第二百三十一話:屋台二日目
屋台を使った大宴会の翌日。トアは宴会で使われた料理のレシピを惜しみなく公開した。
解体職人達は新たに食用肉の捌き方を覚え、それまで魔力の濃度にしか興味のなかったアルタリゴノの料理人たちは、調味料とレシピとにらめっこする羽目になる。
それは、新たに魔物の食材という商材が生まれたことを意味したのだった。
『結晶竜』の騒ぎが収まれば、街の新しい名物になるだろう。解体職人達も自分たちの仕事が増えると言って喜んでいた。
流石に芸人としてのふるまいはA級冒険者として、不適切だとサイゾウさんに怒られたけどね。
そして僕達と言ったら……。
「トア、煮込みはまだか? 芋虫は輪切りにしといたぞ」
「もうちょいだべ。キノコサラダの方は準備できているだ。旦那様、魔物の髄を出汁に使うから、この骨を砕いて欲しいだ」
「みんな、ならぶ。横はいり、ダメー」
「【水創成魔法:蜥蜴】よし、料理はこの子達に運ばせましょう」
「暇な解体職人さん達を雇ってよかったね。私達だけじゃ、回せなかったよ。次の洗い物持ってきてー。さぁ浄化するよっ」
というわけで屋台二日目である。ギルドの掲示板にトアがレシピを張っているのだが、魔力抜きの調理はまだ難しいらしく、この屋台でしか食べられないと大盛況だ。もはや屋台の規模ではなく、出張レストランのようだ。
昨日は上層で屋台を出したので、今日は下層で屋台を開いている。あまりに人が多いので、ギルドの職員にも手伝ってもらうことにしたのは正解だ。ちなみに、一応A級冒険者である僕はギルドの職員や他の冒険者に応援を頼むことができるのだ。もちろん、ちゃんと日当は払っている。
こんな頼み方したの僕くらいだと、サイゾウさんは頭を抱えていた。
調理は解体職人さんと『結晶竜』騒動で街で待機している料理のできる冒険者達だ。
ちなみに、ファスは接客、叶さんは洗い物担当、僕とトアは調理をメインにしている。
フクちゃんは自由に動き回っているが、逆にそれが目について宣伝になっているようだ。
昨日の騒ぎが町全体に広まり、宴会芸を披露する時間すらない有り様だ。
今日はエルフの好みであるサラダも出しているので、上層からもエルフが来ている。冒険者が多いが、中には普通の住民もいるようだ。他の種族のご飯を食べることへの抵抗は、確実に減っているのだろう。
「よしっ、食材は使い切ったべ。こっからはオラ達も接客だべ」
トアが調理を終了させ、エプロンを外す。
「わかった。まかせてくれ」
僕も給仕に回ろう。【掴む】と【ふんばり】によって、料理を安全に運ぶことができるからな。
料理を運び続けること一時間。売り切れの看板が立てかけられ、作った料理の全てを捌き終えた。
トアの料理人としての【スキル】で、高速調理しているから可能なやり方であり、元居た世界では絶対に不可能な回し方だった。
「ふぅ、今日の分は終いだべな」
「皆、お疲れ様。あれ? ファスは?」
見渡してもファスがいない。どこいったんだ? と思ったら料理を食べているエルフの冒険者に何か話しているようだ。気になったので近寄ってみる。
「――そうです。このように、意識すれば舌で魔力を感じないようにできます。出先でも食べる物に困ることが減るでしょう」
「なるほどな。確かにそうですね、なぜ今までわざわざ苦労して、食べ物の魔力なんて舌で感じようとしていたのでしょう? ありがとうございます。教えていただいた方法は、仲間にも伝えます」
「是非そうしてください」
……どうやら、エルフ独特の舌で魔力を感じようとする癖そのものを矯正しようとしているようだ。ファスから話を聞いたエルフがすぐに実践できているあたり、本当に思い込みのようなものだったのかもしれない。
こちらに気づいたファスが寄ってくる。
「どうですかご主人様。やはりエルフもちゃんと人族と同じものを、美味しく食べられます」
嬉しそうに報告してきた。そうか、ファスはエルフと人族……つまりファスと僕が美味しいものを共有できるということを証明したかったのか。
「うん、わかってる。これからも旅をして美味しいものを一緒に食べよう」
「はい。サイゾウさんにもこのことを伝えて、街全体で考え方を変えていきましょう」
うんうん、エルフへの評価が下がりっぱなしだったファスも、希望を持ったようだ。
屋台をして良かったな。それに、こうして話していても『人族がエルフと話すな』とか、ご主人様とは何事かとか言う人もいなくなっている。もちろんファスはめちゃくちゃ可愛いので憎しみのこもった視線を向けてくるものもいるが、これくらいは甘んじて受けよう。
後片付けをしようと、屋台へ向かうと今度はトアがいろんな人に囲まれていた。叶さんがすぐに目線を送ってくる。何か厄介ごとのようだ。
そのうちの幾人かのエルフがこちらへ近づいてきた。
「お前が噂の『宴会芸人』か。聞けばA級の冒険者だとか……まぁ、所詮は人族だろうがな。魔術師でもない様子だし、あのデカブツのイグラと同じか。ギルドも見る目が無い」
金髪をかき上げる仕草が絵になるな。
貫頭着を着た若い男性エルフの挑発的な物言いにファスが眉をしかめる。
「何か御用ですか?」
「あぁ、そこの料理人は、聞けばお前の奴隷だと言う。ならば私が買い取ろうと思ってな。獣人奴隷の相場の……そうだな10倍でどうだ?」
「お断りします。いくら積もうとトアを売る気はないです」
「フン、生意気にも交渉をしようというのか。確かに得難い腕をしていることは認めよう。20倍でどうだ?」
「返答は同じです。いくら積まれようが、トアは売りません」
「チッ、私はこの森を管理する貴族にも通じている。いかにA級と言おうとも所詮は人族。この国では振る舞いには気を付けた方が良いぞ」
話にならん。どうやらトアを手に入れたいようだが、論外だ。僕の中ではすでにパーティーメンバーは大事な家族みたいなものだと思っている。僕自身トアをお金で買っているのに勝手だとはわかっているが、それでもトアは大事な人なのだ。これ以上言ってくるようなら、逃げてしまおうか。
「振る舞いだと? 仮にここで脅しに屈してしまっては、それこそA級冒険者としては失格だろう」
それまでどこにいたのか、ナルミが現れた。さては、屋台を手伝いたくなかったから隠れていたな。
「誰だ貴様は? 俺はこの森を管理する貴族のヤリモリ家と関わりのある――」
「私はイワクラ家の使者だ」
ナルミが、懐からウィスプが入っている例の水晶の瓶を取り出して男に見せる。
「イワクラ家……水晶の司書がなぜこんな所に」
「貴様が脅した冒険者は、イワクラ家が正式に依頼をしている冒険者だ。まぁ、仮にイワクラ家のことが無くとも、A級冒険者に対して人前でそのような態度をとってギルドが黙っているとでも?」
ナルミが周囲に目線を向けると、食事の手を止めた下層の冒険者達がこちらを見ている。
「……っ。失礼する」
足早にエルフの男は去っていった。
周囲の冒険者達も、何事もなかったかのように食事を再開している。
「助かったよナルミ」
「貴様があまりにも不甲斐ないからだ。依頼を出しているイワクラ家の沽券にも関わるからな」
「オラは嬉しかっただよ。旦那様」
トアが尻尾を振って寄ってくる。ファスも腕を組んできた。周囲から殺気が向けられる。
おい、さっき高慢なエルフに向けていた殺気よりも強い気がするのは気のせいか。
「はい、私たちはご主人様のものですので」
「旦那様がそういうの好きじゃねぇってわかっているけんど、たまには自分のものだって言われるのも雌としては嬉しいもんだべ」
「うんうん。わかるよ、奴隷って言っても関係性は色々だもんね」
「二人とも、自分達でどうにかできるのにあえて黙っていたな?」
「……ささ、旦那様。屋台を片付けるべ」
「洗い物は終わってるよ」
わざとらしく背を向けるトア、そのシッポはピコピコと楽し気に揺れているのだった。
eric様よりレビューをいただきました。ありがとうございます!!
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これも皆様のおかげです。ありがたや、ありがたや。
これからも頑張って書いていくので、真也君達の冒険をよろしくお願いします。






