第二百三十話:神輿の上で踊るなら
翠眼の瞳を持つエルフ、光を纏う黒髪の聖女。二人が声高々に僕の名前を叫び、人々が呼応していく。
……なんでこんなことに。
思い返されるのは朝のこと。屋台をやろうとトアを叩き起こした後、皆でこれからの予定を確認したはずだ。エルフや巨人たち皆でテーブルを囲えたら、きっと楽しいと皆に伝えたら。
『エルフの態度には思うことがありました。私に任せてください。必ずやエルフの意識を変えて見せましょう』
『うん、私も伊達に聖女をやってなかったからね。布教活動のように、ファスさんと一緒に街の皆に働きかけてみるよ』
と話したはずだ。同じ宿に泊まっているナルミにも声をかけて、僕とフクちゃんは食材を狩りに、トアはギルドで解体の準備、ファスと叶さんは前もって屋台飯を広めるために街へ意気揚々と出たはずだ。
それが、どうして僕を称える話になっているんだ?
「まず、魔力を舌で感じるという食べ方が間違いです。シンヤ様は言われました。美味しくご飯を食べることが一番だと。つまり、エルフも巨人族も食事という行為の前では同じなのです」
ファスが【慈愛】のスキルを発動させ、人々の警戒心を解きながら話を続ける。
多分だけどそういう使い方のスキルじゃないと思う。
「イワクラ家の【水晶の書庫】を確認したけど、今の魔力を感じる食べ方ってほんの二十年前からなんだよっ。それなのに何故か皆、生まれた時からそんな食べ方をしているって思っているの。絶対変だよっ。この事実を突き止めたのも特別A級冒険者の真也様ですっ!」
えっ、そうなの? 叶さんの訴えを聞いて、ナルミを見るとファス達の横で頷いている。
だとしたら、街全体が洗脳のような異常な状態だったのかもしれない。
そして、そんなこと僕はまっっったく気づかなかったし、言っていない。
痴漢の冤罪ってこうしてできるのかな。そんな気分だ。
これ以上は不味いがこの注目の中、割って入るわけにもいかな……。あれ? フクちゃんはどこいった?
「こんちわー」
トテトテと幼女モードのフクちゃんが前に出て行った。
よし、流石フクちゃん。これ以上のファス達の暴走を止めてくれるんだな。
心の中でガッツボーズをしながら、フクちゃんを見守る。今日のフクちゃんの髪型は前髪パッツンのロングヘアーだった。白い髪、白い肌、紅い瞳、裸足で歩く彼女はそこだけ別世界のようで、ファスと叶さんに見惚れていた観衆達が生唾を呑む。
ん? なんでフクちゃん【隠密】を解いて、そんな【魅了】を振り撒いて……。
周囲を見ると人が人を呼ぶように、どんどん人が集まっている。上層の広間はエルフや巨人以外にも、下層にいた獣人の冒険者達まで上がってきているようだ。
ファスと叶さんの間まで進んだフクちゃんが振り向いた。その姿は少女でありながら、生物としてあきらかに人類を越えた雰囲気を纏っている。振り返るという行動だけで、人々はフクちゃんの次の動作を待つことに疑問を挟めない。
フクちゃんは息を吸って、ビシッと人差し指を突き出した。
「マスターが一番エライの、みんな、マスターの言うことを聞くの。これから、マスターが考えた。おいしいごはんをトアが持ってくるから、みんなで食べる。わかった?」
……周囲を再び沈黙が満たす。いや、それは雪崩の前のように感情が動き出す前兆だった。
「「「おぉおおおおおおおおおおおおお」」」
圧倒的オーラを持つ三人の少女による妙ちきりんな訴えにより、わけもわからず叫ぶ人々。
困惑する僕。なんだろう、うちのパーティーってもしかしたら勇者達よりも扇動に向いてない?
目の前に光景に完全に置いていかれていると、後ろの通路からがやがやと音が聞こえた。
振り返ると、十トントラックのような大きさの芋虫で下処理された食材や屋台の道具をトアが運んできる。後ろには解体場の職人や、人間の商人までいるようだ。
「おい、本当に俺たちが上層に来ていいのかよ。ここは森の巨人族とエルフしか立ち入ってはいけないんだぞ」
「ここは日の光が届くんだな……初めて来たよ」
周囲を恐る恐る見渡す商人達が、トアの腕をゆするがトアはまったく気にしていないようだ。
「大丈夫、大丈夫。その為に、ファス達が強めに説得をしているだ。おーい、ちょっと手を貸して欲しいだ」
「トア! 待っていました。さぁ屋台を始めましょう。皆さん手伝ってください」
「洗い物なら任せてよ。料理はできないけどねっ」
「ボクは食べる」
「給仕なら多少は心得があるぞ」
ファス達にナルミまでやる気のようだ。よしっ、いつまでも隠れるわけにはいかないか。
「トア、指示をくれ。設営に下処理、会計でもなんでもするぞ」
前に出ると、後ろでファス達が僕に話しかけてくる。
「あっ、ご主人様。登場はもう少し後でも……」
「真也君。こっちに来てたんだね。トアさんと一緒に来るのかと思っていたよ」
「マスターと一緒にきたのー」
「皆の衆。そいつが発案者だ。特別A級冒険者 シンヤ ヨシイだ」
パーティーの反応とナルミの言葉に観衆の注目が集まる。
「あれが、シンヤ様か。なんか普通だな」
「本当に特別A級冒険者なのか?」
「あんな奴がいたのか? 何ができるんだ?」
ざわざわとさざ波のように、困惑が広まる。ヤバイ、ファス達に比べてあんまりにも普通過ぎる僕に観衆が引いている。
「失礼な。この方が私の大事なご主――ムグッ」
暴走しそうなファスの口を塞ぐ、下層の人も上層に来て折角いい雰囲気なんだ、扇動もいいけどバカ騒ぎの方が気が軽い。
皆と違って、神輿に担がれるには僕はどこまでも力不足だろうけど、道化として踊るのは得意なんだ。
【空渡り】で飛び上がる。すかさずフクちゃんが空中に糸を張ってくれた。
むかし、爺ちゃんと一緒に見に行った歌舞伎を思い出すな。
糸を跳ねてとんぼ返り、横面打ちのように大きく腕を引いて大きく息を吸った。こうなりゃ自棄だぜ。
「知らざぁ、言って聞かせましょう! 人に笑われ牢屋者、風に吹かれて見世物に、誰がいったか【宴会芸人】。砂を噛んでは夜を過ごし、そこにいるエルフのファスに救われた者にございます。姓は吉井、名は真也。土地土地の皆々様にご厄介をかけがちな若造ですが、本日は自慢の料理人が料理を振る舞います。エルフも巨人も獣人も人族も、皆で食べて美味しいご飯でございます。それでは、皆様のお目汚しに一芸でも披露しましょう。っと、ファスっ!」
手を伸ばすと、水流に乗ってファスが飛びついてきた。フクちゃんの糸の上で手を取る。
「むぅ、折角ご主人様を英雄にしようと思いましたのに」
「なんでそんなことを……」
「そうすれば、この街で私がご主人様と言っても問題は無いでしょう?」
ジト目で睨みつけられる。主従を逆転したことがよほど気に入らなかったようだ。
可愛いので、またやろう。
「ハッハッハ、僕はこっちのがいいよ。じゃあ折角だし、久しぶりにやるか」
「お手玉でも、水流渡りでも虹の橋を作ることだってできますよ。何をしますか?」
「全部で」
その後、トアと解体職人達による料理を片手に僕とファスの宴会芸はとても盛り上がり、実はA級冒険者だったりする宴会芸人として街で話題になり、サイゾウさんに呼び出されては怒られるのだった。
お爺ちゃん子の真也君は寅さんと弁天小僧履修済みです。
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