第二百二十四話:エルフの国の料理改革
メシマズであること判明してからの僕らの行動は早かった。
まずは、食材が集まるこの街の台所を目指す。街の中心近くには、商店もありそれなりに人もいるようだ。エルフに巨人族や獣人もそれなりにいる。
「まずは、この国で食べられている。食材を切り口にするだ」
「なら、市場だな」
「……見つけました。どうやら、この街は階層に分かれているようです。樹木の枝が絡まることによってできた。上層がありますね。食材はそこにあるようです。エルフ達の居住区もありますね」
ファスが街を【精霊眼】で街を見渡してくれたようだ。
「つまり、ここは下層ってわけか」
「なるほどね。選民思想がありそうなエルフらしいね。下々の人間とは一緒に住めないと」
「どちらにせよ。食材が上にあるなら街の上層へ行くべ」
街に柱のように立っている何本かの大木の中が通路になっているようだ。
中に入るとエルフの見張りがいる。細身に茶髪イケメンばかりでやたら絵になるよな。
ファスが通ろうとすると、道を開けたが僕をみてすぐに道を塞いだ。
「待て、上層へは人族は通せん」
「この街は、本当に不快です。どきなさい、氷漬けにしますよ」
漏れ出す【恐怖】に門番がたじろぐ。
「しかし、上層へは、ただの人族は通れない決まりだ。冒険者であるならばC級以上である必要がある。人族ならばB級以上は必須だ」
えっ、そうなの? じゃあいけるじゃん。
「僕は一応特別A級冒険者だから。その条件なら問題ないと思います」
「バカな、その若さで、しかも人族でA級の冒険者だと。適当なことを言うなっ!」
「えと、これが冒険者証です」
金属でできた、冒険者証を突き付けると、何度も僕と冒険者見比べる。
「シンヤは間違いなくA級冒険者です。どきなさい」
ファスがそう言うと、門番たちは道を開けた。
こういう決まりは守るのか、律儀だし好感持てるな。いちゃもんつけてきた宙野やジョブを見て牢屋にぶち込んできた貴族と比べると真っ当に感じる。
螺旋状の階段を昇っていくと、ほどなくして上層へ出ることができた。
かすかに日の光が差しこんでいるし、下層よりも風通しが良い。下はキノコや苔が道に生えていたが、上層はさわやかな感じだな。地面はかなり強固で巨人族が歩いても問題ないようだ。
ちなみに僕はフードをしている。視線が気になるし、フクちゃんに頼んで外套にフードをつけてもらったのだ。
これで、多少はマシになるだろう。ファスは不服そうだったったけど、まぁたまにはいいもんさ。
「ずいぶん街の雰囲気が違うな」
「わぁ、凄いけど。下の階に比べると虫が少ないね。その代わり商店とかが多いみたい」
「といっても、エルフは普通に行き来しているみたいだし、単に区画が違うって感じかも知れねぇべな。っと、とにかく食材を見るだ。旦那様、いくらかお金を……じゃなかったべ、ファス様。買い物をしてもいいだべか」
犬歯を見せる意地悪な表情、不機嫌にそっぽを向きながらファスが答える。
「構いません。トア」
「なるほど、私もファス様って呼んだほうがいいよね。なんか新鮮だねっ」
「ファスさまー」
ファスがホッペをぷくーと膨らませている。可愛いからついからかいたくなる気持ちはわかるぞ。
「皆さん? その辺にしないと、次の模擬戦は地獄を見せますよ」
「「「……」」」
うん、これ以上は怖いからやめとこう。だって一番被害を被るのは僕だし。
気を取り直して、商店を見ることにする。優れた木材を使った防具や武器もある。
やっぱり弓や魔術師が使う杖が多いな。
装備も気になるが、今は食材が先だ。
「見つけたべ。ここがこの街の胃袋だべな」
上層の居住区の真ん中に立つひと際木々が絡まるこの場所は、木々から木々へ商店が立体的につながっている。洞窟のようでもあるし、蟻塚のようででもあるが、あえて例えるなら……。
「まるで、ショッピングモールみたいだねー」
「同じこと考えてたよ。今までの街と違って、あくまで縦の空間を利用しているんだな」
「行ってみるべ」
巨人族の男性が店番をしている店に立ち寄ってみる。どうやら八百屋のようだな。
「おっちゃん、ちょっと品物を見せて欲しいだ。この街の主食とか売れている食材ってなんだべ」
体調が3メートルはありそうな巨人族の店員は、しばしキョトンとしていたがファスを見て合点がいったとポンと手を打った。
「うん? なるほど別の街から来たのか、エルフのご主人様がいるなら、ライブルの実がいいだろう。エルフが好む果実だ」
「四つもらうだ。生食はできるだか?」
「もちろんだ。ライブルの実を知らないなんて、エルフに買われたばかりの奴隷かい?」
「そんなところだべ。じゃあとりあえず食べてみるだ」
トアが渡してくれた果実を受け取る。さきほど下層の飲食店で食べた果実とよく似たイチジクのような果実だ。皮を向くと柔らかく白い実が見える。匂いはひたすらに甘い。インド系のカレー屋さんのレジの横にあるやつみたいだ。
「……甘い」
「甘いよね。あと、薄荷みたいに口がスーっとするかも」
「ふつう」
「普通に食べれないことはないですね。ただやはり甘すぎて、苦い野菜とか塩味が恋しくなります」
各々感想を口にするが、どうやらあまり気に入ってはいないようだ。
トアはじっくりと味わっている。
「肉を作る栄養が少ないけんど、体を整える栄養は十分だべな。なるほどこれと穀物と豆でバランスはとれるべか……だけんど、甘すぎるべ」
「栄養とかわかるのか?」
「【栄養増加】のスキルは単に、調理で栄養を増すだけじゃなくて、最適な調理法がわかるスキルだからな。といってもレベルアップしてから気づいたんだけんど」
なにそれ便利。食材の声を聴く能力じゃん。ファスが言うには【栄養増加】はかなりレアなスキルで、本で名前だけ読んだことはあるが、貴重さゆえに詳しい効果はわかっていないらしい。
トアはもう一度店員を呼んで話しかける。
「……おっちゃん。他にエルフ達が好む食材をわかる限りで教えて欲しいだ」
「獣人の奴隷っていうのは、肉にしか興味ないと思っていたがなぁ」
「オラは【料理人】だべ。この街のエルフの料理に疑問があるだ」
「へぇ、変わり者だねぇ。いいよ、買ってくれるなら文句はない。他の店も紹介しよう、調味料もあるからね」
「荷物持ちは任せてくれ。今日は手伝ってもいいだろ?」
「わかっただ。ただし……」
ちらりとトアが横を見る、その視線の先には頬を膨らませるエルフ様がおられる。
「フォローは任せたべヨシイ」
「……男は辛いね」
どうやって、ファスの機嫌をとりもどそうか。
「たいしゃくてんでうぶゆをつかりー」
「なんでその口上知ってんだフクちゃん?」
「えっ、私知らないけど」
叶さんは寅さんを履修をしていなかったか。爺ちゃんが好きでDVDが家にあったんだよなぁ。
「もう、早く買い物を終わらせて、宿に戻りましょう」
「はいはい。だべ」
一通りの食材を買って宿に戻る。上層の観光をしっかりやるのもよかったが、今はエルフを唸らせる料理を作るという大義があるのだ。
トアは無言で食材の声を聴いている。
「それで、なぜ私はここにいる?」
「白銀貨あげるので協力してください」
下層に戻った時に偶然見かけたので、エルフの魔術師であるレイセンさんにも来ていただいている。
このエルフに料理を食べてもらいたかったからな。
「……そもそも、貴殿らは何をしているのだ? A級冒険者へ向けた任務があるだろう?」
「その話はサイゾウさんに明日聞きます。その前に僕等にはやることができました」
「一応聞くがそれはなんだ?」
「この街の食を改革します。トアが」
「……意味がわからないが」
本気で困惑しているレイセンを叶さんが哀れな目で見つめている。
「真也君。レイセンさんの反応が普通だと思うよ」
「しかし、ご飯が美味しくないのは大問題です」
「そのとおりー」
「とにかくレイセンさんは、この街のエルフとしてトアの料理開発に協力してください。なんならギルドに依頼だしますから」
「不要だ。先だって、無礼を働いた手前断わるのも心苦しい。私でよければ協力しよう」
そう言ってレイセンさんがフードを脱ぐと、切れ目の整った顔に尖った耳、肩まで伸びた長髪があらわになる。
男性のエルフで魔術師ってのはわかっているが、ファンタジーすぎてちょっと感動する。
「おぉ、エルフだ」
「エルフだねぇ」
「一応私もエルフらしいですよ。自信無くなっていますけど」
ファスが手を上げる。いや、わかっているけど、ファスはちょっと別枠だよね。
「翠眼に金髪、間違いなく高貴な生まれだろう。王族と言われても納得できる容姿だ。街でもすでに噂になっているぞ」
「そうなのですか。エルフの国に来ても、私は異端のようです」
髪をいじりながらファスが、僕に寄りかかる。
「特別なのだよ。誇ることだ」
「私の誇りは、ご主人様の奴隷であることだけです」
「……聞かなかったことにしよう」
誰にどう思われるか『生き方』のこと。僕も考えなくちゃな。
とか思っていると、トアがどんよりとしたオーラを纏いながら、お盆に小さなグラスをいくつか乗せて出てきた。
「料理、ではないですね」
「食材を調べているうちに、ちょっと思うことがあるだ。折角だから、皆に試して欲しいだ」
渡された、グラスに入った水を飲んでみる。
「ただの水かな?」
叶さんも頷いている。フクちゃんは飽きたのか子蜘蛛モードで僕の頭に乗っかって寝ています。
しかし、レイセンさんは顔をしかめている。
「水ですね」
「フム、かなり苦いな」
「えっ、マジですか?」
えっ? 完全に感想が違うぞ?
「レイセンは干し肉は食べれるだか」
「好まないが、冒険者だからな。食べることはできる。保存食はもっぱらクルミが多いが……」
「じゃあ食べるだ」
トアが差し出した干し肉をレイセンが口に含むと、目が見開かれた。
「な、なんだこの干し肉は……固いが、こんな旨いものが本当に肉なのか……」
「旨いだか?」
「あぁ、肉は臭くて苦手だったが。これなら問題なく食べれそうだ」
「謎が解けたべ。エルフという種族もともとの特性と、この街の食材の癖が合わさった結果が味オンチの原因だべ。水の飲み比べでわかったけんど、エルフは魔力を舌で感じることができるんだべな」
「やろうと思えばできますね」
「制御できるものではないが、確かに舌で魔力を感じられるな」
ファスとレイセンさんが答える。
「オラ達獣人は、匂いを色でとらえる者が珍しくねぇべ。嗅覚と色覚が繋がっているってことだな。エルフは魔力を感じる感覚と味覚が繋がっているってことだ。そんでこの水は、砂漠の職人たちが防具とかにしていたような『魔力抜き』の逆をしてみたんだ。結果は水に入った魔力を苦みとしてエルフは感じただ。多分ファスは舌で魔力を感じないように食事の時は制御しているんでねぇか?」
「もともと、私は呪いで魔力がほとんどありませんでしたから、特に制御している感覚はありませんでしたが、確かに舌で魔力を感じることができます」
「街のエルフ達の調理は食材の魔力を抜こうとして、旨味も一緒に抜いていただ。あのライブルの実はもともとの甘さに加え豊富な魔力量を含んでいるから、味が相殺されてエルフにはちょうど良くなっていたんだべ」
「ふむ、そのことなら私たちは知っていたが、知っているからと言ってどうすることもできまい」
「いんや、できるべ。万物には魔力が宿る。味と魔力が釣り合うエルフ用の美味しい味と、オラ達獣人や旦那様みたいな人族が感じる美味しさの交じり合う場所を探すだ。その為のヒントは掴んだべ」
」
「フム、このやけに旨い干し肉か。これは一体?」
レイセンさんが手に持つ干し肉には見覚えがあった。なんせ僕らが旅の途中で作ったものだ。
それはつまり……。
「多分に魔力を含んだ食材。つまり『魔物の肉』だべ。皆が一緒に食べて、美味しいと感じるような料理を、オラが作るだ」
「それはいいですね。それならば冒険者ギルドでエルフも人族も分ける必要のない、皆で一緒にご飯が食べれる机ができるかもしれません」
「……それは、確かにいいかもしれんな」
レイセンが干し肉を齧る。もしかしたら、トアがやろうとしていることは結構すごいことなのかもしれない。なんてこの時の僕はぼんやりとしか考えていなかったのだった。
トアさんの料理革命始まります。依頼? ……更新速度をあげれば問題ないから…。
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