第二百十話:王の雷
たっぷりと空の景色を堪能した後は、空の旅の準備をすることになった。
【風船鯨】に運ばれるゴンドラの内部は意外と暖かい。
錬金術によって、室内の温度が調整されているようだ。
高い金を払うだけあって、その辺のサービスは良いんだな。
室内に目を向けると、他の冒険者達はテントの準備をしているようだ。
「私たちは、専用の部屋を用意させています。まずはそこへ向かいましょう」
「だべな。ちなみにこの二階が居住スペースだべ」
旅のしおりみたいな冊子をファスが読みながら説明してくれる。
いや、僕らも一般の人みたいに説明を受けたかったんだけど、昨日は人さらいで忙しく、トア以外はまともに説明を聞けていないのだ。
「ここは二階なのか、一階かと思っていたよ」
「一階は丸々、着陸のための錬金機械や魔法陣で埋まっているべ。三階が制御室で、普通の客は二階以外は立ち入り禁止だべな。このメインホールは一番安い切符で、各々が自己責任でテント張って泊まる場所だべ」
「高い金を払うと個室があるわけだ。ご飯はどうなるんだ?」
「二階には共有の調理場があるだよ。竈が数台あって、そこで交代で飯を作るだ。火はそこ以外では使用禁止だべ」
なるほどなるほど。ちょっと狭い体育館ほどのこの部屋では、皆割り当てられた場所でテントを張ってとまるわけだ。
「私たちの部屋はどこにあるの?」
「オラ達の部屋は三階だ」
メインホールを後にして階段へ向かうと、船員が立っており、見張りをしているようだ。
冒険者証を出すと、通してくれた。ちなみにマルマーシュ一派の船員は全員【バレノシッポ】の【雲港】で待機してもらっている。彼らは頑張って僕らがどこに行ったかわからないように偽装工作をお願いしているのだ。
僕らの部屋は窓のない場所で、扉には鍵をかけられるようだ。
20畳ほどの広さだが、特に家具が置かれているわけでもなく、流しと竈があるのみだった。
水道は通っているようで、蛇口をひねると綺麗な水がでてきた。ちょっとびっくり。
「わー、どうやって水を出してるんだろ?」
「そりゃ、雲を水に変えているだよ」
「意外とハイテクな建物なんだな」
内装が寂しいが、元の世界と比べても割と快適ではなかろうか。
(いーとー、まきまきー)
さっそく、蜘蛛姿のフクちゃんが至る所に糸を張り巡らせている。
僕自身、これを見ないと落ち着かないな。実際、この糸のおかげで奇襲を受ける可能性は、グッと減るわけだし。
「では、私たちも寝床の準備をしましょう。といっても、テントの中に全て入っているのですが」
「異世界テントは便利で助かるな」
数分でテントを設営し、寝床の準備も完了。さて、ここから何をしようか?
「昨晩、遅くまで動いていたわけだし。休憩すればいいんじゃない? 特に真也君とフクちゃんは、ずっと走り回っていたし」
人を担いで町中を走り回ったからな。しかし、あれしきのことで疲れるほどやわじゃない。
「せっかくの飛行船なのにじっとしているのはもったいないよ。ちょっと中を探検したいかな」
「では、お供します」
「私はちょっと、休憩しようかな。今のうちから船酔いに備えてリジェネをかけておかないと」
(ボクも、いく)
巣を張り終わったフクちゃんが、ファスのローブに入り込む。
三人で部屋を出ようとすると。
ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
「なんだっ!?」
耳をつんざく轟音。大人しくぷかぷかと浮いていた鯨が吠えたのだ。
口に含まれている【水飴雲】がずれて、建物が激しく揺れる。
「……これは、何者かが【風船鯨】に攻撃をしてしまったようです。どこから……下です! あれは……勇者ですっ! ずっと下の方にいます。飛行型の魔物に乗っているようです」
「宙野が? あいつまさか【風船鯨】を殺す気か!?」
なんのつもりだアイツ!?
「させないよ、私が回復させる。屋上へ行こう」
「待つべ。今屋上なんかいったら【風船鯨】の反撃の巻き添えを喰らうだ」
「反撃?」
(クジラ、つよい)
そういえば、フクちゃんは【バレノシッポ】にいた時から警戒していたな。
巨大なこの鯨はどれほど強いんだ?
「ええ、トアのいう通りです。【風船鯨】は伝説では竜王と空の覇権を競ったほどの魔物。例え勇者といえども、その怒りを思い知ることになるはずです」
※※※※※
勇者宙野が【鍛冶の街:クライブルズ】を出発して数日。その間、彼は気が気ではなかった。
こうしている間にも自分の【聖女】が、奴隷として苦しんでいるかもしれない。
それを救えるのは、自分だけだ。そう思い込んでいた。
しかし、運命は無常。後一日という所で、飛行船は【バレノシッポ】を出港してしまう。
遠目より【風船鯨】を見た宙野は、激昂し、顔を真っ赤にしながら、ここぞという場面の為に連れてきていた自身の従魔、王国でも最速の機動力を持つ空を飛ぶ白馬、ペガサスに飛び乗った。
「待つのだ、勇者殿。【竜殺しの鎖】がなければ、意味がないぞっ」
同行していた、白星教会の騎士ルイスが制止しようと手を掴むも、宙野は振りほどく。
「黙れ、役に立たない騎士が俺を止めるな。あの【宴会芸人】を捕まえて、ゆっくり鎖を手に入れればいい。叶を助けるのが先だ」
「しかし、いくら天馬といえども【風船鯨】に追いつくのは無理だ。ただでさえ疲れやすい馬だろう。何もできないぞ」
「……幸い飛行船はこちらに近づくように進路をとっている。先回りはできるはずだ。そして俺には最強の【竜の武具】がある」
腰に下げた剣を抜く。それはダマスカスの紋様が入った白い刀身の剣だった。鞘は赤い革で作られており、まるで生き物のような武器だ。
濡れているような刃の光は、ただそこにあるだけで魔力を放出している。
「やめるんだ。【風船鯨】は攻撃されると――」
ルイスを振り切り、宙野はペガサスを走らせた。
持久力に乏しいペガサスに、ポーションを飲ませながら足が潰れるほどに走らせることで、一瞬【風船鯨】の斜め下数百メートルへ潜り込む。
建物が邪魔で攻撃しにくいが、これ以上は高度が上がらないようだ。
「くそっ、この駄馬がっ。まぁいい、一撃で十分だっ! うぉおおおお【天叫】!」
白い刀身が赤く染まり、炎が噴き出る。建物を直接攻撃すれば叶が危ないかもしれない
鯨を殺して、『ゴンドラ』が落ちる前に叶を助ける。俺は勇者だ、必ずできる。
兵器とも例えられる、勇者の真骨頂。魔術師達から日夜搾り取り、鎧に蓄積させた魔力を使った特大【スキル】の発動。
流星が走るように、豪炎の斬撃が建物をギリギリで躱し、鯨の腹部へと直撃した。
鯨の前進が止まる。血が飛び散るように雲が腹部から漏れ出していた。
ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
「やったっ! 待ってろ叶っ! 今助ける……ヒッ」
鯨が落下する前に、叶を迎えに行く。……事前の考えの通りにペガサスを走らせようとして、宙野は硬直する。
確かに勇者のスキルは強力だった。それ故に彼は空を統べる王者の視界に、入ってしまったのだ。
大砲を突き付けられたような圧力。次の瞬間、【風船鯨】の背中から潮のように何かが噴出した。
それは黒い雷雲。閃光を走らせながら急速に展開されるそれが、何を起こしてしまうのかなど、誰にでもわかる。
「に、逃げるんだ。不味いぞっ、は、早くぅ」
宙野が逃げ出そうとペガサスに指示をだした次の瞬間、音が消え、光が世界を白く塗り潰した。
※※※※※
「ぬわああああああああ」
「きゃあああああああ」
音を遮断するエンチャントがされた耳当て越しに聞いたにも関わらず、恐ろしい爆音だった。
少し収まった今でも、ゴロゴロと雷鳴が轟いている。
しばらく身動きが取れなかったが、雷はどうやら収まったようだ。
しかし、まだ建物は揺れており、どう考えても普通ではない。
「……【風船鯨】は攻撃を受けると、体内から雷雲を噴出して嵐を作り出すのです」
「死ぬかと思っただ」
「落雷の瞬間はしっかりと視えませんでしたが、【勇者】は地面に落下したようです」
(シンダ?)
「いえ、幾層にも防御の魔法陣が展開されていました。おそらく生きているでしょう。無事とは言い難いようですが。……それよりご主人様、大変ですっ! 【風船鯨】の方は傷を負い、体内の雲が噴出しているようです。このままだと……」
「このままだと?」
「落下しますっ!」
……嘘だろ?
というわけで、次回。ミッションインポッシブルです。
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