第二百三十三話:飛んで火にいるなんとやら
エルフの王族が魔物に囚われている。しかも、カルドウス復活の儀式に利用される為だという。
「マジでヤバイ状態じゃないですか。貴族の戦功争いなんてしている場合じゃない。ギルドも国も力を合わせるべきではないですか?」
冒険者の取り合いなんてして、戦力を分散している余裕なんてないだろう。
思わず、語気を強めてしまった僕をナルミが諫める。
「落ちつけシンヤ。それができるならとうにしている。しかし、そう単純なことじゃないんだ。……王家は姫が攫われたことを隠す必要があった。エルフの国は直系の王族のほとんどが病弱で、若くして亡くしている。そのせいで跡継ぎ争いが熾烈なんだ。国中が玉座を狙う野心を持つ者で溢れている。そんな状況で国宝だけでなく、姫様まで救う貴族が出れば王家に対して何をするかわからない。だからこそ、慎重にことを進める必要があったんだ」
説明されてもよくわからない。多分ナルミも嚙み砕いて教えてくれているんだろうけどな。
「国の事情はわかりませんが、当初の話通り、ご主人様がイワクラ家の依頼を受ける形で王家が貴族に借りを作らないようにすればよいのですね。私は、屋台の効果がこれほどまでに出たことに疑問を持っただけなのですが、思ったよりややこしいことのようです」
ファスがまとめてくれた。まぁやることが変わらないのであれば、それに向かって頑張るだけだ。
「それと、もう一つ楽観的な情報もある。どうやら『結晶竜』は国宝に掛けられていた封印を解くことができていないらしい。もしかすると、『結晶竜』側も何か不都合があったのかもしれないな」
「その通りじゃ。しかし、逆を言えば封印が解ければ姫様は生贄に捧げられるじゃろう。猶予がないことも事実よ、国の為に動いている者をしっかりと選別し、ヌシ等が出発できる準備をギルドとしても整えていこう。……話は戻るが、この街の住人が受けていた何らかの影響をこれほどまでに短期間で跳ね除けたのはワシ等としても想定外じゃったわい。そもそも屋台による住民の変わり様や、イワクラ家の『水晶の書庫』が無ければ、これほど事態が深刻であったとは気づかなかったかもしれぬ……ギルドマスターとして慚愧に堪えん。いったいどのようにして、これほどまでに大がかりな洗脳を隠し通したのか……」
「……竜の【慈愛】に女神の【加護】だ。想定外に想定外をぶつけているんだよ。それに【野風】の料理と来ている。恐らくだが、この洗脳を施していたカルドウスの協力者も今頃泡食っているんじゃないか? 進んでいた洗脳がこの街だけではあるが、ひっくり返ったんだ。ここは商人達が多く訪れるし、もしかすれば広範囲で森全体の意識が変わるかもしれないからな」
「となると、カルドウスの協力者が気になるね。一体誰なんだろ?」
叶さんが首を捻る。確かに、今回はわかりやすいカルドウスの味方ってのがわからないな。
『結晶竜』の方の騒ぎに乗じているのなら、エルフ側の貴族の中にいるのかもしれない。
全員が無言になると、グゥと誰かのお腹の音が鳴った。
「お腹へったー」
少女姿のフクちゃんが右手を挙げる。
「ウム、これ以上はこの場ではわからんな。隠し事をしてすまんかったシンヤ殿。しかし、これが最後だ。ワシ等の腹の中は全て晒した。お主には『結晶竜』討伐任務に集中してもらいたい」
「そうだな。あと三日ほどで、現地の準備が整うらしいから、それまでしっかりと準備してくれ。まぁ、お前らは屋台をするんだろうけどな」
「準備といっても特にすることもないし、街の残った依頼をこなしながら屋台をするよ」
「だべな。解体職人達も勝手がわかっているようだし、街に魔力抜きや、舌で魔力を感じるのをしない食べ方も進めていくべ」
修行と実益をかねているので、魔物討伐の依頼は積極的に受けるつもりだ。
トアも屋台をやる気だし、何より素材の仕入れを僕とフクちゃんがやるのでお金も儲かる。
「フム、シンヤ達のことが有名になれば、カルドウス派の人間が動き出すのではと期待していたのだがな」
ナルミが冗談めかしてそう言うが、毎度毎度わかりやすい相手がいるわけでもないだろう。
「ハハ、まぁ、それほど上手く行きませんよ。とにかく僕らはいつでも出発できるように、準備だけはしておきます。まぁ、屋台もやりますけど」
「無論だ。すでにイワクラ家は貴族達の反発を抑えている。明日にでも日程が定まるだろう」
「私も洗い物頑張るよ。実は今日、洗い物用の【浄化】スキルを習得したからね」
「……白星教の人が聞いたら、多分泣くんじゃない?」
聖女様は料理スキルを早々に諦め、洗い物に特化し始めたようです。それでいいのか女神。
「実際叶の【浄化】は助かるだ。さて、オラは明日に備えて、仕込みをするだかな」
なんて話しながらその場を後にする。
翌日。上層で本日のメニューである、魔物肉のフランクフルトをサラダと一緒に販売していたら、
物々しい装備の護衛に囲まれた、老齢のエルフがその白い顔を真っ赤に染めて食って掛かってきた。
広場でテーブルに座る人族の商人や冒険者を指さして、怒鳴り上げる。
「いったいこれはどういうことだ! なぜ人族がエルフと同じ場所で食事をしている! 我らエルフの誇るべき文化はどうしたのだっ!」
新技のジャグリングを子供たちに披露していたんだけどな。まぁ、こういう客も初日は結構いたし、対応するか。ファスに対応すると目線で知らせて、男の前へ出る。
「あぁ、その人たちは商品を運びに寄っているだけなので、規律には反していませんよ。それより、美味しい肉詰めはいかがですか?」
「肉だとっ! あんな生臭いもの、冒険者しか食わんわ。貴様も人族か、無礼者っ。ワシを誰だと思っておる。この街を管理しているヤリモリ家の重鎮、ヨルワ・ナミカワだぞ」
なんか、偉い人の部下らしい。こういう手合いはナルミに任せよう。
今日も今日とて、本当に日程の調整してんかと思うほど屋台飯を食べているナルミを呼ぶ。
「ん、なんだシンヤ」
「偉い人らしいぞ、角が立たないように頼む」
「貴様、エルフが人族と慣れ慣れしくするなどと――」
「ヤリモリ家はこの街のことは冒険者、商業ギルドに一任するとしているはずだ。上層へ人族の商人が出入りすることもすでに許可をいただいている。『結晶竜』討伐へ赴いている当主殿へ、【野風】の料理を送ったら大層気に入っていたぞ。送り賃まで払ってくれたほどだ」
……また知らんところで、なんかしていたのか。
念話でトアに聞いてみる。
(かくかくしかじか……ってわけなんだけど、貴族へ贈り物とかしたのか?)
(ん? そういや一昨日。魔力抜きした保存食でも作れないのかってナルミに言われたから、適当に作って渡しただ)
(お偉いさん方に保存食を渡したのか……)
そりゃあ、トアは保存食のクオリティも高いけどさ。というか、そんな早くに送れるのか、ナルミがこの街に来たこともあるけど、やはりエルフには特別な移動手段があるのかもしれない。
「な、聞いていないぞ。まさか『精霊の小道』を使ったのか? 貴様は一体?」
「私はイワクラ家の使者だ、貴様の言動は『水晶の書庫』にて記憶される。下手な言い訳は首を絞めるぞ」
ナルミが首から下げている、水晶の小瓶を指さす。
「なぜ、王族のご意見番が人族などとつるんでいる!?」
「おいシンヤ。私はあと何回この説明をすればいいんだ」
「僕に言われても……」
気怠そうにナルミがため息を吐く。確かに、何度もイワクラ家の依頼を受けた冒険者って説明させているしな。
「ご主人様、もうよいでしょう。これ以上は無駄です」
ファスが横から入ってくる。あっ、その呼び方をこういう手合いの前ですると。
「きっさまぁああああああああああああああああ。エルフに主人と呼ばせるなどと、人族の分際でっ! この場で粛清してくれる。呪いを受けよ、この【カルドウスの瞳】でな!」
「「「えっ?」」」
ヨルワが懐から、意気揚々と取り出したのは蓋つきの懐中時計のような物だった。
蓋が開き、紅い瞳がギョロリと開かれるが……。
「よっと【吸呪】」
短刀取りの要領で奪い取り、呪いを吸い取ると、瞳が干からびたようにひび割れる。
そのまま洗い場にいる叶さんに放り投げた。
「叶さんよろしくっ!」
「えと、うん。新技【星女神の洗浄】」
数多の食器を洗いあげた、叶さんの新技が炸裂する。薄い青色のシャボン玉が飛び上がり、【カルドウスの瞳】に当たり弾けていく。
パキンっと軽い音がして瞳が完全に割れ、カナエさんがキャッチした。
「うん。完全に浄化できたよー」
「ば、バカな。一体何がっ!」
「ちょっと話を聞こうか」
「グェ!?」
そのままヨルワに腹パンして【呪拳:鈍麻】で眠らせる。
周囲の護衛はというと。
「終わりました」
「縛ったよー」
ファスとフクちゃんコンビによって行動不能になっていた。
「……えと、なんかすんなり、カルドウスの手先を捕まえられたんですけど」
「頭が痛くなってきたが……まぁ、ギルドへ行くか」
「エルフはバカばっかりですか」
ファスさんのエルフへの評価が、また下がってしまったようです。
残念。そこにいるのは呪い絶対殺すマン達だ。
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