気を見せるしかないね……」
「あの野郎、私が従者になると言ったら拒否したくせに、メイドを手籠めにするとはいい度胸じゃないか……フフフ…」
パーティーの逆鱗を踏んでしまった真也。しかし、彼にとっての悲劇はこれに留まらない。
彼のやらかしはその日のうちに、連絡用の紋章がかかれた羊皮紙により『仮』パーティーのメンバーにも伝わることとなる……。
※※※※※
「うわぁ」
急に怖気を感じて、ハンモックから跳ね起きる。
なんだ、この恐怖は……これまでにない危機を感じる。
「どしたのマスター」
横で寝ている少女姿のフクちゃんがしな垂れかかってくる。
「……いや、怖い夢でも見たのかな」
それとも、これからの『結晶竜』との苛烈な戦いを感じたのだろうか? 攻城戦は厳しい戦いになるのかもしれない。
「バレたんじゃない?」
フクちゃんの視線は少し離れた場所で寝ているミーナに向けられる。
「いやいやいやいや、えっ? まさか……」
……流石に、この短時間でバレるはずがない。うん、この悪寒はリザードマンとの戦いへの恐怖だ。決して、ファス達の怒りを感じたわけじゃない。そうであってくれと、心の底から祈るのであった。
真也君……南無。まぁ、その、自業自得だと思います。
完全な別陣営のことを閑話とするか本編とするかとっと悩み中です。
ブックマーク&評価ありがとうございます。更新頑張ります。
感想&ご指摘、いつも助かります。モチベーションがあがりますので、一言でもよろしくお願いします。
追記: okamoto0120様よりレビューをいただきました。ヒロインのほとんどに怖いが入ってます!(重要)本当にありがとうございました。






