第二百三十七話:信じられぬ伝令
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国宝が眠るという鉱山砦、その場所を拠点にして侵略域を広げようとするリザードマンと、名を上げようとするエルフの貴族達の軍は膠着状態にあった。
一時は『結晶竜』を先頭に進軍したリザードマン達に本隊を一網打尽にされかけたが、イグラを始めとする冒険者達の力によって砦までリザードマン達を押し返すことに成功していた。
しかし、それは貴族達の面目が丸潰れとなったことを意味していた。ニグナウーズ国において、戦力とは【魔術士】と【狩人】のようなエルフがつくジョブを意味する。実践性を重視する冒険者とは違い、エルフの貴族にとっては、劣等である獣人や巨人族の前衛が敵の足を止め、種として優れるエルフの魔術や弓矢が敵を打つ。それが、『エルフらしい』戦いであり、それ以外は邪道と考えてきた。
それが国宝を取り戻す聖戦においては、絶対の自信を持っていたエルフの魔術がまったく通用せず、弓矢も大きな効果を成さない。唯一効果があったのが森やダンジョンの魔物を相手に戦ってきた冒険者達、その中でも一際屈強な巨人族や獣人の接近戦であった。
名誉を求め、『結晶竜』との戦いにこだわっていた貴族達を囮に、周囲のリザードマンを集中して狩りとるという冒険者達の戦術は戦果を挙げ、結果リザードマンの群れを大きく後退させた。その結果、名誉の戦いを汚したと貴族達により冒険者達は一時戦場から下げられたのだ。
「ええいっ! まだ、攻め込まんのか。冒険者の応援なんぞ受け入れられるか、巨人族なぞ、現地で雇えば十分だろう!」
展開された右翼の軍の野営地、その中でも一際豪奢なテントから大声が響く。
花油で整えた金髪に水色の瞳、エルフの中でもかなりの美形であることは間違いがないだろう。
ただし、その振る舞いは駄々をこねる子供の様であった。
「落ちついてくださいフルワ様。我々が抱えている巨人族や獣人はあくまで、壁としての運用しかしてきませんでした。その為、冒険者達のように主力になりうる兵ではないのです。雇い直した冒険者は誰が雇ったかわかるようになっているはずです。そうなれば冒険者の戦果を正しく我々が主張できます」
「黙れ、貴様らが戦力にならんから、このような恥をさらさねばならん。王家へ偽りの戦果を報告するのも限界があるのだぞ。この聖戦をなんだと思っている。エルフの名誉がかかっているのだぞっ! ええい、貴様の指揮が悪いのだコオル、このミカベ家の嫡男、フルワ・ミカベが指揮を取ればこのようなことにはなっておらんのだ。兎に角、魔術を打ち込めばリザードマンなぞ敵ではないのだ。私の炎の魔術なら結晶の生えた蜥蜴なんぞに遅れはとらん」
聖戦と銘打たれた戦いで、栄誉を得ようと普段は森に引きこもっている貴族たちが現場に来てしまっていることが、この戦場が停滞している要因なのだが、それを指摘できるものがいるわけがなく、部下達が必死で宥めている。それでも癇癪は収まらず、フルワは部屋に飾られた酒瓶を投げては怒鳴っていた。
現場のことをわからぬ上司に、頭を痛めながらどのように説得しようかと、指揮を務めるコオルと呼ばれるエルフがため息をついた時だった。
「急報、急報、リザードマンの群れが隊の側面より、奇襲を仕掛けてきました!」
伝令が駆け込んでくる。しかし、コオルは焦らずに指示を出した。
「ただのリザードマンならば、魔術と弓矢で対応できるだろう。いつも通り追い払え、深追いはしないように徹底しろ」
「いえ、追い払うどころか、陣に食い込まれているようです」
「馬鹿な!『結晶竜』か?」
「いえ、リザードマンの群れです。しかし、群れの中に結晶の鱗が生えた個体が存在しているという報告が、魔術が通用しない変異種です」
「なんだとっ」
テントを飛び出るコオル、高台に設営されたテントからは、遠方で激しく魔術が放たれている様子が辛うじて見える。
「巨人族と獣人を集めろ、弓矢は貫くことは諦め、【重打】を中心に一体ずつ撃破するのだ。本陣や遊撃に配置している兵にも応援を仰げ、あれは……フルワ様っ!」
指示を出している最中にテントの後ろから飛び出したのは、白く、華美な鞍をつけられた蜥蜴に乗ったフルワだった。
「コオルっ。この俺が、リザードマン共を一掃してくるっ」
「お待ちくださいっ! ええい、連れ戻せ!」
コオルの指示もむなしく、特別に調教された巨大蜥蜴は連れを置き去りに、戦場を駆けていく。
遠くに見えた戦闘場所まで、あっと言う間にフルワは辿りつくことができた……ただし、そこはすでに敗色の濃い状態であった。
駆り出された獣人は串刺しにされ、魔術の集中砲火を受け、ダメージを負いながらもリザードマン達は怯むことなく向かってくる。この光景を見てもフルワは不敵に笑みを浮かべている。
「フハハハ、この俺が手本を見せてやるわ【魔炎弾】」
フルワが放った炎弾は確かに、他の魔術師達よりも少し大きかったかもしれない。
結晶の鱗を纏うリザードマンに効くわけもないのだが。
「「「ギィイイイイイイイイイイ」」」
結晶の鱗を持たない通常種リザードマンが倒れるも、炎弾の中から変異種のリザードマン達が飛び出て、忌々し気にフルワを睨みつけた時、初めてフルワの笑みが凍った。
「なっ、確かに、普通のリザードマンとは少し違う奴がいるようだ。だがこれで終わりだ【魔炎連弾】っ」
「「「ギィイイイイイイイ!」」」
複数の炎弾が、リザードマン達に命中するが、倒れることなく鱗と同じ薄紫色の結晶を穂先に付けた槍を構え鳴き声を上げる。
「う、バカな、おい、何している。さっさと魔術を……」
フルワが応援を求めた先の魔術師は、すでに投げ槍に貫かれこと切れていた。
「に、逃げるぞ、どうした。なぜ動かん!?」
手綱を引くも、微動だにしない蜥蜴。下を見ると、乗っていた蜥蜴の眼球から脳まで貫通するように槍が刺さっていた。
「ヒッ……ウワァアアアアアアアアアアアアアアアア」
口から洩れたのは、言葉にならない悲鳴。しかし、その悲鳴はフルワだけでなく、至る場所で起きていた。
場所は変わり、高台に設置された右翼の拠点。
コオルは、次々に届く敗北の知らせに絶望していた。軍を下げようにも、奇襲されたいくつかの場所は補給のための要所であり、完全に食いつかれてしまった。敵の数は少なくとも、その場所を食い破られれれば、大きな損害となる。精鋭を急所にぶつけられた。知能の低いはずの魔物の群れとは思えない手際。奇襲場所に後手で応援を送るのが精一杯だった。軍にはフルワ以外の貴族もおり、そのエルフが勝手に動くせいで、指揮系統が混乱していることもこの事態を悪化させていた。
「補給が滞り砦の包囲が崩れれば、再びリザードマンを押し返すことはできなくなる。なんとしても止めるのだ」
「しかし、魔術が効果が薄い相手にどうやって戦えばよいのか。投入した冒険者も苦戦しています」
それでも、なんとか戦えている。数はこちらが上のようだ、応援を配置しながらならばなんとかなりそうだと、コオルが安堵したのもつかの間、新たに伝令が飛び込んできた。
「報告、軍側面に数十体の群れを確認、全て、全てが、変異種のリザードマンですっ!」
「……は?」
思考が止まる。理解が追い付かない。
いやいや、ちょっと待て、要所への攻撃は囮?
「予備部隊は……残っているか?」
「……」
震える声でコオルが部下に問いかけ、部下は沈黙を持ってそれに答えた。
虎の子の予備部隊を釣りだされた。
「退却だ! 土魔術を使える者を集めて時間を稼げ、被害を最小限にして、戦列を整える」
それができる状態でないことはコオルが一番わかっていた。
奇襲を受けた時点で、混戦となっており敵を振りほどいて後退するのは難しい。
距離を詰められた時点で、遠距離のスキルが中心のエルフは脆い。
しかも、魔術が効きづらい相手ときている。コオルを始め指揮を出していたエルフ達は、拠点からは直接見ることのできない側面の戦場から訪れるであろう被害報告を待った。
「報告、報告――」
伝令が訪れた時、コルワは精霊に祈れずにはいられなかった。
しかし、伝令の言葉は予想とは違ったものであった。
「側面の変異種のリザードマンは掃討されました」
「なんだとっ、一体何がっ!?」
「報告、補給場所の奇襲を退けています」
「本当かっ? 一体何が起きている」
次々に上がってくる好転の知らせ、側面から奇襲場所さらに他の場所へと、地図に印が描かれていく。そしてそれは、一本の線となり、伝令の兵達は信じられないことを次々に口にする。
『変異種すらも焼き尽くす、黒い火炎を吐く美しい女エルフがいた』
『光り輝く女神が兵を癒している』
『白く幼い子供が笑いながら戦場を走っていた』
全てが信じられない、気が狂ってしまったとしか思えないようなものばかり、その中でも最も多くの兵が繰り返し伝えた言葉をコオルは信じることができずにいた。
曰く『氷弾とともに降ってきた黒髪の人族が、素手でリザードマンを殺して回っている』と。
字面が酷い、というわけで右翼の指揮官視点でした。
次回:死線と呼ばれた男。
久々に主人公らしくできるのか!?
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