閑話1:ファスの誓い
このお話はファス視点によるものです。本筋にはそれほど関わりないものです。
私、ファスの一生は特に語ることもないものです。おそらく本にすれば数ページほどの薄っぺらいものでしょう。そしてこのまま死ぬと思っておりました。ご主人様と出会うまでは。
一番古い記憶は、仮面をつけた女性が赤ん坊の私を育ての親ともいえるお婆さんに渡した場面です。
お婆さんは森の奥に住む魔術師で種族は人間でした。なので私も自身を人間であると思っていたのですが、……まさか私の種族がエルフだとは思ってもいませんでした。
もらわれて7年がたった夜に私が呪われているとお婆さんに教えてもらいました。
「お前は、呪われている。その呪いのせいでお前は赤ん坊の時に死ぬはずだったが私が生き延びさせてしまった。それでもお前が早くに死んでしまうことはかわりない。許しておくれ、私はお前が苦しまずに眠るように死なせることもできたというのに、許しておくれ」
お恥ずかしい話ですが、私はその時少し喜んでしまったのです。なぜかって? お婆さんの本棚の本に呪われたお姫様が王子様に呪いを解いてもらうというお伽話があったので、私も王子様に助けてもらえるのだと思ってしまったのです。
でも、そんなことは幻想だとすぐにわかりました。ある日、お婆さんの家に薬を買いに来た人の好さそうな父親と可愛らしい三つ編みの少女の親子がいました。私はダメだと言われていたのに奥の部屋からひっそりとその様子を見ていました。
そして、物珍しそうに家を物色していた少女が私を見たのです。私は『こんにちは』と言おうとしました。でもその前に少女がこう叫んだのです。
「きゃあああああああ、化物!!」
少女は泣いて外に飛び出してしまったのです。
その夜、私はお婆さんに聞きました。
「お婆ち゛ゃん゛、あのごはなんで私゛を化け物と呼んでいたの」
私はその答えを本当は知っていたのです。だってお伽話のお姫様の挿絵は花のように美しく、髪もなく鱗に覆われた私とは違っていて、それはもしかしたら致命的な違いなのではないかと幼いながらに感じていたからです。
お婆さんは泣きながら私を抱きしめてくれました。【忌避】を持った私を抱きしめることは苦痛だったでしょうに。
それで私はわかったのです。私が口に出せないほどおぞましい姿をしているのだと。
そのほかの記憶の大半は、体の痛みや頭痛、熱など様々な痛みとともにありました。辛いと言えばそうなのでしょうが私が調子が悪くなって倒れるたびにお婆さんが丁寧に介抱してくれるのがちょっと嬉しくて。だから生きてこられたのだと思います。
体の調子がいいときは色々なことを教えてもらいました。薬草の煎じ方、文字の読み方書き方、食器の使い方、獣の捌き方。おおよそ人として生きていくために必要なことを教えてもらいました。
私はそれが無駄に終わるであろうことを申し訳なく思いながら、それでも必死に学びました。お婆さんの期待に応えたかったのです。
そして、私がもらわれてから16年が経った夜、お婆さんは老衰で死んでしまいました。お婆さんは最後に私の鱗に覆われた頬を優しく撫でてくれました。
私も後を追って死のうとも思いました。でもそれはどうしてかできませんでした。なぜ死ななかったのか『その時は』自分でもわかりませんでした。
そしてお婆さんが死んだことをどこからか知った、近くの村の人間が家探しを始めました。お婆さんの薬も本も全て盗られました。そして私を見つけ、たまたま近くに奴隷の買い付けに来ていた奴隷商に二束三文で売り渡したのです。
そしてここから私の物語が動き始めたのです。黒い髪に黒い眼のどこか頼りなさそうな少年との出会いによって。
奴隷商に引きずられ服をはぎ取られ、晒された私を少年は真っすぐにみてその瞳が憐れみに染まりました。
そしてその少年と契約を強制され、私はその少年の【奴隷】となりました。生まれて初めて与えられた役割でした。
ご主人様となった少年が無表情に詰め寄ってきます。その様子はパンパンに膨らんだ革袋のように危なげなものでした。そしてご主人様は私の首に手をかけてこう言います。
「もし死にたいなら、殺してあげるけどどうしてほしい?」
あぁ、この言葉を聞いた時の衝撃は忘れることができません。私は怒ったのです、人生で初めて、怒りました。心の底から感情が湧き上がって抑えることができませんでした。
お婆さんが死んだとき、私は後を追って死ぬことはできませんでした。その答えがこの時にわかったのです。私が死んでしまったら、お婆さんが私に注いでくれた愛を否定することになるではありませんか。殺されることも呪いで死ぬことも仕方ありません。
でも私が私を殺してしまうことはできません。だってそれはお婆さんが尽くしてくれたこれまでの時間を私が否定することになるのです。ご主人様の言葉でそれに気づいた私は。
「死にだくない゛」
そう口に出しました。その時のご主人様の顔ときたら、まるで迷い子が母親を見つけたような泣き顔でした。
その後叫びながら私に縋るご主人様を見て、この人も苦しみの中にいるのだと思いました。そしてこんな私でももしかしたら助けになれるのでないかと、泣き疲れて眠りについたご主人様の髪を撫でながら何に誓うでもなく自然にそう思ったのです。
そこからのお話は、どこから話せばよいか。一番の驚きは私の呪いが解けるかもしれないということです。ただしご主人様にも負担がかかるので心苦しいのですが、なぜかご主人様は私に恩義を感じているようでことあるごとに自分を犠牲にしてしまいます。
その度に私は恩返しをしなければと思うのです。誰かに何かをしたいと思うことがこれほどまでに生きることを輝かせるなんて私は知りませんでした。お婆さんもそうだったのでしょうか。
その後、いろいろあって帝都に着きました。屋敷の内情をフクちゃんが調べ上げ(フクちゃんは本当にすごいです。私もフクちゃんのように役立てる存在になろうと思っております)いくつかの真実とご主人様が勇者と戦うことになることを知り、いてもたってもおれず、屋敷を抜け出し闘技場の方へ向かいました。
運動不足のこの身体は少し歩いただけで鉛のように重くなり、心臓は早鐘のように脈打ちます。まったく情けないかぎりです。ご主人様は重りをつけて延々と走り続ける特訓をしていたそうです。私もそうするべきです、時間ができればすぐにでも実践しましょう。
闘技場に着くと、フクちゃんの助けをかりて中へ忍び込みます。そこは異常な雰囲気でした。誰もかれもが尋常でない目をして騒いでいます。そしてご主人様の戦いが始まりました。
初めて目にするご主人様の戦う姿は普段からは想像もできないほど(普段もかっこいいのですよ)勇ましく闘士として立派なものでした。
相手の勇者は焦っています。最近呪いが解けてきているせいか目が良く見えます。遠くのものでもしっかりと細かな部分までに観察することができるのです。結界のせいか魔力の流れは見えにくいものでしたがそれでも勇者と呼ばれている男が追い詰められていることはわかります。
途中勇者がポーションを飲みました。そこから男の焦りと恐れが消えたのがわかりました。恐怖を麻痺させる薬なのでしょう、ご主人様にはそんなものはありません、私にはご主人様が虚勢を張っていることがわかっていました、ご主人様は恐怖の中にいます、それでもその動きにはいささかも鈍りません。怖いはずでしょうに、痛いはずでしょうに、それでもその心は萎えることなく猛々しくあります。それこそがご主人様がこの一カ月で得た一番の成果なのかもしれません。
勇者が無茶苦茶な量の『飛ぶ斬撃』を放ちました。私の周りは流石勇者だと絶賛しております。なにが「さすが勇者」ですか、あんなのインチキです。勇者の魔力というよりも剣や鎧、そして装飾具から魔力が供給されているじゃありませんか。あれ? 先ほどまで見えなかったはずの結界の中の魔力の流れが見えています。そんな疑問がでてきましたがそれどころではありません。
ご主人様は相手の懐に入るために大振りの攻撃が来るように挑発をしました。そして恐怖と思考力の抜け落ちた勇者がまんまと挑発に乗り構えます。ここからご主人様の反撃が始まると思って見ていると、観客席から魔力の流れを感じました。そしてその魔力が結界の中に入りご主人様の頭上に溜まるのも。
そしてその魔力が雷となって炸裂し、ご主人様を打ちます。そして勇者が振りかぶった剣を……。
私の悲鳴は周りの歓声にかき消されます。その後は必死でフクちゃんの力を借りながら闘技場へ降りてご主人様のもとへ駆け寄りました。
そしてご主人様の友人と思われる二人を後にしてご主人様に肩を貸して通路を歩きます。
ご主人様は悔しそうに私に思いを打ち明けてくれました、私も悔しかったです。
ご主人様の頭を撫でながらここに密かに新たに誓います。ご主人様と二人で(もちろんフクちゃんも)必ず強くなります。あのインチキ勇者と不意打ちをした卑怯者の魔術師よりも必ず強くなると、無理だとは思いません。だってあれほど絶望的な場所からここまで来たのです、お婆さん見ていてください。
ファスは必ずやりとげます。
ファス視点でした。次回はフクちゃん視点の閑話です。
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