第二百十三話:【空渡り】の効果
発現した【空渡り】のスキルは気になるが、流石に疲れたので今日は休むことにした。
ファス達がご飯と清拭の準備をしてくれるらしいので、それならばと防寒着を干す役割を引き受けた。
ファスは「主としての自覚を――」とか言うが、今は他の人の目も無いしこれくらいはいいだろう。
高価なテントを買ったおかげで、中はちょっとしたリビング程度の大きさに拡張されている。
中央の柱に繋がっているロープに、防寒着を干していく。ファスが後で水分を抜いてくれるだろう。
いやぁ、めっちゃ疲れた。防寒着を干した後、フクちゃんをなでなでしていると、ファスが入ってきた。
「ご主人様。お湯を用意しました。ご飯の前に体を拭きましょう」
ファスがプカプカと温めた水球を浮かべている。
これだけで数十リットルはありそうだ。【魔水喚】で水を出して【重力域】で持ち上げているのだが、他の魔術師が見たらどう反応するのかちょっと興味ある。
「どうやって温めたんだ?」
「発火石を中に入れています。魔力を込めると一瞬でお湯になるので便利です。白い【息吹】でもよいのですが、物騒だから船内ではやめろとトアに言われたので」
……冷静に考えたら竜の炎で風呂焚きってシュールだな。
「流石に危ないだ。それと、発火石でその量の水をお湯に変えるのは普通の人の魔力じゃ無理だべ」
トアが呆れた顔で入ってきた。先程まで一番疲れていたはずなのに、調理を始めると生き生きとするんだよな。ちなみに、ファスはいつものローブだが、トアは薄着でシャツをまくっている状態だ。
フクちゃん謹製のブラが透けているんだけど、本人は一切気にしていない。
うん、素晴らしい光景じゃないか。
「そうなのですか?」
「普通は火種程度に温めるのが精いっぱいだべ。それより、下の商人達が【保存】の効果が付与された魚と海藻をくれただ。旦那様の言う味噌はねぇが、ナノウ婆さんが教えてくれた旦那様の故郷風『すまし汁』って料理を再現しただよ。ちょっと、味見して欲しいだ」
「マジっ? それは楽しみだ」
テントを出ると、叶さんが清拭の準備をしていた。
「あっ、真也君。洗濯物干し終わったんだね。ご飯の前に体を拭くよ」
「その前に味見だべ。叶もどうぞ」
部屋に備え付けられていた竈に置かれた鍋にトアが向かい、すぐに戻ってくる。
とんすいを渡され、トアが作ったすまし汁を飲んでみる。
「おぉ……」
「わぁ、美味しい」
確かにすまし汁だけど、僕らが家で飲むようなすまし汁じゃない。複数の海藻を組み合わせた複雑な出汁は、料亭とかで出されるレベルだ。旨味のパズルが口の中で解けていく。
すまし汁の定義ってよくわからないけど、僕らの知っているそれをより高度に昇華した料理だった。
だけれど、どこか懐かしさに胸が暖かくなる。
明確な何がかはわからないが、海藻を使ったこの出汁が、どこか僕らの琴線に触れるのだろう。
「……その表情で十分だべ。具材を準備するから、先に体を拭いてくるだ」
「ボクも食べたい」
「楽しみはとっとくだ。フクちゃん」
「むー」
ピョンと飛び出して少女モードになったフクちゃんを説得して、お湯とフクちゃんが出してくれた泡で体を洗う。
【回復泡】の効果で、霜焼けも防げるので便利だ。その後、保存食である焼いた芋餅と魚の白身がたっぷり入ったすまし汁を堪能した。
翌朝。
屋上に出て、気になっていた【空渡り】の効果を確かめる。
文字通りになら空を飛べたりするのだろうか。ワクワクすっぞ。
「ご主人様、気を付けてください。ここは空の上ですし落ちたら大変です」
「大丈夫、フクちゃんの糸を巻いているし」
(ボクもイッショ)
もしもの時に備えて、フクちゃんが頭に乗っている。
さぁ、レッツフライング。
口で【空渡り】と言っても何も起きなかったのは確認済み。ならばこれはパッシブのスキルなはずだ。
思いっきり跳び上がり【ふんばり】で空を一歩蹴る。
「すごい! 泳いでいるみたいだっ!」
グンと体が上にあがり、目の前の鯨の腹がよく見える。意識した部分が水のように抵抗を持ち、それまで足だけで踏ん張っていたことが全身でできるぞ。
空中で方向転換、静止、加速。強化された身体能力を存分に使い、水を泳ぐ魚のように自在に動ける。
おそらくこれが【風船鯨】が見ている世界なのだろう。
下を見ると、ファスがこちらに手を振っている。
「おーい、ファス。ハハ、風が強くて聞こえないや」
(アブナイって言ってる)
危ない? なんでだ。と疑問に思った瞬間、空気の抵抗が普通になりコントロールできなくなる。
つまり……落下した。
「へ? ぎゃあああああああああああああああああ」
――数分後。フクちゃんの糸によりなんとか九死に一生を得た僕は、冷風吹きすさぶ屋上で正座させれていた。
なぜかって、涙目のファスに怒られているからだ。
「なぜいきなり、あんなに飛び上がったんですか!」
「いや、せっかくだし。高いところで【空渡り】を試そうかと思いまして」
「まず安全にスキルの効果を確かめると思うじゃないですか!」
うん、お冠だ。助けを求めようとトアと叶さんを見るが、呆れた表情をしている。
助けは期待できなさそうだ。
「と、とりあえず。今は効果を確かめようよ。なんで途中で落ちたんだ?」
ジト目ではあるが、ため息をついてファスが答えてくれる。
「下から見ているとご主人様が【ふんばり】を一歩踏み出してから、周囲に魔力が満ちた気がします。それが徐々に減ってきたので知らせようと手を振ったのです」
「うーん。別に魔力が切れた感覚はないけどなぁ。そもそも、僕は魔力切れってしたことないし」
「そりゃ旦那様はパッシブ型のスキルばっかだもんな。アクティブ型のスキル、例えばオラの【飛竜斧】なんかは十数回ほど連続で使えば、魔力が切れて吐き気とか倦怠感に襲われるべ」
へぇ、そりゃあ辛そうだ。吐くまで走ったことはあるが、それに近いのだろうか?
「じゃあ、次は私が使ってみるよ。……どうやって空を飛ぶの?」
ピョンピョンと叶さんが跳ねるが、僕と同じ状態にはならない。
「【ふんばり】を使って踏み出すだけ、っていっても叶さんは持ってないよな。感覚的には、水を泳ぐ感じなんだけど」
「えい、ほっ。……できない」
「私もやってみましょう……」
ファスがピョンと跳ねると、そのまま風を受け、水流に乗るように柔らかく浮かび上がった。
「できました」
「なんでっ! えいっ、えいっ」
「オラもやるだ。ワフッ!」
トアが飛び跳ねると、一気に高く飛び跳ねる。
「わわ、も、戻るだ。んっしょ!」
そこから、水の中の魚みたく空を泳ぐかと思ったが、一気に見当違いの方向へ跳ねるように直線的に飛んで行った。
「にゃああああああああああ” と、止まれねぇべ」
「やばいぞっ。フクちゃん、捕まえられるか!?」
(せわがヤけるなー)
フクちゃんが糸を伸ばしてキャッチする。
「…………」ストンとトアが僕の横に正座した。
ようこそこちら(怒られる側)へ。とりあえず、サムズアップで出迎えてあげた。
「なんでできないのっ」
一方叶さんは涙目でピョンピョンしていた。
その後、数時間検証することで、このスキルの概要が見えてきた。
寒いので部屋に戻り、テント横に置いた簡易椅子に皆で座る。
「つまり【空渡り】は魔物が使うような、口で発音しない特殊なアクティブ型のスキルなわけだ。発動条件は空に跳んでから移動しようと意識すること」
フクちゃんが「これ、ボクのスキルと同じ」と、少女モードで言ってくれたおかげで答えがわかったんだけどね。やはり【風船鯨】のスキルだったりするのだろうか? ファスが話を継ぐ。
「そして、なぜかわかりませんが、人によって効果が違うようです。私は水に浮かぶように浮くだけでした。【重力域】を使うことで移動はできますが、やや緩慢ですし向きを変えるのにズレがあります。しかし、ずっと浮き続けられました」
「オラは直線的に跳ね回る動きだな。速度は出るけど、向きを変えるためにもう一度空を蹴る必要があるだ。発動時間は十秒程度で一番短いだ。ご主人様の【ふんばり】での移動に近いべ。ただ一度地に足をついただけですぐにもう一度発動できただ」
「僕は、ファスとトアの動きのどちらもできるな。浮くことも、空を蹴って跳ねることも、感覚的には大気を高速で泳ぐことができるって感じ。時間は1分くらいか。ただ、次に発動できるまでの待機時間が、30秒程度ある。まぁその間は【ふんばり】で空中を移動すればいいか」
そして、無言で俯いている叶さんがいた。ズーンという効果音が聞こえてきそうだ。
まぁ、うん。一応彼女もファスが【重力域】で浮かべることで、【空渡り】を発動できたのだが……。
「……なんで私だけ、あんな効果なの……」
彼女の【空渡り】は空中で落下する際に効果がわかった。
その効果とは……。
「あんなの、派手な紅白の歌手じゃん!!」
羽を広げた鳥のように、空を滑るように降下することができる。
……のだが、なぜかその際アニメのエフェクトのようにキラッキラの後光が差すのだ。
黒髪をなびかせ、優雅にキラッキラの光を纏う姿は、もはや宗教画の世界。
それはもう、ありがたやと祈りたくなるような光景なのだけど、本人は恥ずかしいようで顔を真っ赤にしてプルプルと震えており、着地と同時にへたり込んでいた。
「ど、どんまい叶さん。あの、かっこいいと思うよ」
「実際、いろいろ便利そうだべ」
「【空渡り】のレベルを上げれば、変わるかもしれません」
「もっと、光るようになる」
「うわぁあああああん」
しばらく叶さんを励ます僕達なのだった。
やったね叶さん。【聖女】の演出がはかどるよ。
真也君の機動力がまた強化されました。高機動高耐久自動回復デバフ撒きタンクとかいう嫌がらせの化身となりつつあります。暇な旅の話ができなかったので、もうちょっとだけ空の旅を書かせてください。
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