第二百三十九話:戦場の料理人
「うにゃあああああああああ!?」
「いぃいいいいいいいいいい!?」
向かい風! めっちゃ向かい風! 岩のような氷の塊に括り付けられて飛ばされている。
「見えたぞっ!」
薄紫の鱗が鈍く輝いている。森をからはまだまだ、変異種のリザードマンがやってきている。
というか……。全てのリザードマンが変異種だ。
「トアっ、見えるか?」
「み、見えるだ。全員変異種……旦那様でも厳しいべ」
先程の戦いが思い出される……確かに、目算だけで数十頭はいる変異種リザードマンを倒すのは厳しいぞ。
だとしても、僕にできることは限られている。前衛とはいるだけで意味があるのだ。異世界へ来てから身に着けた生き汚さなら、誰にも負けない。
それに、ファスがペアを譲ったのは戦況がそうさせただけじゃない。トアが信頼できるメンバーだからだ。
「僕はやるぞ。トア、フォローは任せていいか?」
具体的な解決策はわからない、ただ思いっきり戦う。
だから、トアもできることをして欲しい。というか、してもらわないと僕が死ぬ。
だけど不思議と怖くない、僕は死にたくはない、恐怖もある。だけど仲間がいるなら前へ出ることができる。
視線の交錯、トアは大き頷いた。
「任せるだっ! オラが何とかするだっ。旦那様は体力を温存しながら、戦線を作って欲しいだ」
「体力を温存しながらだな。わかったっ!」
そして、氷弾が地面に激突するともに、兵に襲い掛かっていた変異種リザードマンに足払い。
差し出された顎に左フック。昏倒したリザードマンの上に立ち、あらん限りの声を挙げた。
「ギース・グラヴォが弟子。吉井 真也、推して参る!」
森の木々に反響するような声と【威圧】。向けられる殺意に槍先、足を止めた瞬間に串刺しだ。
【空渡り】も交えながら、走り抜ける。今から、僕がいる場所こそが前線だ。
着地をした後は回避を優先し、すり足の運足である【流歩】でリザードマンの群れの中を進む。
「シィイイイイイイイイイ」
呼吸を止めることなく、鱗で守られてない膝裏、脇腹に【手刀】を差し込んで、走り抜ける。
倒す必要は無い、トアを信じて走り続けろ!
無数の槍を捌きながら、血みどろになって走り続ける。
……数十分か数分か、わからない。時間の感覚が無い。
ただ、槍を避けながら切り続ける。噛みついて来たなら、殴り飛ばす。跳ねる、逸らす、躱す。
組みついて来たなら、投げ落とす。ダメージは与えているが倒し切れない、下がりたい、下がれない。【呪拳:鈍麻】【沈黙】【浸潤】と呪いを纏ってはいるが、一体を倒し切る前に別の奴が襲ってくるので、倒すペースが遅い。というか多分結晶の鱗のせいで【呪い】そのものの効果が薄い印象だ。
【威圧】を保ちながら、リザードマン達を防御し続ける。後ろに抜けた敵はいない、手刀は傷だらけ、背後からの槍を躱し切れず何か所も切られている。それでも、下がらない。
空での特訓がなければ、ここまで防御をすることはできなかった。ファスとフクちゃんに感謝しかない。
「ゼェ……ゼェ…」
呼吸が浅い、息継ぎができない。何体かは倒せたはずだが、敵の攻撃は止むことなく降り注ぐ。
体力の消費が激しい【四方無尽投げ】や隙の大きい【ハラワタ打ち】は使えない。
何か、何か方法は無いのか。
不意に後ろから熱を感じた。魔力の波動、火炎弾がリザードマンに降り注ぐ。
それらは、変異種のリザードマンには効果がない。結晶の鱗に弾かれ、霧散している。
どうして、このタイミングで魔術が?
いや、これは……。
「わかったぞ、トアっ!」
頭上の火炎弾を【掴む】、結晶の鱗を躱して、リザードマンの口内へ叩きつける。
「ギィイイイイイイ!!!」
「鱗の無い箇所にピンポイントで当たれば効くよな。【魔術流し】の妙技、披露してやるよ」
何千、何万とファスの魔術を【掴み】逸らしてきた。もはや見ずとも、魔力を感じ取れるようになった。右の炎弾を手刀に合わせ、右手で岩石を掴む。ラッチモ戦では発動前の魔術を逸らすので精一杯だったが、今なら発動後の魔術を逸らすことも、意のままだ。
「考えてみりゃ、エルフとの連携は得意中の得意なんだよなっ!」
魔術への耐性があるのがお前等だけだと思うなよ。
こちとらっ翠眼のエルフ様に死ぬほど鍛えられてんだよっ!
「氷の杭を上下左右から撃たれことはあるか?」
飛んでくる木の槍を掴み、リザードマンの手の甲へ刺す。
「糸で縛られながら、氷塊に押しつぶされそうになったことはあるか?」
発動前の風の魔術を掴み、自身を加速させて跳び蹴りをかます。
「溺れながら、水でできた化け物と戦ったことはあるかぁ! あれ本当に死ぬかと思ったんだぞっ!」
ひと際激しく降る炎弾を【掴み】ながら、細く絞り、相手の眼や耳、関節にぶつける。
あれ、なんだろ? 今までのことを思いだすと目から汗が止まらないや。
【魔術流し】による連携で、一気に数頭のリザードマンを倒せた。と思ったら、降ってくる魔術の位置がちょっとずれ始める。当然、魔術のみでは効果は薄く、水晶の槍や鱗に当たり霧散している。
(旦那様、聞こえるだか? 念話する余裕があれば返事するだよ)
(聞こえる。おかげでちょっと余裕ができた。【魔術流し】のことよく考えついたな)
先程は戦闘に意識を集中していたから、難しかったが、今なら簡潔に会話するくらいは意識を割けれる。
(いつも見ているから当たり前だべ。っと簡潔に説明するだ。旦那様が粘ってくれたおかげで、エルフ達が下がれて、迎撃態勢が整っただ。今から群れの弱点に魔術を狙わせるから、それを目印にするだ)
(わかった。魔術が降る場所に行って、戦えばいいんだな)
(頼んだべ)
念話が切れる。まずは、左方向だな。
目印代わりに降ってくる魔術の下に潜り込み、魔術を【掴み】ながら、リザードマン達を倒していく。ちょっと戦ったら、すぐに別の場所に指示が来る。
「おっと、遠いぞ。大丈夫か?」
【空渡り】による移動を挟みながら、呪拳によるデバフを撒きつつ。移動して戦う。
そんなことを数回繰り返すうちに違和感に気づく。
「嘘だろ……全然戦いやすいぞ」
闇雲に敵を相手して、後ろに行く敵を追っていた時と比べものにならないほどに戦いやすい。
【ハラワタ打ち】を使う隙もあるほどだ。トアの指示が的確なのだ。僕が囲まれないように、敵が後ろに抜けないように指示を出していてくれる。
リザードマンが抜けようとしても、エルフ達が足止めをするので、倒せないまでも僕が間に合う。
【威圧】や【呪拳】の効果を発揮できるように、敵を誘導し僕の正面に合わせてくれているのもわかる。多分、他にも気づかないほど色々なことをしていると思う。だから数十の群れを僕一人で余裕をもって止められているのだ。走り続けてはいるが、乱れた呼吸は整い。傷も回復ができている。
あれ? トアさん……天才じゃね?
※※※※※
真也がリザードマン達を引き付けていた時、トアは後退するエルフ達を観察し、この現場の隊長を見つけ話しかけていた。
「獣人ごときが――」
「黙るべ。オラ達はイワクラ家の依頼を受けた冒険者だべ。そしてあれを見るだ」
トアが手斧で刺した方向では、砂糖に群がる蟻のように一か所へリザードマン達が集まっている。
その中で、凄まじい速度でリザードマン達の間をすり抜けていく人影がかすかに確認できた。
「あれは、まさか、変異種を引き付けているのか。無謀だ! 一体何人で……」
「一人だべ。あそこにいるのはオラの主で、特別A級冒険者のシンヤ ヨシイ様だ。あの方は超一流の前衛だべ。それでも、ずっとは持たねぇだ。だけんども後衛の手助けさえあれば、群れを撃退できるだ」
「……しかし、我らは冒険者の戦い方も、貴殿の主の能力もわからん」
「手柄はアンタが好きに受け取ればいいだ。そのかわり、今すぐオラに動けるエルフ達に指示を出させて欲しいだ」
「了解した。責任は私が取る。おい、聞いていたな! 距離をとりながら準備をしろ。……任せたぞ、獣人の軍師殿」
騎乗蜥蜴の上に立ち、戦場を見据えつつトアは首を振った。
「オラは料理人だべ。まずは、あの中央の塊に、遠距離の魔術を降らせるだ」
その指示に周囲のエルフは困惑し、隊長エルフが口を開く。
「あそこには、貴殿の主がいるのでは?……変異種に効果が薄い遠距離魔術をうてば、その者だけが、死ぬぞ」
「問題ないべ。旦那様は変異種のリザードマンよりも魔術への耐性が高いだっ! 百発や二百発ではダメージなんて受けねぇだ」
それはもう、冒険者とかではなく、ただの化け物なのでは……。
しかし、従うと言った以上疑問を飲み込み、エルフ達は数人がかりで魔術の詠唱を行い、遠距離魔術を打ち続けた。
そして隊長は見た。
おぞましい速度で走り回りながら、戦い続ける人族を。
交代しながらトアの指示通りに魔術を放つうちに、屍となるリザードマン達が目立ち始め、避難したエルフ達も振り返りその光景をみることができた。
剣の一つも持たず、素手で降り注ぐ魔術を纏い、戦う人族のその姿。
たった一体の変異種も逃さず、自分たちを蹂躙した槍の前に己を晒し戦う。その姿は彼らの信仰の対象である荒ぶる精霊の姿に重なる。
リザードマンの屍がまるで線のように繋がっていき、最後のリザードマンが倒れた時。
屍で作られたその線を前に、血だらけの拳を掲げ、猛々しく吠えるその人族にエルフは畏怖し、膝をつき祈りを捧げた。
後にエルフ達の間で伝説となる【死線】と呼ばれた英雄が誕生した瞬間であった。
真也君はテンション上がって叫んだだけですが、エルフ視点ではもはや恐怖だったと思います。
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