第二百十六話:私があなたにしてもらったこと
真也がテントで『刃筋』について学んでいるころ。テントの外では、ファス達が頭を寄せて話し合っていた。
「どうしたのファスさん? 修行のことなら真也君も混ぜて話せばいいのに」
地味な油色のローブを着た叶が首を傾げ、少し伸びた黒髪が流れる。
「旦那様が聞かない方が、いい話ってことだべな。オラもちょっと疑問に思っていることがあるだ」
「疑問ですか?」
毛皮のついた上下の衣を、山賊のように着こなしているトアがファスに問いかける。
前かがみになると、厚着の上からでもわかる豊満な胸がゆったりと揺れていた。
フクはその様子をニコニコと笑顔で眺めていた。手にはトアが作った大きなパンを持って、ジャムをつけながら食べている。
「今回の修行はちっと違和感があるだ。確かにいつも修行は苛烈だけんど、今回はファスの方がむしろ必死に感じるだ」
獣人独特の野性味ある相貌が鋭さを増すが、どこか優しげでもあるように見える。
ファスがフードを脱ぐ。ショートからショートボブ程に伸びた金糸のような髪と、エルフ特有のとがった三角耳があらわになった。
宝石のような翠色の瞳が爛と光り、意思の強さを示すようだ。整った鼻筋に透き通るような白桃の頬、凡そ人と形容することを憚れるような美貌だが、その表情は道に迷った幼子のような憂い顔だった。
「……その通りです。その話をする前に今のご主人様の成果について確認しましょう。ご主人様の『刃筋を立てる』修行をここ数日続けていますが、成果は上々と言えると思います。私の見立てではご主人様は力の8割を刃に乗せながら切れ味を維持することができています」
「オラから見ると、旦那様の技の冴えは大したもんだべ」
「というか、試しに廃材から持ってきた鋼材とかもスパっと切っていたよね。斬鉄している時点で完成したと思ったよ」
トアと叶からしてみると、無尽蔵ともいえる体力と魔力で【手刀】を練り上げ続け、延々と物を切っていた真也の成長は目覚ましいものがあり、すでに【手刀】も完成形と言ってもよさそうだった。
しかし、口をジャムだらけにしたフクは首を振る。
「まだまだだねー。マスターはもっとすごいよー」
「はい、ご主人様はより【手刀】を鋭くすることができます。そこに全開の力が乗った時、真に技は完成したと言えるでしょう。まだ、未完成なのです」
「いやいや、刃を鋭くするほど力を乗せるのが難しいんでしょ? 真也君の膂力をそこまでコントロールするのは無理じゃないかな」
叶の疑問に対し、小さくファスがため息をつく。
「……技術面だけで言うならば、ご主人様はすでに『刃筋を立てる』ことについて、より高度なことをしています」
「どういうことだべ?」
「『刃筋を立てる』とは、つまり攻撃面の方向、こめる力の量、対象に当てる際の角度です。これは刃に限らず全ての攻撃に当てはまることであり、大なり小なり皆しているでしょう」
「それはそうだべな。そん中でも刃ほどの狭い攻撃面に力を乗せる難しさを旦那様は言っているんだべ」
「しかし、ご主人様はより複雑であろう相手からの攻撃の防御において、これを実践しています」
「そのとおりー、ムグッ」
フクちゃんがパンを平らげ、叶がそのジャムまみれの顔をハンカチで拭く。
「ほら、拭けたよ。……あぁ、確かに真也君って相手の攻撃を受けて返したりしているよね」
「主旨とは違いますが、目に見えない魔力の収束を感じ取り、形になる前に【掴む】で投げ返したり、【四方無尽投げ】などで攻撃に攻撃を投げ返すなど、ある意味ではご主人様は相手の攻撃に対してはタイミングも角度もほぼ完ぺきに捉えています」
「そういやそうだべな。なるほど、旦那様は相手の『刃筋』は読み切っていることが多いだな。自分以外の『刃筋』がわかるなら、自分の『刃筋』を操る方がよっぽど簡単だべ」
「その通りです。なのに、できないというのが最初はわかりませんでした。しかし、いざ蓋を開けるとご主人様は本当に自分の『刃筋を立てる』ことが苦手だったのです。なので得意な防御面から力の流れが読み取れるのではないかと思って……」
「思った結果がここ数日のあれだべか」
「あれだね」
「えぇ、宙に浮かせた状態で360度から私とフクちゃんの攻撃を複雑な角度から放ち続ける稽古をしたのですが」
延々と氷柱と糸を切ることで『8割』の力を刃に乗せることに成功した真也だったが、あと一歩で修行が行き詰まる。
その結果、ファスが提案した稽古が防御面からの技の完成だった。
自身の流れを読めないのであれば、周囲の流れから学ぶことを念頭に強行されたこの修行は【空渡り】で宙に浮かせた後で、周囲の空間に巣を張ることで区切られた一定の空間にファスとフクちゃんが攻撃をし続けるというものだった。
傍から見れば、晴天に氷と糸が輝く神秘的な光景だろう。……その中心に閉じ込められ、攻撃を受け続けている人間がいることを知らなければだが。
擦り潰されては撃墜され、撃墜されれば叶によって回復し、再び空中へ飛んで撃墜される、ということを繰り返した結果。真也はある程度、適応することができるようになっていた。
「あれってもう、弾幕ゲーの最高難度みたいなもんだよね。怖いのは真也君が普通に対応し始めたってことだよ。人間として最低限守るべき動きを超越してたよ……」
「流石ご主人様です。最終的に、氷弾、氷刃、氷槍など様々な脅威に対して、最も有効な力の角度で払いのけることができていました。今なら【四方無尽投げ】もよりスムーズに行えるはずです」
「さすがマスター」
「旦那様がどんどん人間から離れていくだ……」
「というわけで、防御面では現段階で極まってしまい、それでも攻撃は完成せず。つまり行き詰まってしまったのです。相手主導の防御はできるのに、自分が主体となる攻撃は完成しない。ここで先程のトアが言っていた、必死そうにしていたということに戻るのですが……私はこう考えています」
ファスがテントへと視線を向ける。彼女の【精霊眼】には、テント中にいる真也が見えている。
そして、ファスは彼の奴隷たちに向き直った。
「ご主人様は、ご自分を見つめなおすことが怖いのではないかと思うのです。だから、相手の刃筋は見ることができるのに、自身の刃筋を見失っているのではないでしょうか。技術は、修行で身に着けることができます。お手伝いして差し上げられます。しかし、心はどうすれば満たされるのでしょう。いつもそうです。ご主人様はご自分よりも周囲ばかりを見ています。己と向き合うご主人様は、いつも悲しそうで……傷ついています。私はご主人様に生きる理由をもらいました。私はご主人様の一番奴隷です。『刃筋を立てる』技術の修行は、恐らく終了しています。残りの二割はご主人様が……傷つきながら自身と向き合うことでしか、手に入れることはできないのです。ご主人様はきっと、成し遂げます。今までと同じように、きっと傷つきながら、きっと乗り越えるでしょう。でも、その時私は、私達は何ができるのでしょうか? そう思うと、私は自分の無力感に押しつぶされそうになるのです」
膝の上に置いたファスの手が震えている。トアが手を重ね、その上に叶も手を重ねる、フクは後ろからファスに抱き着いた。
「ファス、オラ達は旦那様に救われているべ」
「はい」
「だから、オラ達が旦那様にしてもらったように、オラ達もすればいいだよ」
「それはどうすればいいですか?」
「簡単じゃないかな。さぁ、立って立って」
「何するのー?」
二人がファスの手を取って、テントのカーテンを開ける。
中では、真也が手刀の稽古をしていた。
ポンとトアがファスの背中を押す。
「ど、どうしたファス。泣いてるのか? 何かあったのか?」
ファスの様子をみて狼狽する真也。そんな表情を見つめたファスは、飛び込むように口づけをして、その唇を塞いだ。
いつの日か、ご主人様の心の傷が癒されるようにと、願いをこめて。
唇を離して、目を白黒させる真也を抱きしめる。
「……愛しているというだけです」
真っ赤な顔を見られたくなくて、そのままファスはしばらく真也を抱きしめた。
その後、他の奴隷達からも熱烈に愛され、真也が困惑するまま空の旅路は過ぎていくのだった。
ここから閑話を挟んで空の旅は終了となります。
次回:雷に打たれた勇者
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