閑話16:森の賢者は読み違う
ヒルゼンと呼ばれる老エルフは、かつては冒険者として大陸を渡り歩いた。年老いてはいたが先の時代の転移者にも出会い、肩を並べたこともある。
冒険者を引退してからは自らのジョブを【占い師】に変え、星の巡りを読み解き、森の民たちへ恩恵を与えてきた。いつしかそれもなりを潜め『森の賢者』と呼ばれたヒルゼンは、森の庵でひっそりと暮らしていた。
しかし、ある日の星空はその重い腰を上げさせる。
「新たなる転移者と、大いなる悪意じゃと……。定めの星よこの老骨に何をせよと言うのか……」
かつて【魔術師】だった時使っていた愛用の杖を担ぎ、賢者は深き森からエルフ達の街へ向かう。
そこで見たのは、ほんの数十年で歪に選民思想に染まったエルフ達、無論全てのエルフがそうではなかったが、特に貴族達に蔓延る他種族への差別はかつてのエルフ達とは違ったものだった。
「大いなる悪意……ワシの若いころは、魔物ばかりが敵であったが、此度は一筋縄ではいかんようじゃ」
国の情報を集め、星に教えを乞い、最後にヒルゼンが助けを求めたのがかつての冒険者仲間達だった。
すでに亡くなっている者がいるほど時は経っていたが、古い冒険者達はヒルゼンのことを忘れてはいなかった。
冒険者からの情報を精査することで、砦を制圧したリザードマン達と、国に蔓延る悪意がカルドウスの儀式という線で繋がり、砂漠で行われたカルドウスの儀式を打ち砕いた冒険者が、この国で街の悪意を取り除いたことも知る。
【占い師】でなくとも運命に感謝せずにいられないであろう。スーイ将軍をどうにか説得し右翼へ赴き、件の冒険者を待つ。星の占いでは、この場所に状況を打開する【何か】かが訪れるという。
そして、右翼を救った真也がスーイと待つ右翼本陣へと来た時、ヒルゼンはこう思った。
(あれ? 思ったよりやばい奴が来たかもしれん)
それでいいのか森の賢者、とヒルゼン自身が自分にツッコミを入れたくなるような状況である。
そもそも、ヒルゼンが知る【転移者】とは、本来一つしか持てない【ジョブ】を二つ持ち、高位の【スキル】や【魔術】を備えるものである。急速な成長に加え、【竜の武具】という転移者しか装備できない装備を振るう規格外の存在のはずだった。結界への対処にしても【スキル】を使ってどうにかするものかと……。
しかし来たのは、【竜の武具】どころか剣の一つも持たぬ少年。
それが魔術に優れるエルフが複数人で組み上げた結界を素手で握りつぶした。
高レベルの【占い師】であるヒルゼンは【上級鑑定】に加え、複数の分析スキルを持っていたが、実際に真也を前にして困惑しかない。
真也がつけているマイセルが作ったペンダントは、砂漠の職人が付与した【鑑定防止】がついていたが、ヒルゼンは巧みに分析を進める。その結果すぐにあることに気づく。
(ううむ、転移に失敗しておる。正規の召喚ではないようじゃ、過去にも貴族が見栄の為に無理やりに召喚を強行したことがあったが、まさか、地脈を意図的に操作して呼び出したのかの。そうなっては正規の転移者よりも格段に質の劣るものになる。到底、優れた転移者では無い。【鑑定防止】のせいで【スキル】までは覗けぬが、高位のそれではないようじゃ。一体どうやって、リザードマンを倒し、結界を破壊したというのだ……まさか、それほど強くない【スキル】を鍛え上げたというわけでもあるまいに)
本当にこの少年が砂漠の儀式を止めたというのか、しかし、目の前で結界を破壊したのも事実。
年の功で、混乱を顔には出していないがヒルゼンは真也を計りかねていた。
そして、話は進む。【精霊眼】を持つファスに【聖女】の叶が訪れ、高レベルの料理人のトアの【魔物の料理】と、導かれるように悪意を退ける力が揃っていた。喜ぶべきことなのだろう。
しかし、ヒルゼンはひそかにビビっていた。そりゃあもうめっちゃビビっていた。
何にかと言うと、エルフの戦衣装を身に着けたファスにしがみついている小さな蜘蛛の従魔にである。
(えぇ……なんか、魔王種ほどの力を持った魔物がそこにおるんじゃが……)
ファスの服の中に気配を感じ、あえて会話では触れないようにしているが【上位鑑定】でなんとか【隠密】を突破すると、思った以上にヤバイ存在がファスの服の中にいる。しかもここには将軍がいるのだ。誰がこんな危険な場所に将軍を連れてきた!? と言いたいぐらいだが実際連れてきたのはヒルゼン本人である。脱出用の魔法陣を準備しようとも思ったが、ちらりと床を見ると、術式が壊れていた。
げに恐ろしきは真也の【呪拳:浸蝕】。人族除けの結界以外にも、本陣に仕込んであったあらゆる魔術に這い寄り破壊していた。本人は特に意識していないというのが余計に質が悪い。というわけで、脱出経路が完全に消えていることを知っているのはヒルゼンのみ。
周囲の護衛や将軍は何かあっても、魔法陣や護衛達がいるから大丈夫だと思っているが、実際は仕込んだ魔法陣は使用不能で、A級冒険者がパーティーを組んで対応するような魔王種クラスの魔物が「やんのか、アァン?」みたいな雰囲気でいるのである。もしここでファスに隠れる魔物が暴れた場合、逃げることもできず、全員殺されるだろう。リザードマンとか関係無しに軍が壊滅する。笑顔ではいたが、ヒルゼンの背中を冷や汗が伝っていた。もちろん、従魔であることは理解できていたが、正しく制御できている保証などどこにもないのだ。
将軍が真也たちに挑発的な言葉を言うたびに、ヒルゼンは寿命が縮む思いである。
話が進み、干し肉を食べたことで、スーイ将軍の洗脳が解け胸をなでおろす。
そこからは、なんとかあの危険な魔物を本陣から引き離し、軍に掛けられた悪意を退けることに話を持って行った。そもそも、ヒルゼンとしては軍と冒険者ギルドとの総攻撃が本命の策であり、儀式が完成するまでに軍を正常にすることに注力すべきだと考えている。
悪意に対処するためにファス達の協力は不可欠だが、あの強大な従魔を軍の中枢に置いた場合、どうなるかわからない。結果として、真也とフクが陣を離れた時は、安堵でちょっと泣きそうになった。
(砦の背後は、結晶化が進んでおる。例え魔王種の従魔がいるとしても、攻め込むのは不可能であろう。冒険者殿には悪いが、敵の策よりも早くサイゾウと連携し、総戦力で敵を叩き『結晶竜』を砦の外へ引き釣り出す。その為の囮として使わせてもらおう。姫様、待ってくだされ)
と、真也の背後からの攻撃が不可能である前提で策を練る。
失敗した転移者、優秀すぎるパーティーメンバー。それがヒルゼンの評価だった。
……森の賢者最大の誤算は、真也の戦闘を直接見る機会が無かったこと、【上級鑑定】や分析系のスキルに囚われ、吉井 真也という冒険者そのものを見誤ったことであった。結果としてその誤算は、作戦に大きな影響を与えてしまう。
後にエルフ達の間で伝説となる。『ツルハシで城を落とした男』その語りの序章は、森の賢者の勘違いから謳われることとなる。
将軍の洗脳を解こうとしたら、移動した先に、魔王種クラスの魔物がいたでござる。
となっていたヒルゼンさんの話でした。実はめっちゃ考えているおじいちゃん。ナノウさんの方が年上です。
次回:メイド再び。
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