閑話13:メイド姫の狂気
【鍛冶の街:クレイブルズ】。複数のダンジョンを抱え、数多の優れた武具を生み出す魔力を孕んだ鉱石を産出する鉱山の街である。
貴重な鉱石はダンジョンから取れる。それを目当てに、この街には冒険者と鍛冶職人が集い、結果として、腕自慢が競い合う土壌ができていた。
日頃から、槌の音と喧噪で賑わう場所であったが、ここ数日の盛り上がりは過去に類を見ないほどだった。
その理由は、ダンジョンの攻略が異常な速度で進み、恩恵として貴重なダンジョン産の素材が街に溢れたからである。
騒ぎの中心にいる、青い鎧を着こんだ『勇者:宙野 翔太』は、注目の的だった。
『キャー! ソラノ様ー!』
青い鎧を揺らし、優し気な笑みを浮かべ、手を振り歓声に応える様は、さながら男性アイドルのよう。
その後ろに続く、転移者達と国が選りすぐった魔術師達、彼ら勇者一行は、わずか数日にして、この街のダンジョンで成果をあげていた。
毎夜のように行われる、貴族達が催す祝宴が終わり。転移者達がいる部屋では金貨が積み上げられている。
「おーい、翔太。見て見ろ、貴族共からの寄付金が山のようだ。女もこれから寄越してくれるそうだ。つまんでいくか?」
「処女ならな。【契約】系のスキル持ちで縛り上げろ」
「へっへ、お前いい趣味してんよな」
クレイブルズで最も高価なホテル。気温の高いこの街でも快適に過ごせるように、温度調整が施されている最高級の部屋で、宙野が集めた【転移者】達は、酒池肉林を楽しんでいた。
「それより、依頼した調査結果はどうなった?」
「そこに置いているぜ」
そう言って茶髪は酒をあおり、乱痴気騒ぎに合流する。
その様子をみながら翔太は椅子に座り、異世界の文字で書かれた書類をめくる。
やはり、この街に叶はいないようだ。自分達は一杯食わされたらしい。
「……クソッ、アナスタシアめ」
思い出されるのは、忌々しい砂漠での出来事だった。
※※※※※
聖女を追って、砂漠の歓楽街【グランドマロ】に着いたはいいが、目当ての叶の姿は無かった。
復興に湧く歓楽街をすぐに出ようとするも、勇者一行に名を売り込もうとする貴族や商人に掴まってしまった。
それは別に良い。自分は選ばれた存在なので、仕様のないことだ。
宙野に屈辱を与えたのは、第三王女:アナスタシアとの面会だった。
砂漠船で見た活版刷りには、吉井 真也の姿があった。認めたくはないが、叶とあの【宴会芸人】が一緒にいる可能性は高い。
であるならば、この街を支配するアナスタシアに話を聞き、あわよくば協力を取り付けたかった。
その胸の内には、暗い欲望もあった。
宙野が第二王女のマルマーシュに援助されており、さらにはその命で転移者達を差し向けアナスタシアを殺そうと手を回した。
このことをアナスタシアは知らない。と宙野は思っていた。
それに加え、勇者のスキルには【カリスマ】という、周囲を惹きつける効果を持つものがある。上手くいけば、自分の男の魅力で第三王女を手中に納めれるかも、そうなれば、王女は自身を殺そうとした男を、間抜けにも愛してしまうということになる。
それはそれで面白いシナリオだ。直接の面識はないが、もし容姿が良いのであれば寝屋を共にしてもいいだろう。
叶を逃がしてしまったストレスを、自身の下卑た妄想に変え宙野は面会へ繰り出したのだが――。
「俺は【勇者】宙野 翔太だ。第三王女アナスタシア様に面会を願いたい」
「申し訳ありません。現在、アナスタシア様は非常に多忙でして……」
自信満々にアナスタシアが居を構える屋敷に行くも、まさかの門前払い。
聞けば、復興ために面会の予定は数日埋まっているという。
【勇者】である自分との面会を断るとは何事だ。肥大した自尊心を持つ翔太とその一行は、騒ぎ立てようとするが、吉井の行き先がわからない現状で、この街で騒ぎを起こすわけにはいけば先行きが不安になると思いとどまる。
数日カジノで遊び、ようやく訪れた面会の日。最低限の戦力になる【転移者】を二人ほど連れて屋敷に行き、案内されて、ようやくアナスタシアに会うことができた。
黄色のドレスに身を包み、装飾を施された玉座に座る少女は息を呑むほどに美しく、何よりも気品があった。年齢は自分達とそれほど変わらず、可愛らしいという印象を受けるが、その出で立ちが年齢以上の艶やかさを演出しており、上級階級の人間であることに疑問を持たせぬ説得力があった。噂では、第三王女は王族とは思えないほどの破天荒な人物だと聞いていたが、神輿に担がれている第二王女よりも様になっているではないか。
宙野は一瞬圧倒されるも、すぐに表情を作り直し、貴族に習った礼をする。
「勇者様お会いできて嬉しいですわ。ここは王城ではありません。どうぞおくつろぎください」
王女が合図をするとすぐに椅子が運ばれ、使用人が部屋から出て行った。
「助かりますアナスタシア様。此度のご活躍、街では持ちきりでした」
「ウフフ……お恥ずかしい限りです。お転婆だとお思いでしょう?」
白い指が口元を隠す仕草の一つ一つに色気を持たせ、それが下品とは決してならない気品。
単純な談笑ですら、圧倒されてしまう。
「あ……い、いいえ。民の為に立ち上がった姿、高貴な者の務めを成されたのだと思います。聞けば賊に狙われてこの街に身を潜めていたとか、私がいればそのようなもの達からアナスタシアを守れたものを……」
「あら、それは残念なことです」
ほほ笑むアナスタシアに、宙野は手ごたえを感じる。
数日この街を回ったが、かなりの金が動いているのは明らかだ。マルマーシュから乗り換えることはしないが、せっかくなら吉井か叶の情報を得るついでに、いくらか援助してもらうのも良いだろう。
何より、叶ほどではないが、この女なら俺が持つのに十分な価値がある。
一方、対面するアナスタシアは、ハラワタが煮えくり返る思いだった。
自分を罠に嵌めて追放したのが、第二王女のマルマーシュ。そのマルマーシュに命を受けた宙野が手を回して【転移者】を使って命を狙ったことなど、とうの昔に知っていた。
アナスタシアは、自慢の鉄面皮が壊れることを心配するほどの怒りを押し殺す。
……よくもぬけぬけと。この場でセテカーに命じてぶっ飛ばしてやろうかしら。
そうは思っていても、今の彼女はまだ力を蓄えている最中。中央への自分の勢力に働きかけることも満足にならない。ここで勇者と敵対することは得策ではない。たとえそれが、間接的に自分の命を狙ったくせに、口説いてくるようなクソ男だとしても。
しかし、多少の意趣返しはさせてもらおう。自分のご主人様を使って。
「――そこで、アナスタシア様にもお力を貸していただきたく」
「申し訳ありません、勇者様。私、すでに信頼のおける【転移者】の支援をしておりますの」
「な、それは。誰ですか?」
「ネリネストお姉様は聖女様の思想に共感し、マルマーシュお姉様は勇者様に多額の出資をしているとか。私も此度のことで、信頼のおける【転移者】ができましたの」
「俺は【勇者】です。第一王女様にだって支援していただいておりますし、特定の方に肩入れなどしておりません。しかし、その考えは今日覆りました。貴女を前にしてです。誰だか知りませんが【転移者】を求めているなら、俺を選ぶべきです」
アナスタシアは質問の答えを焦らし、冷や汗をかく勇者を眺める。
まさかこのクソ勇者、本当に私が気づいていないと思っているのだろうか?
おおかた【カリスマ】や【話術】のスキルを持っていて【魅了】系のスキルで判断を誤ることを期待しているのでしょうけど。
「わかっております。まさか【勇者】様が、そのようなことをするなんてありませんものね。しかし、私は弱い立場。信頼のおける人が必要ですの」
「でしたら俺がなります。貴方の剣に」
「いいえ、私こそが剣なのです。シンヤ ヨシイのね」
その名前が出た瞬間に、宙野の顔が真っ赤に染まる。
ここに来て、またアイツの名前が出てくる。叶、エルフ、そして第三王女まで、奴が俺から奪ったのか。
「仮にも王族が、誰かの剣などと、国家の沽券に関わりますっ! このことは王都に報告します!」
「ウフフ、私が王都でどのような噂を流されているかは知っているでしょう? 弱い立場ですから、私、今身軽なんですの」
「……吉井ィ! どこまで俺の邪魔をするんだっ!」
連れて来た他の【転移者】は、【契約】系のスキルを持っている。この場で、この女を自分の物にしてやる!
激昂した宙野が、懐に隠したアイテムボックスに手を伸ばそうとした瞬間。
氷柱で刺されたかのような、寒気が全身を襲う。
それまで、誰もいなかったはずの広間。それが明らかに手練れと分かるの冒険者が数人、砂塵の擬態を解いて現れた。
負ける気はしないが……もし戦闘になってしまったら、一人でも逃がすと自分たちの立場がなくなる。
宙野は歯を食いしばり、アイテムボックスに伸ばした手を引っ込める。
「勇者様、お話できて良かったですわ」
「……光栄です。アナスタシア第三王女」
この場では何もなかった。お互いそうするしかないのだ。しかし、二人の表情の差が内実を物語っていた。
結局、宙野は敗北感を抱えたまま、偽の情報を買わされクレイブルズに行くことになる。
※※※※※
勇者が屋敷を出た後、ヒットがアナスタシアの後ろで伸びをする。
「うーん。ちょっと緊張したわね。まさかこの場で武器を抜こうとするなんて」
「別に私は戦闘になってもよかったけどね。セテカーお茶を頂戴」
執事服を着た蠢く砂塵が慇懃に礼をし、お茶の準備をする光景を見て、ヒットはため息をついた。
「この場で勇者を刺激する必要はないでしょうに」
「だって、腹が立ったんだもの。あっ、ギルマス。勇者達にはシンヤがクレイブルズに行ったという誤情報をそれとなく掴ませといて。勿論、一番遅い船に乗せてあげてね」
「この街の情報屋達は抱き込んでいるわ。問題ないはずよ。それよりも、『私こそが剣』なんて随分熱いお言葉ね」
恋愛話に飛びつく学生のようにヒットがアナスタシアを冷やかすと、アナスタシアは猛禽を連想させる獰猛な笑みを浮かべ、ドレスをはだけさせ背中を露出させた。
その背に浮かんでいるモノを見て、ヒットは驚愕した。
「噓でしょ。アナちゃん貴女……」
その背には竜の羽と爪のようなデザインの紋章が浮かんでいる。
それはすなわち真也の【奴隷紋】だった。
砂漠での戦いの際。デルモに囚われ、強制的な【契約】により聖女と共に街の穢れに利用される可能性があった以上、アナスタシアは保険を仕込んでいた。
誰かのものになる前に、自分の信頼する人間のモノになる。文字通り自分の全てをベットした夜のことを思い出すと、胸の奥が甘く痺れる。
協力した紬以外の全ての人間の眼を欺き、奴隷の枠に滑り込んだ。
「ニヒヒッ……こう見えて私ってば、尽くす性質なの。病的なほどにね」
メイド姫のその笑みを、今はまだ真也は知らない。
真也君逃げて、超逃げて。
宙野視点と言ったな、あれは(以下略)
というわけで、実はヤバイことをしている王女様でした。大丈夫か真也君?
すみません。書かないといけない部分までいけませんでした。なのでもう一話だけ、宙野君の閑話が入るかもしれません。
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