第二百九話:雲の海を登る
必死の説得の結果、とりあえずマルマーシュ王女の命を受けて僕らの足止めをしようとした船員数名のみを、フクちゃんの【魅了】の支配下に置いた。
一晩かけて【バレノシッポ】の船員達をさらっては【魅了】したおかげで、なんとか僕らの妨害をする船員は、いなくなったはずだ。僕らがこの街に来たという証拠も、消去されることになっている。
これで心置きなく飛行船に乗ることができるわけだ。
従順に働きまわる、アエリオさんをはじめとしたマルマーシュ一派の方々には、申し訳ない気持ちになるけどね。
「きりきりはたらけー」
「「「はい、フク様!」」」
うん。我がパーティーの女王様は、本日も好調のようだ。
「【魅了】系のスキルはマジで怖いな」
「確かに恐ろしいですね。とはいっても、本来はそれほど強力なスキルではないはずです。おそらく、フクちゃんの魔物としての特性が嚙み合った結果と、単純なレベル差の影響だと思います」
「だけど、対策は必須だよね。あっ、これ皆の分のゴーグルだよ」
明日の乗船に必要らしく、叶さんが全員分のゴーグルを配ってくれた。
耳当てや防寒グッズも、ぬかりなく全員準備している。
「幸い、オラたちは旦那様の【耐性経験値増加】の影響を受けているべ。フクちゃんに【魅了】かけてもらって、経験値を貯めていくのがいいと思うだ」
「賛成。毎朝のトレーニングメニューに入れてもいいと思う」
精神にもトレーニングは必要だと実感するね。
なにはともあれ、僕らがこの街に来ていることは、多分他の貴族達にもバレているだろう。
なんとか、追手が来る前に飛行船に乗れればよいのだけれど……。
出発後の時間稼ぎはアエリオさんに任せているが、【魅了】が効いている間だけだし、何らかの方法で状態を回復されることだってあるはずだ。
いっそ、ここで待ち伏せして追手を迎撃することも考えたが、そうなると【ニグナウーズ】へ行くことが難しくなる。
ファスの出生と【竜の後継】の謎を解くためには、なんとしても今回訪れる飛行船に乗る必要があるのだ。
うーん、なんかもやもやするが、今は明日の乗船の為に準備をしよう。
僕らが準備を済ませ部屋から出ると、一般客たちの荷物チェックも終わったようだ。それなら各々解散するのかと思いきや、そのまま部屋でくつろいでいる。
船員達は、バタバタといろいろ準備をしている。何人かが屋上へ向かっているのが気になるな。
「旦那様、行ってみるべ。『ゴンドラ』の準備が始まるだよ」
「行ってみましょうご主人様」
屋上へ移動するも、何もない。ただ白い広場があるだけだ。
「なぁ、ファス。いったいどうやってあの鯨を飛行船として利用するんだ?」
「言ってもよろしいのですか?」
「ダメ、真也君も考えようよ」
「そうだな……巨大な魔法陣、は無いか。いっそ鯨に飲まれるとか」
「ピノキオみたいだね」
今から木材を組み合わせて作るとか? うーん、しっくりこないな。
考えていると、建物の外側から何かがせり上がってきた。
巨大な大型弩弓がいくつもついている。しかし、発射される矢の先は鏃ではない。
代わりにスイカくらいの大きさの玉がついており、そして太いロープが巻き付いている。
「矢の一本一本が人間の身長より大きいね。あの先についている球ってなんなのかな?」
「このあたりの高濃度の魔力を含んだ『水飴雲』が、濃縮された状態で入っています。【風船鯨】の大好物です」
「……嫌な予感がする」
「ワクワクしてきたよっ!」
ロープはもちろん、この白い建物そのものに固定されているわけだし……。
まさか『ゴンドラ』って……。
バシュウウウウウウウウウ
バリスタから巨大な矢が発射されると、ロープはピンと伸び、矢の先の玉から視界を覆うほどの雲が湧いて出た。建物の至る所からロープ付きの矢が発射される。矢は落ちることなく、雲を広げ続けていた。
翌日、昼。
ブォオオオオオオオオオオオ
地鳴りのような轟音。それは紛れもなく咆哮だった。ただただ巨大な生き物が、ゆっくりと、否、大きすぎてゆっくりと見えているだけだ。実際には高速で移動している。
100mはあるだろう巨体が、雲の海を突き抜け、山々を飛び越えようとしている。
雲海そのものが渦巻き、流動し、躍動している。
マントを着た船員が、真っ赤な旗を振った。
「合図です。【風船鯨】が来ますよ」
「おいおい、こっち来てるぞ。だ、大丈夫だよな」
「……流石にちょっと怖いべな」
(あいつ、つよい。ちょこっと食べたい)
「わわ、ジャンプしたよ。わぁスゴっ!?」
僕らが建物の中から、景色を見ていると、【風船鯨】が雲海から跳躍し、建物の真上に広がっている【水飴雲】に向けて大口を開けた。他の冒険者や商人達が歓声を上げる。
グンとロープに力が伝わる。どういう原理か【水飴雲】はロープから離れず、雲を呑む鯨に咥えられたまま引っ張られる。
少しずつ、建物が浮かび上がる。
これが『ゴンドラ』。この白い砦のような建物自体が、乗り物だったのだ。
雲海の魔力を食べた鯨が、さらに上へ登っていく。何十トンとある石材でできた建物が、グングンと持ち上げられ、ついには完全に山から離れ、空に浮かび上がった。
「いや、怖すぎだろっ!」
「アハハハハ、すごい景色」
「【風船鯨】は、世界各地の雲海の魔力を含んだ雲を食べて回っているのです。一つの場所の雲を食べたら、次の場所へ行きます。その性質を利用して、魔力を含みながら粘度のある【水飴雲】を食べさせることで、丈夫な建物ごと移動するのが『飛行船』というわけです」
「だからって、建物ごと移動するってのはどうなんだよ。これ着陸は大丈夫だよな?」
正直、落とされたら一巻の終わりだぞ。
「大丈夫です……多分」
「多分っ!?」
「私はこれ好きだな。全然酔わないし。寒いけど、こんな景色みたことないよ。ほら真也君、見てみてよ」
叶さんが指さした窓の外は、白い雲と山々が悠然と広がっていた。
『青』空という言葉では表現できないほどに、真っ青な空がどこまでも広がっていて、開いた口が塞がらない。
横を見ると、ファスもトアも一心に景色を見ていて、その頬は上気していた。
あぁ、どうしようもなくワクワクしてしまう。
爺ちゃん、異世界って凄いよ。
いよいよ、エルフの国、ニグナウーズへ突入します。
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