第二百十二話:風船鯨からのお礼
仰向けになって、雲一つ無い空をしばらく見上げている。
体もだが、精神的な疲労も中々だ。動きたくはないが、日が差しているとはいえここは空の上。
「……寒い」
「ですね」
「戻るだ」
「だよね。お風呂入りたいよ」
冷たい風に耐え切れず、体を起こすと。
ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオ
景気よく鯨が鳴いた。その口から雲が流れ出る。
「まだ体調悪いのかな?」
「スキルが効いた手ごたえはあったよ。傷は完璧に治したと思うけど」
叶さんが首をかしげていると、ぷかぷかと小さな雲が僕らの前に降りてきた。
ポンっと音がして雲が弾ける。なかからリンゴほどの大きささのクリーム色の球が5つ出てきた。
「なんだこれ?」
「これは……強い魔力を感じます。【風船鯨】のものと同じようですが……」
「とりあえず転がって落ちる前に拾うべ」
トアが拾い上げる。なんか球体のチーズみたいだ。
結構固いようで、牛乳飴にも見える。
(食べる)
「あっ、フクちゃん!」
トアの持っている球の一つに飛び掛かり、小さな牙でガジガジとかじってしまった。
「危ないぞ、変なものだったらペっ、しなさい、ペっ」
僕がそういうと、フクちゃんが女の子の姿になる。
「これ、鯨が食べろって言うの」
「「「えっ」」」
全員が固まる。とりあげず、ファスが手を挙げる。
「フクちゃんは【風船鯨】の言うことがわかるのですか?」
「なんとなく、ガジガジ……ゴックン」
そんなことを言っている間に、フクちゃんは謎の白い球体を食べてしまった。
さて、どうするか……。まぁ面白そうだし。
「二番、吉井いきます」
「ダメです。それなら、奴隷である私たちが食べます」
止められてしまった。
「これが何か船員とかに聞こうよ」
「そうだべな。それに、この球が貴重品なら商人達なら何か知っているかも知れねぇだ」
球をしまって、三階に戻ると、船員達に出迎えられた。びっくりしてフクちゃんは、子蜘蛛状態になってファスのローブに入り込んじゃったけど。
中には涙を流して感謝を叫んでいる人もいる。怖かったもんね。
何とかなってよかった、よかった。
「あ、あなた方は……信じられません……感謝を! なんと言えば良いのか、あぁ、女神よ。奇跡だ」
先程で指示を出していた、男の船員に祈られる。
……どうやら白星教の信者のようだ。というか今回の一件はある意味僕等が乗船したせいであるので罪悪感で胸が痛いぜ。
「えと、まぁ、じゃあ、そういうことで……」
パーティーで顔を見合わせ、立ち去ろうとすると、船員達は膝をついていて祈り始めた。
「聖女様! そこの黒髪の貴方様は聖女さまであらせられますよね? あの神秘の光は間違いなく【女神】の奇跡に間違いありません」
あぁ、やっぱりバレたか。叶さんのスキルの青白い光は通常の回復系のスキル少しと違う。
なので、知っている人には『聖女』とわかるのだ。
こうなると、僕では収集がつかない。本職の聖女様に任せよう。
目線を合わせると、叶さんは大きくため息をついた。
「はい、私は聖女です。しかし、今は女神様の意思を受け立場を隠しています。なので絶対に、私のことは話さないでください。いいですね。あなた方の上司にもですよ」
「それは、できません。【風船鯨】が負傷した……その異常事態を解決したことは、知らさなければなりません」
「であるならば、この人のおかげということにしてください。実際、私達全員でなしたことですので」
グイっと腕を引っ張られ、船員達の前に紹介されてしまう。
「特別A級冒険者……わかりました。聖女様のことは秘匿し、冒険者シンヤ様が率いるパーティーが成し遂げた奇跡と上司には報告します」
「いいよね、真也君? 立場的にはその方が自然だし。ねっ、ファスさん」
「その通りです。私たちは奴隷なのですから」
「わわ、ファス。何言ってんだ」
焦ったが、それほど大きくない声で、さらには船員達の感謝の声もあり、どうやら気づかれなかったようだ。
何度か念を押して、船員達に了承をもらう。
二階に降りると、商人達や冒険者にも迎えられた。
船員とは違い、僕らが何をしたかは詳しくはわからないようだが、僕らのおかげというのは船員の反応から察したようだ。
熱烈な歓迎が落ち着いた後に、ここに来る途中に出会った商人を見つけたので話し合う。
「おぉ、冒険者さん。まさかA級冒険者だったとは、改めて感謝するぜ。っと話かたもかしこまった方がいいか」
「そのままでいいですよ。あの、こちらこそごめんなさい」
「あん?」
まともに目を見ることができない。本当にごめんなさい。
くそぅ、宙野の奴。これまでのことに追加してこの借りは覚えておくからな。
僕が挙動不審になっているを見かねて、ファスが前にでる。
「商人である貴方に聞きたいことがあります。よろしいですか?」
「おっ、いいぜ。なんでも聞いてくれ。俺に答えられることならなんでも話すぜ」
「実は、上で鯨の傷を癒した際に、手に入れた物があるのですが、その正体を知りたいのです。国を股にかける商人ならば、何か知っているかと思いまして」
トアが懐から球を出そうとすると、商人に制止される。
「ちょっと待ちな。ここじゃ人目がある。中で見せてくんな」
テントの中に案内され、改めてトアがクリーム色の球体を取り出した。
「これは……マジか」
商人が目を丸くする。何かを知っているようだ。
すぐに、部下を読んで鑑定紙を持ってこさせた。
「魔物由来の鑑定に使う『鑑定紙』だ」
そう言って、球の鑑定を行う。
「……こいつは『鯨雲香』っつう代物だ。現物を見ることになるとはな」
「どういう物なんですか?」
「【風船鯨】の体内には魔力を含んだ雲が巡っている。その雲の不純物がエライ長い時間をかけて形になったもんだ。噴出した潮に紛れて見つかるもんだが、このデカさは見たことがない。これ一つで白金貨100……いや200枚はいくぜ」
えーと、元居た世界の感覚的に、白金貨1枚が100万ほどだから……2億!?
変な声が出そうになるが、グッと我慢。
「ちなみに、用途は?」
「装飾品が主な用途だな。高純度の魔力を含んでいるから、杖の触媒に使われることもある。権力者が冠に取り付けたって話もあるな。あとは『香』と名がついている通り、錬金術師が『鯨雲香』を削って、香料にすることもあるそうだ。どんな効果があるかは知らないが……噂では権力者の中にはその香料を血眼になって探している奴もいるって話だ」
「食べ物ではないんですか?」
至極真面目に聞いたのだが、次の瞬間商人は大口を開けて笑い始めた。
「ガッハハハハハハ。食い物って、冒険者ぁ、お前この価値を聞いていなかったのか? 白金貨200枚を腹に収めようってのか、こりゃあ笑い話だ。そんな話聞いたことがねぇよ。流石A級冒険者ともなれば、冗談の器もデカいってもんだっ!」
「アハハ……」
すでに一つは食べられたとは言わない方が良いだろう。それこそ冗談ではすまなくなりそうだ。
『鑑定紙』を使わせてしまったので、お代を払おうとしたが、命を救ってくれた礼だと言われ断られた。丁寧にお礼を言って、僕らの個室に戻ってきた。
「それで、どうする?」
目の前には4つの『鯨雲香』が並べられている。これだけで白金貨が800枚とか……。
現実感無いな。しかし、フクちゃん曰く『鯨』は食べろと言っているそうだ。
「私はご主人様に従います」
「オラは食べたいべな。どんな味がするのか興味あるべ」
「私も食べる方向で、フクちゃんが言っているんだし。現状私たちのパーティーはお金に困ってないしね」
メンバー達は概ね食べる方向に意見が固まっているようだ。
(そこそこ、おいしい)
フクちゃんがひょこり飛び出してくる。
「僕も食べてみることにするよ。じゃあ、さっそく」
「まってください。何が起こるかわかりません。先に食べるのは奴隷である私達からです」
「ならせっかくだし、一緒に食べようよ」
「いえ、それでは毒味の意味が……」
ファスは納得できないらしいが、僕だけ後から食べるとか寂しいもんな。
結局全員で一斉に齧ることにした。
「じゃあ、せーの」
ガジリ。
か、固い、無理やり噛みついて、ぼりぼりと齧る。飴みたいな感じだな。
「わ、わたひは、無理かも……」
「私もです」
「オラはいけたべ……ボリボリ」
叶さんとファスは齧れなかったようだ。
トアは食べれたようだ。『鯨雲香』の食感はあまりよくないが、まぁ食べられないこともない。
味はほぼ無くアルコール臭がして、そのあとにガスのような香りが鼻から抜ける。
お世辞にも美味しいとは言えないな。噛んでいるうちに口の中で溶けたので、危険はなさそうではあるか。
「うーん、まぁ、食べれないことはないけど、美味しくはない」
「だべ。特に調理して食べるって感じでもねぇべな」
ファス達は杖で砕いたものをチビチビと食べることにしたようで、時間はかかったが全員が『鯨雲香』を食べることができた。
「それで、どうなったかな?」
「『鑑定紙』で見てみましょう、何かスキルが身についたかもしれません」
なるほど。というわけで【鑑定防止】が掛かっているペンダントを外し、僕に鑑定紙を当ててステータスを確認すると……。
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名前:吉井 真也 (よしい しんや)
性別:男性 年齢:17
クラス▼
【拳士LV.87】
【愚道者LV.75】
スキル▼
【拳士】▼
【拳骨LV.80】【掴むLV.86】【ふんばりLV.84】
【手刀LV.70】【威圧LV.70】【空渡りLV.1】
【呪拳(鈍麻)LV.67】【呪拳(沈黙)Lv.50】【呪拳(浸蝕)Lv.27】
【愚道者】▼
【全武器装備不可LV.∞】【耐性経験値増加LV.68】【クラス・スキル経験値増加LV.62】
【吸呪LV.69】【吸傷LV.72】【自己解呪LV.74】【自己快癒LV.75】
【呼吸法LV.70】【眷属化Lv.12】【白竜の祝福LV.不明】【花竜の加護LV.不明】
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と出てきた。えーと何か違う所は。
「【空渡り】というスキルが新しく出てますね。聞いたことがないスキルです。さらに、ご主人様の魔力が少し強まったような気がします」
「魔力に関しては実感ないよ。スキルの方はどんな効果か気になるな」
試しに皆のステータスも確認したが、全員に【空渡り】のスキルが発現していた。
疑似的なスキルスクロールみたいなものだったのか。
スキルの内容はわからないが、鯨からのお礼はしっかりと受け取れたようだ。
鯨の結石は『龍涎香』といって、香料、漢方に使われるそうです。ちょっと食べてみたいかも。
次回:空渡りの効果と暇な時間。
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