第二百二十九話:想定外なんだけど
怪しげな霧が立ち込める森に轟音が響く。木々を薙ぎ倒しながら、一匹の巨大な熊が雄叫びを上げた。
否、それは悲痛な嘆きだった。
月光のような魔力を纏い戦う【月光熊】と呼ばれるその魔物は、魔力を溜め込み変異した熊の魔物であり、森のならず者として恐れられていたはずだった。
しかし、今はそのならず者は相対する敵を恐れている。
その牙は折られ、毛は逆立ち、敵対者に対し精一杯の威嚇を行うことしかできなかった。
「呪拳【鈍麻】【沈黙】【浸食】」
美しく光る月光熊の光爪とは対照的な、禍々しいオーラを拳に宿した敵対者は、一撃と見まがう数発の連撃を見舞い、月光熊を吹き飛ばした。
※※※※※
「しっ! 結構しぶとかったな。でもこれで食材ゲットできたぞ」
「マスター、終わったー?」
後ろからフクちゃんが、声をかけてくる。
「うん、今終わった……そっちは、まぁ終わってるよな」
「弱くてつまんない」
振り返ると、神々しい角を持つ象と同じ位の鹿の魔物が、糸でグルグル巻きの状態でずるずると引っ張られている。見た目かよわい幼女なだけに『月光熊』と同等の大きさの魔物を引きずる様子はもはやシュールだ。
ほとんど傷が無いから、糸で罠にかけて縛り上げたのだろう。初見で、しかも霧の中でフクちゃんの糸を搔い潜るのは不可能に近い。フクちゃん……恐ろしい子。
熊と合わせると数トンくらいの肉が手に入ったな。
今、僕とフクちゃんはアルタリゴノの街を出て数キロの森に来ている。
屋台を使い、エルフ達とご飯を食べる作戦(作戦名は考え中)の為に、魔力を含んだ食材を入手しに来たのだ。幸い、アルタリゴノ周辺の森で危険な魔物の討伐依頼が出ていたので、朝一で依頼を受注し、森へ潜ることにした。
僕一人だと迷ってしまうし、久しぶりに狩りができると張り切るフクちゃんがお供だったのだが、拍子抜けしてしまうほど、簡単に魔物を狩ることができた。フクちゃんは退屈そうだけど、今日の狙いは食材だからな。
「じゃあ帰るか。トア達が待ってる」
「あいあいさー」
というわけで鹿にもしっかりと【呪拳】を入れつつ、二体の魔物を借りてきた芋虫用の荷車に乗せる。ギルドへ急がないとな。
「か……確認できました。Bランク討伐依頼、『月光熊』と『山槍鹿』の討伐依頼達成を受け付けます。それと、解体場の準備もできています」
「ありがとうございます」
街の検問を通ってギルドへ行き、依頼達成の報告をする。
受付嬢の巨人族のお姉さんが引きつっているが、気のせいだろう。
階段を使って受付するのも自然だけど、面白いもんだな。
「あの? 『結晶竜』討伐のせいで滞っていた依頼を受けていただくのは嬉しいのですが……そこにある魔物達は生け捕りですか? もし、そうだとしたら一体どうやって……」
気のせいじゃないな、冷や汗ダラダラで頬を引きつらせている。
身長が倍以上ある女性に、見下ろされているってのはちょっと怖い。
「僕のスキルと糸で行動を封じています。血抜きに技術が必要なので、生け捕りにする必要があったんです」
「流石A級ですね。イグラさんでも、この二体の生け捕りは難しいと思います。それと、聞いてはいたのですが……やはり食べるのですか? どちらもBクラスの魔物ですし、素材としてギルドの解体に回せば報酬の上乗せもかなりあると思いますが?」
「大丈夫です。うちの料理人なら素材も含め、完璧に解体してくれますから」
「そゆことー」
「わかりました。他の職員に解体場まで案内させます」
「助かります」
荷台を引いて、解体場へ行くとすでにトアが作業着を着てスタンバイをしていた。
解体場を使っている獣人や、巨人族の人たちも興味深そうにこちらを見ている。
「お疲れ様だべ。旦那様、フクちゃん」
「大した事ないよ。僕の提案だしね。森なら、フクちゃんがいれば索敵も困らないしな」
ファスがいれば、もっと簡単に魔物を見つけることができただろうけど、ファスには他の役割がある。同じエルフとして少しでも、街の偏見が薄れるように啓蒙をすることだ、それに関しては最近まで【聖女】としてバリバリ活動していた叶さんが協力して、上層で訴えをすることになった。
うまくいくのかはわからないが、ナルミも一緒だし大丈夫だろう。
「こっからはオラの仕事だべ。幸い、ギルドの解体場の人達も手伝ってくれるらしいべ」
丈夫そうなエプロンを付けた、筋骨隆々の人達がすでに魔物を物色していた。
「フム、最近は鉱山砦のせいで、ギルドの仕事が止まっていたからな。久しぶりの大物だな」
「生け捕りされた【月光熊】も上物だ。毛皮だけで、金貨7枚は固いぞ」
「【山槍鹿】も若いが良い個体だ。角は武器としても優秀な素材になるな」
巨人族の職人達が、楽しそうに魔物を見ている。しかし、今日の主役は彼らではない。解体用のエプロンを身に着けたトアが手を叩いた。
「はいはい、そこまでだべ。食材として使えない部分も丁寧に解体するから、まずは止め刺しだな。旦那様【手刀】を使って欲しいだ」
「解体包丁ならあるぞ」
巨人族のおっちゃんが、包丁というより大剣のような鉈を差し出してくるが、トアは首を振る。
「旦那様の【手刀】の方が鋭いべ。指示をするから、そこの部分を切って欲しいだ」
「わかった」
「がんばれマスター」
まずは『月光熊』だ。トアが指示してくれた場所を【手刀】で切る。
すかさず、トアが槍のような道具を切れ込みの間から突き刺し、ぐるりと捻ると血が噴き出した。血抜きの成功だ。
周囲のおっさん達は拍手して褒めたたえた。身長差のせいで、大人に褒められた子供みたいだ。
「一発か、大したもんだ。【料理人】やらせとくにゃ惜しいな」
「坊主もやるな。スキルだろうが、月光熊の皮を一発で切り裂くなんて、なかなかできねぇぞ」
「ここからは【解体】スキルで、一気にバラすだ。旦那様は休んでるべな」
「鹿の方は切らなくてもいいのか?」
「向こうは、毛が少ない箇所から血抜きするから大丈夫だべ」
そうして、象のような大きさの魔物があっと言う間に分解され、部位ごとに並んでいく様子を見学する。
異世界に来たときは、内臓一つで吐きそうになっていたもんだけど、慣れている自分にちょっとびっくり。
解体作業はもう少しかかりそうなので、フクちゃんと一緒にファス達を見に行くことにした。
上層へ行くと、すでに人だかりができている。
ファス、叶さん、ナルミの三人には、エルフ達に今ある価値観が作られたものかもしれないという情報を広めるという手筈になっているが……具体的に何をしているのだろう?
人垣から前を除くと、そこには……。
「いいですか皆さん、エルフだとか人族だとかは関係ありません。私は生まれも分からぬ一エルフですが、本当に大事なことを気づかせてくれた人がいます。そこで氷漬けになっている魔力の劣るエルフ達とは比べ物にならないほど立派な御方です」
予想はしていたが、ファスに言い寄ったのだろう。氷の柱に哀れなエルフの男性が吊り下げられていた。これ、街の治安的に大丈夫なのか? ファスの横を見ると、ナルミが無表情で見ているし、心配はないのだろうけど。それでファスは何を言っているんだ?
「「うっ……なんて、慈悲深い言葉だ…」」
なんかわからんけど、泣いているエルフもいるし、周囲の雰囲気がおかしい。ファスの奴【慈愛】を使っているな。とか思っていたら、上からキラキラと光の粒子が落ちてくる。見上げると【空渡り】で小林〇子のように、神々しく落下してくる叶さんだった。
「おぉ、なんと神々しい……」
「し、しかしあの耳を見ろ。人族だぞ! たとえどれだけ美しく、神々しくとも、下賤な者に変わりは――」
「関係あるものか、あれこそ、精霊様の使いに違いないわい」
あまりの非日常的落下に膝をついて祈るものまでいる。そりゃあ、本物の【聖女】様だしな。
それで、一体何をしているんだ?
「皆さん、私もファスさんと同じく。自分が何をすれば良いのかわからなかった時期がありました。でも導いてくれた人がいます。聞いてください。この街には嘘があります、そしてそれは正しい姿にしなければなりません。私が人族だから信じられないというのであれば、私達の行動を見てください、皆さんの信頼を勝ち取って見せます。そして、私達の主がそれを証明するでしょう」
明らかに芝居がかった演技、しかし悔しいかな様になっている。
「二人の高貴な方が信奉するとは、さぞや立派な方なんでしょう。お名前を教えてください」
若い女性のエルフが、頬を赤く染めて二人に問いかける。
「「特別A級冒険者、シンヤ ヨシイ様を信じるのです」」
ファスと叶さんの声が響き、確実にスキルのそれを孕んだ、洗脳まがいの宣言に感銘を受けた聴衆たちが拍手と歓声を送っていた。目は血走り、明らかに普通ではない。
……えっ、何やってんの?
はい、ファスさんをご主人様にしたツケがやってきました。
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