第二百四十三話:拗ねるファス
「……悪い夢を見ていたようだ」
「フム。これは、旨い干し肉じゃの。【魔物の肉】に【魔力の調理】を施しうる料理人がいるとは、ホッホッホ、長生きはするものじゃわい」
椅子にもたれかかり、青白い顔で水煙草を吸うスーイ将軍。顔色は悪いが、憑き物が落ちたように険のとれた表情をしている。
ヒルゼン老人は口髭を撫でながら、もしゃもしゃと小さい口で干し肉を食べている。
スーイ将軍は、傍らの老人を見てため息をついた。
「ヒルゼン老は、この結果をわかっていたのですか? そもそも私が普通ではないことも……」
「多少は髭も伸びたが、ワシから見ればヌシもまだ小童よ。星の導きを読み解き、この場に案内したかいがあったわい。恐ろしく巧妙なことよ。何十年もの雌伏の時を経て、我らエルフの国そのものを手中に収めようとした悪意がおる。気づいた時には術中であった。隠居の身を戦場に持ってきたはよいものの、スーイは誑かされておるし、貴族共は骨抜きときておる。先の英雄たちが今のエルフを見たら嘆き悲しむことよ」
「……未熟さを恥じるばかりだ。感謝する冒険者殿。そしてイワクラ家の使者よ。よくぞ彼等を連れてきて来てくれた」
「……私も、将軍の異常に気づけなかった。【水晶の書庫】を持つ者として義務を果たせなかった」
ナルミは不機嫌そうだし、スーイ将軍に頭を下げられても、こちらとしては口に干し肉を突っ込むという無礼を働いているので反応に困るな。だが、これで話がしやすくなった。
「将軍の知っていることを教えてもらってもいいですか? 別種族に関する悪感情は昔から刷り込みがあったとしても、宙野とのやり取りは最近のはずです」
「……それが、記憶が曖昧なのだ。数か月前に白星教の使者を名乗る女が、屋敷を訪れたことは覚えておる。その時に、勇者を連れてこの場を訪れると言われた【聖女】【勇者】を手中に収めれば、望みは思いのままだと……甘い、甘い香りを覚えておる。清貧を貴ぶ我らエルフが欲に溺れるとは……そこからの記憶はあるが、疑いもせずにあの女の筋書きを信じて動いていた。すなわち、勇者と協力して砦を奪還するということだ」
「うーん。やっかいだね。エルフの文化としての他種族のへの悪感情に加えて、要職への個別の洗脳をしていているっぽい。表立った敵がまだ見えてこないよ。あの砦での儀式は絶対に成功させたいんだね。将軍質問してもいいですか?」
「なんでも聞いてくれ、聖女殿」
叶さんが手を挙げる。将軍が促すと、顎に手を当てて叶さんは質問を口にした。
「今の将軍なら『結晶竜』がいる砦を落とせますか?」
「そうだ。シンヤ達の力を借りて正面から行けばいい」
叶さんの問に対してナルミも同調するが、将軍は水煙草を吸い、深く吐いた。
「無理だ。『結晶竜』は規格外の化け物だと言える。そして今や鉱山砦はまさしく鉄壁、洗脳されていたとは言え、私の策自体に間違いはない。下手に攻めれば砦のリザードマン達にやられるのはこちら側よ。様子を見るしかなかったのだ。その包囲も破綻しかけたがな」
「フムフム……右翼の弱点をリザードマンへ知らせたのも将軍ですか?」
「いや、私ではない」
「じゃあ、他に要職についているもので洗脳されているか、裏切者がいるべな。ギルドのこともあるし、どこもかしこも信用できねぇべ」
「やはり、私達は独自で動くべきでは?」
ファスがこちらを見るが、ナルミが首を振った。
「ダメだ。早期に決着をつけるには、軍の力がいる。しかし、軍がこの状態ではまともに機能するかどうか……」
部屋を沈黙が支配する。めっちゃ面倒な盤面だよな。敵はよっぽど性格の悪い奴に違いない。
それこそ陰湿な蛇のような……。なんかさっきから頭の中がごちゃごちゃするな。干し肉を将軍の口に突っ込んだ時もそうだけど、まるで無意識下で何かが訴えてくるようだ。
「ヒルゼン老。策はあるか?」
スーイ将軍がまだ干し肉を食べていたヒルゼン老人に向き直る。
「今の将軍になら、伝えても良いじゃろう。イワクラのお転婆娘、姫のことを話せ」
「なっ!? ヒルゼン老。それは王族との秘密です」
「アホウ、今、軍の力が必要ならば時間がないこともスーイが知らねばならんじゃろう。お主もまた、立場に囚われておる。」
「グムッ……わかった」
ヒルゼン老人は砦に残されていた、姫様のことや儀式のことを知っているような口ぶりだ。
一体この人何者なんだ? 不思議そうに見ていると目が合ってしまう。
「ホッホ、ワシはかつては冒険者をしていた者よ。言わばヌシ等の先輩よの。先の転移者達ともある時は敵対し、ある時は肩を並べたものじゃ。ジョブは【占い師】、星の流れを読み解き、不確かな定めを告げることができる。冒険者時代の癖での時折魔物の肉を食べていたせいか、悪意の影響が少なかったようじゃ」
嬉しそうに僕等をみる老人は、昔を思い出しているのか楽し気にそれでいていらずら好きの子供のような笑みを浮かべた。横では【水晶の書庫】を使い、ナルミがイワクラ家が知る現状をスーイ将軍に伝えたようだ。
「なるほど、貴族に知られれば確かに、功を焦ったものが溢れるだろう。隠したのは賢明だ。しかし、時間が無いことは悪い知らせだ」
「ワシに策がある。幸い、悪意に抵抗できうる【力】がこの場にある。女神の力を持つ【聖女】、精霊の眼に【竜の慈愛】、そして心を強く持ち悪意を退ける【料理】。この三つの力を存分に使い、まずは軍全体に掛けられている悪意の影響を脱する。その間に別戦力が砦の背後を取る準備をする。背後からの奇襲を成功させれば、砦は大いに混乱するであろう、その時を待って全軍で砦叩くのじゃ」
地図が置かれた机をヒルゼン老人がしわがれた指でなぞる。簡潔だが、効果がありそうな作戦だ。でも疑問がある。
「そもそも、どうして砦の背後だけ包囲できてないんですか?」
正面、右翼、左翼と展開しているのに、地図とそこに置かれた駒を見る限り、背後には軍はいないようだ。スーイ将軍がため息をつく。
「砦の背後は、最初に『結晶竜』が攻撃をした場所で、今は結晶化が進み剣山の様になっている。砦から出たリザードマン達の群れが点在しまともに陣をしける状態ではない。斥候を行かせてたが、砦の背後は完全に結晶化がすすみナイフで傷一つつけることができず、登ることもできない。侵入すらできないのだ」
「砦を管理しておった、モーグ・コボルト族がいるであろう。彼等ならば協力できるのではないかの?」
「彼らはすでに、リザードマン達に殺されている。仮に生き残っていたとしても、脆弱な種族だ。役には立たないでしょう。そもそも、魔物とコミュニケーションを取る方法が無い。変わり者の姫様は仲が良かったらしいが……」
「フム、ワシの策はこれまでよ。後はヌシ等がどうするかじゃの?」
ヒルゼン老人がこちらを見つめてくる。今の話を聞いて思ったことは……。
「フクちゃんなら、コボルト族とコミュニケーションがとれるんじゃないか?」
(タブン、デキル)
頼もしい返事が返ってきた。
「なら、ヒルゼンさんの策で行こう。ファス、トア、叶さんで、軍に掛かっている悪意の影響を解き。僕とフクちゃんで砦の背後を攻略する。後はタイミングを合わせて砦を攻撃し、エルフの姫を攻略だ」
「嫌です」
「へっ?」
ファスがプイッと顔を逸らす。
「別行動は嫌です。私はご主人様と離れたくありません、洗脳を解くならトアと叶だけで十分です」
「えぇ、いや、ファス。いろんな意味でファスはこっち側じゃないか?」
「また、私を翠眼だからといって、祀り上げるつもりでしょう。嫌です。私はご主人様と一緒にいます。エルフは嫌いですっ!」
ファスさんが完全に拗ねてしまっている。こうまで駄々をこねるファスは初めてだ。余程最近の対応が不服だったのだろう。困ってしまってトアを見ると、心得たと言わんばかりに頷きファスのとんがり耳に口を寄せた。
「なんですかトア? 私はご主人様と一緒に行きますからね!」
「まぁ、聞くだファス……ごにょごにょ……そんで…旦那様を……ゴニョゴニョ……」
「えっ確かにそれは……ううん、魅力的な提案ですが」
「少し我慢すれば、もしかしたら……なんてことも……」
「グッ、わ、わかりました。でも何かあればすぐにご主人様の所に行きますからね」
「うんうん。流石群れの一番だべ」
なんか話がついたようだ。……嫌な予感がするけど。ファスが納得してくれるならいいか。
「敵はファス達を一番に狙うだろうから、気を付けてくれ」
「ご主人様も気を付けてください。すぐに会いに行きますからね」
少し前なら、ファス達を置いていくのは怖かったけど、今はお互いを信頼できる。
きっとファス達なら大丈夫だ。……むしろ僕の方が危ないんじゃないか?
「では、細かな準備をしようぞ。しばし待つのじゃ」
というわけで、ヒルゼン老人に地図とか準備を整えてもらい、僕とフクちゃんだけで砦の背後へと向かうことになったのだ。
真也君への巨大神輿がセットされました。
次回予告:エルフメイド!?
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