第二百二十五話:お肉は美味しいのです!
結局トアの料理研究は朝方まで続いた。宿での朝の仕込みが始まるギリギリまで台所で試作品を作り続けるようだ。
「スー……スー……」
ファスとフクちゃんは体をお湯で拭いた後、待ち疲れて先に寝てしまった。旅の疲れもあっただろうしな。レイセンさんもすでに帰っている。夜遅くまで付き合ってもらったのは悪かったかもな。
叶さんは、さっきまで起きて虫のラフスケッチを描いていたが、流石に限界が来たのか机にツップしている。
足音がして、トアが器用に尻尾で扉を開ける。
「ふぃー。時間がきちゃったべな。おっと、旦那様起きてたんだべか?」
「まあね。寝ずの番は得意なんだ」
鍋を持っているようだ。試作品の中には様々なものがあったが、最終的に煮込み料理に落ち着いたようだ。
徹夜でゲームとかしてたし、冒険者になってからは野営で見張りも経験しているせいか、意識的に睡眠をコントロールできるようになったな。まぁトアの料理が楽しみってのもあるんだけど。
「そんで、昨日から結構食べているけんど、まだいけるだか?」
「もちろん、トアの料理はいくらでも食べられる」
「ほい、とりあえず。最低限形になっただ」
差し出されたのは、トロトロに煮込まれたモツ煮のようだ。
「おいしそう。ちなみにどんな工夫をしたんだ?」
「オラには魔力を味で感じるってのはできないからな。レイセンさんが美味しいといった魔物の肉を基準に、魔力を含んだ食材から魔力抜きをしたものを調理しただ。モツ煮にしたのは、商人から買えた魔物の肉が、持ってきた安い魔物の内臓肉しかなかったからだべ。魔力を味として感じること以外にもエルフはかなり臭味に敏感だから、塩もみから臭味とりのショウガ等の薬味を多めに、他にも調味料を使って柔らかい味に調整しただ」
確かに、鍋から立ち昇る香りは徹夜明けの胃でも受け付けてくれそうな、単純かつ刺激の少ないものだ。
「では、食べましょう。良い匂いです」
むくりと、ファスが起きる。眠そうに目を擦っているが、食欲はあるようだ。
「わたひもー。おはよー。昨日はお疲れだったねー」
「むにゃ……おきた……」
叶さんとフクちゃんも起きたので皆でモツ煮を食べることにした。ファス以外は、もちろん美味しくたべられるのだが、ファスはエルフとして普段はしていない、舌で魔力を感じるようにして食べてみた。
「……なるほど、これはイけます!」
そのファスの一言で、エルフの国二日目の僕らのすることが決まった。
そして、朝、上層の一角にて一軒の屋台が誕生していた。
「美味しい、モツ煮だよー。今なら一杯青銅貨一枚だよー」
ローブをした状態で、看板を掲げる。
人族である叶さんは屋台の仕込みスペースで裏方だ。
そして、呼び込みの真打はファスとフクちゃんだ。
特に、ファスへの注目度は高く。最近習得した【慈愛】を使って、人々の警戒心を解いているようだ。ちなみになんで屋台をしているのか、よくわかってはいない。
寝不足のハイテンションに任せた結果です。採算でいえば赤字になるだろうが、金に物を言わせて調理器具をそろえてしまった。なんか楽しくなっちゃったのだ。
「味は保証します。一杯どうぞ」
ファスが一言発するだけで、上層のエルフや巨人族の男どもが鼻息を荒くした。
「おい、あれ、噂で聞いた翠眼のエルフではないか、なんという美貌……なぜ売り子など?」
「モツ煮って、冒険者でもない普通のエルフは肉を食べないが……隣にいる白い少女は何族だ? まるで花のように可憐ではあるが……」
「しかし、良い匂いだ。先に食べた巨人族が言うには、かなり旨いらしい」
「巨人族とエルフじゃあ、舌が違う。所詮はデカブツだ」
とかなんとか言っていたが、先に食べていた獣人や巨人族の反応や、同じエルフであるファスの呼び込みによって好奇心に負けた数人のエルフが恐る恐る匙を口に運ぶ。
「……これは、食べれるぞ。不味くない、初めて肉を食べれた」
「いや、それどころか。とても美味しい。なんだこれはっ!」
「エルフが舌で感じる魔力は濃度によって影響が変わります。私共の料理人は食材の魔力量の調整方法を見つけました。これにより、魔力と味の双方の旨味を感じる料理を可能にしたのです。そしてこの料理は人族でも獣人でも、巨人族でも皆が食べて美味しい料理なのです。物を美味しいと思うことは皆平等です。お肉は美味しいのです!」
「本当に旨いぞ……こんなものがあったのか……果物以外を美味しいと感じたのは初めてだ」
「私も一杯もらいたい」「私も頂戴」「おかわりはダメか?」
「わふっ、急に大勢きたべ。列を乱さないで欲しいだ。ヨシイ、お金を頼むだよ」
「わかった。調理は頼んだ」
「私はスキルで食器の【浄化】だね。任せてよ」
驚きながらも料理を求めるエルフ達に、ファスがエッヘンと胸を張る。トアと別ベクトルでエルフ達の態度に思うことがあったのあろう。
別に、料理でどうこうというわけではないが、エルフ達が驚く顔を見れて満足そうだ。
結局、屋台には長蛇の列ができ、あっという間にモツ煮は完売してしまった。
口調こそは割と上品ではあるが、料理を激しく求めるエルフ達が騒ぎ始めたので、逃げるように店を片付けたのだ。
行列をさばいたり、お金の計算や調理など大変だったが達成感がある。
追いかけてくるエルフ達だったが、【空渡り】で巻くことで簡単に逃げ出すことができた。
うん、僕等って逃げるの得意だよなぁ。とりあえず荷物の整理をしよう。
「……ところで、なんで私達って屋台やってんだっけ?」
屋台の分解したパーツを整理してアイテムボックスにしまったところで叶さんが、不意にそんなことを言う。
……えっと確か。
「オラは不味いメシを、種族のせいだからって言われたのが腹たったから、じゃあもっと美味しいメシを食べさせたいって思ったからだべ」
「そうですね。私は単純にお肉は美味しいと言いたいからです」
「僕はなんとなくだけど」
まぁ、細かいことはいいじゃないか。それにしても、何か忘れているような?
「おい、おヌシ等……」
地響きのような低い声、声の主は長髪を逆立てるほどに怒りの形相を浮かべるサイゾウさんだった。
「街で騒ぎになっとるぞい。翠眼のエルフがエルフが食べられる肉料理を提供しているとな。……して、今日はA級冒険者の為の大事な依頼の話をするはずじゃったが?」
両手にチャクラムを持って、青筋を浮かべるサイゾウさんは流石ギルドマスターだけあって、迫力が凄い。
「すみませんっしたああああああ」
とりあえず、頭を下げる僕なのだった。
魔力抜きのやり方は、魔物の肉の場合、より魔力を通しやすいつけ汁に着けることで自然と魔力が抜けていくようです。トアの【高速調理】により短時間での魔力抜きができます。
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