第二百四十二話:想定外の理由
二人の少女の姿にスーイ将軍は息をのみ、ヒルゼンさんは目を細めた。護衛のエルフも目を見開いている。
「……翠眼のエルフに白星教の聖女、到底信じられん」
「ホッホッホ、長生きはするもんじゃ。戦姿の翠眼を見れるとはの」
うんうん、これは眼福もんだ。二人に慣れている僕ですら、完全に見惚れているのだから、初見の人はこうなるよなぁ。
戦姿らしく、丈夫そうな厚手の生地の貫頭着の上に鎧をまとう衣装のファス。雪白のローブを纏い装飾された杖を持つ叶さん。当たり前だけどファスはエルフの衣装が似合うし、叶さんも違和感なく衣装を着こなしている。
一人で頷いていると、ナルミが僕を前に押し出してくる。
……えっ、ちょ、待って。この状況で前に出さないで。目線で訴えるが、ファスと叶さんが僕の後ろに移動してしまう。こうなればなんか僕に注目が集まる。
「二人が所属するパーティーのリーダーがシンヤだ」
周囲がざわつく。まぁ、気持ちはわかる。その中でもスーイ将軍の反応は顕著だった。
僕なんていないかのように後ろの二人を見つめ、水煙草の管を置く。
「いくつか質問がある。ヒルゼン老以外は下がれ」
護衛のエルフが出て行ったのを確認すると、スーイ将軍は立ち上がり僕の前に立った。
というより、二人と話したい将軍の間に僕が立っている感じだな。
「ファスと言ったな。貴殿はエルフの王族の血筋か?」
ファスは一礼をして凛と背筋を伸ばした。
「私は孤児です。自分の生まれを知りません」
「だからと言って冒険者だと……何と哀れな、人族共に誑かされ、翠眼の価値を理解できておらんのか……貴殿はエルフの宝である。そして聖女殿」
「何でしょう?」
猫かぶりモードの叶さんが微笑を浮かべてながら返答する。
「召喚されたと聞いていたが、こうして会えたことは光栄だ。女神の導きに感謝しよう」
「「「……」」」
叶さんが笑顔のまま固まり、僕はファス、トアと目線を合わせる。これってもしかして……。
「スーイは白星教を信仰しておるからな。まぁ別に禁じられておるわけではないし、側近は知っておる」
えぇ……エルフとしていいのだろうか? ナルミを見ると、眉間に皺を寄せている。驚いていないあたり知っていたのか?
「……話を進めるが、あくまで主力はシンヤだ。エルフに足りない前衛の働きを存分にこなしてくれる。そこに『氷華』と『聖女』が援護すれば、砦までの道を開くことができる。冒険者が合流するタイミングですぐに動きたい。結晶竜を砦から引きずり出す!」
「確かに、ファス殿がいれば兵の士気は高まろう。だが、冒険者との協力はあくまで貴族主体で指示に従ってもらう。そこの冒険者も多少はできるようだが『結晶竜』相手では力不足だ」
「今、多少といいましたか? 私の……私達のリーダーに『多少』と」
這い寄る恐怖が場を支配する。
「真也がいなければ、右翼は崩壊し、砦の包囲は溶けていました。それがわからないわけでは無いでしょう?」
慈雨のような優し気な声が染み込んでいく。
なんだろうこれ、街での扇動の時もそうだったけど、この二人の対人能力ってめちゃくちゃに凶悪じゃない? 物語なら敵側の能力だよな。特に口をはさむこともないので【念話】でフクちゃんとしりとりでもしようか。
「……今は冒険者ギルドとの連携の話をしている」
二人の追い打ちにタジタジだな。実際ファスは怖いし、叶さんは有無を言わさない雰囲気がある。
ナルミも意外と交渉上手だし、これは上手く行きそうだ。実際こういう交渉事で見た目とか流れとか大事だよな。
(つまんなーい)
退屈そうなフクちゃんの【念話】が頭に響く。ナルミを始めとする女性陣による説得は続いており、僕等を中心に冒険者達と協力する話にスーイ将軍が首を縦に振ろうと思われた時。
「ホ、また、運命が来よるぞ」
ヒルゼンの言葉に誘われるように入り口から、先程コオルと呼ばれていたエルフが飛び込んできた。
「鳥が報せを持ってまいりました」
受け取ったスーイが紙を広げると、ニンマリと笑みを浮かべる。
「どうやら、そこの冒険者……いや、似非転移者に出番はないな。我らの協力者が、後一か月半ほどで到着する。それまでゆっくりと包囲をしておれば良い」
「遅すぎる。結晶は森を侵食している。変異種のリザードマンが予兆だ。砦がダンジョン化するぞっ」
「ラポーネ国で起きたという、怪事件か……明確な刻限がわかっているわけではない。ヒルゼン老、占いではどうでている」
「フム、わからぬ。地脈の乱れが星々に呼応しておる。運命が濁流となり、流れを読み切れぬ。どうやら、我らは時代の分岐に立っておるようじゃ」
「わからないそうだ。下手に今動かないという選択肢もある。強力な勇者が来るまで包囲してリザードマンの力を削ぐのも策ではないか」
「クッ……」
砦にはエルフの姫が捕まっているという……。貴族側が王族を利用しないために、この事実は伝わっていない。その為に安全策という言い訳を相手に与えているようだ。なおも将軍は続ける。
「『結晶竜』は強敵、下手に打って出れば軍に多大な損害がでかねん。強力な力を探していたのだ。そこの冒険者、いや似非転移者よりも確実な前衛よ。待つものが何かを聞いていたな。……【勇者】ショウタ・ソラノがこちらに向かっているそうだ。無論私の客分だ。転移者とはいえ、人族に助力を乞うのは屈辱だが、何よりも聖地の奪還が優先されるからな」
さっきまで僕が軍と協力するのを止めようとしたくせに、わざとらしい態度だ。
それよりも、気になるのは宙野のことだ。
「不快な名前です」
「鯨さんのこと、私は許してないんだよね。聞いていた話よりも大分早いね」
「裏があるに決まっているだ」
(コロスッ!)
聞きたくない名前だな。というかアイツ
「馬鹿なっ! 次に【風船鯨】が【雲港】へ訪れるまでは、あと3か月はかかる。【飛行船】以外の方法で、どうして一か月でここに来れる!?」
ナルミが声を荒げる。【飛行船】を使わずに移動していたのはナルミも同じだ。
「ナルミと同じ方法じゃないのか?」
「無理だ。理由は今は話せない」
聞いてみるが断言される。じゃあ信用しようじゃないか。ただ、あの雷に焼かれて飛行船にも乗れないのに、治療期間も含めて後、一か月半でここに来れるのか。
……なんかきな臭いな。さっさと将軍を説得して攻め込みたい、というか宙野が来たらさらにグダグダになりそうだ。
「スーイ将軍、宙野はここに来る途中で怪我を負うのを見ました。移動の速さと言い何か裏がありそうです。動くなら早い方がいい」
「そこまでだ。出来損ないの転移者が、女神に選ばれた英雄に対して嫉妬とは見苦しい」
ビキリと空気が凍る。その言葉に思うことが無いわけじゃないけど、この状況はなにかおかしい。
胸騒ぎする。ここでどうにかしないと決定的に失敗してしまうような気がする。
「絹虫の糸のように言葉がでるものだ将軍。随分嬉しそうだな。変異種のリザードマンが現れて本来ならば右翼が壊滅するところだった。そこに勇者が援軍に来る。まるで絵に描いたようだ」
ナルミが探りを入れるが、余裕を取り戻した将軍は鼻で笑う。
「それが勇者というものだろう。【勇者】に【翠眼】と【聖女】……かつて三大竜王を討伐した英雄の再来ではないか。エルフとしても胸を打つ。誇りある戦いとはこういうことを言うのだよ」
ファスがため息をついて僕をちらりと見る。
「私達が勇者と協力することはありえません。協力はできないようです。本当にエルフには……失望させられます」
「そうだね。ゴメンねナルミさん。私達は勝手に動くよ」
「待つだ。決めるのは旦那様だべ」
トアがファスと叶さんを制止する。
「いくらお前達が強くとも、軍の協力がなければ巨大な砦は取り戻せない。そうなれば……交渉を続けさせてくれ」
「交渉など初めから成立はしない。下がれイワクラの使者。右翼を救った戦功は認めてやろう。【翠眼】と【聖女】に本陣へ来てもらい、機を探る。何、【勇者】さえおれば結晶竜を倒すことは容易いだろう」
ナルミがこっちを見る。そんな顔をするなよ。……気合が入るじゃないか。
フクちゃんの糸を使い【念話】起動する。
(皆。胸騒ぎがする。何か、ここで動かないといけない気がするんだ。エルフと協力して動きたい)
(しかし、将軍は白星教を信仰しており、さらに【勇者】と関係があるそうです。私は件の裏切者が将軍だと思っています)
(あ、やっぱりそう思う? 私もそんな気がするんだよね。それか洗脳されているとか? そういえば宙野君って洗脳系のスキルの関係者集めていたし、関係あるかも?)
(だとすれば問題だべ。エルフの軍が役に立たないってことだ。将軍がカルドウスの一派ならば、ダンジョン化までなんだかんだ理由をつけて攻撃を先延ばしにされてしまうだ)
(マスター。どうする?)
確かに、ヒルゼン老人はともかく、スーイ将軍の様子は明らかにおかしい。エルフという種族へのこだわりがあるかと思えば、人族である宙野へ助けを借りることに抵抗は無いみたいで主張がぶれている気がする。
そもそも、宙野はいつからこの国を目指していたんだ? 僕達を追ってここに来るのなら、手回しが良すぎる。
仮に宙野が到着するという、一か月半以内にエルフの姫を生贄に儀式が完成すれば、グランド・マロのように住人が魔物になったり街がダンジョン化するようなことが起きる。そうなれば被害はスタンピードの比じゃない。多くの人達が犠牲になってしまう。
……ファスの故郷かもしれない場所をそんな目に合わせるわけにはいかない。
グルグルと巡る思考の中で、思い出すのはアルタリゴノの街のこと。屋台作戦だ。種族間皆で美味しいご飯と食べる計画を達成できなかったのは残念だったな。
あれ? なんで今それが引っかかった?
そもそも、どうして妨害を受けたんだ? 何十年のもの洗脳が失敗に終わるから?
この砦の戦いの最中にすることか? ギルドでの奇襲がなければ、僕等は街にいて、右翼へのリザードマンの攻撃は成功していたはずだ。今一番大事な場所はここのはずなんだ。この戦場に影響を与えることを僕達はしたのか?
落ち着け、何か、何かを見逃しているはずだ。
僕等がした何かの行動に対して、相手はアクションをせざるを得なかった。
街から僕等を引き離したいことがあった。あるいはもっと別の……。
『エルフ達の反応です。……彼らに対して私の【慈愛】と叶の【女神の祝福】を使って、エルフの食事について訴えを行いました。結果、劇的にエルフ達の反応は変わりました。しかし、積み重なった悪感情がそう簡単に覆るとは思えません。効果がありすぎるのです』
ファスは街で違和感を口にしていた。効果があるのはエルフの姫が攫われて、『結晶竜』が儀式につきっきりだから? サイゾウさんはそう言った。だけど、他に理由があったとしたら?
街から、この戦場に僕らがしたこと……。
『どうですかご主人様。やはりエルフもちゃんと人族と同じものを、美味しく食べられます』
『ん? そういや一昨日。魔力抜きした保存食でも作れないのかってナルミに言われたから、適当に作って渡しただ』
「あっ」
あった、一つだけ。僕らが戦場に働きかけてしまったこと。ナルミに頼られて、魔力が調整された魔物の干し肉を戦場に送っている。
「トア、魔力抜きした干し肉ってあるか?」
「ワフっ? あるだけんど、お腹減っただか?」
「出してくれ今すぐっ!」
「わ、わかっただ」
差し出された干し肉。スーイ将軍は怪訝そうにこちらを見ている。
「それは……肉か、フン、エルフはそんなもの食べぬ――ムグゥ」
一足の踏み込みで、将軍の口に干し肉を突っ込んだ。
そのまま口を押える。
「む、な、むぐぅ」
「旦那様どうしただ」
「シンヤ!? お前等じゃないんだから、肉でエルフは買収できんぞ?」
腹パンも入れながら、飲み込みを促すとゴクンと喉が動く。
もし、これでダメなら全力で逃げよう。
「貴様、一体何を……旨い、肉とはこれほど旨いわけが……ヌ……私は、一体?」
頭を抱えて、混乱するようすのスーイ将軍。洗脳のような状態が解けた反応と見て間違いないだろう。
「……成功しちゃったよ。ハハハハハ」
「ど、どういうことだべ!?」
振り返ってトアを見る。いつだったか砂漠で彼女が口にした言葉がある。
『旨いメシってのは体を作って生きていくためのもんだべ。味は心を、栄養は体を豊かにしてくれるもんだ』
街の人達の反応について効果がありすぎると言った現象には理由があった。ファスの【慈愛】に叶の【女神の祝福】それだけではなかった。トアの料理そのものがエルフ達の洗脳を解いていた。そりゃあ、敵も焦るわ。
転移者の能力で通常ではありえないほどに高レベルとなっている、ただの【料理人】。その力はもしかしたら【聖女】や【翠眼のエルフ】よりも、敵にとって想定外なんじゃないか?
MMOあるある『生産職は高レベルで化ける』
文字数が多くなりましたが、この話は切りたくなかったのでそのまま投稿します。
読みづらかったらごめんなさい。
ブックマーク&評価ありがとうございます。更新頑張ります。
感想&ご指摘いつも助かっています。燃料になります。いただければ作者がよろこびます。






