第百九十四話:穏やかな誓い
花畑の中心に突き刺さる、一本の真っ白な美しい槍。
地上の噴水を透過した光の筋が、舞台上のようにその場所を照らしている。
「この槍は【ダンジョントレジャー】ではないのですか?」
「……今は違う。元々はその槍こそが【ダンジョンマスター】であり【ダンジョントレジャー】であった。この地を花畑にし、魔物を鎮静化した。ある時、酔狂な【転移者】が現れ、この街の秘密を守る為に【恋人の街】という虚言を吹いて回った。花びらと嘘は時と共に積み重なり、今や真実となった。母の夢は現実となったのだ。そして槍は、その役目を終えた。いつしか、ただの守り手であったワシが、役目を手渡され【ダンジョンマスター】となっていた。【ダンジョントレジャー】はワシが倒された時に、新に現れるだろう」
「では、この槍はただここに刺さっているだけということですか?」
叶さんが手を挙げて質問をする。
「そうではない。抜け殻ではあるが、今もダンジョンとは繋がっている。持ち出すためにはダンジョンを破壊するしかないだろう。すなわち……ワシを殺し、ダンジョンを攻略することだ」
言わんとしていることがわかってきた。ダンジョンに繋がっている槍を手に入れる為には、ダンジョンを壊す必要がある。
幸い、槍を壊しても、すでにダンジョンに与える影響は少ないわけだ。
花竜がこちらを見る。試すでもなく、興味深げに僕の答えを待っているようだ。
「槍を壊しても、この街がダンジョンとわかれば【転移者】が来るかも知れません」
「……それならば、戦うだけよ」
竜の力を与えられたと言っていたし、確かに強いのだろうけど、心配だ。
「真也君、それならいい方法があるよ。真也君にとってマイナスかもしれないけど」
叶さんが、正座のまま槍を指さす。
「あれを、真也君が手に入れたことにすればいいんだよ。アナスタシア姫経由で貴族に偽の情報を流して、真也君がこの街を離れれば……」
「狙いは僕になって、この街から【転移者】の興味は薄れるか。槍がここにあることを知っている黒幕にもよるけど、例えば、黒幕が転移者だった場合、スキルかなんかで槍が壊れたことはバレないかな?」
「うーん。ずっと考えてたんだけど、博物館からわざわざ街のヒントを得ようとしたってことは、それほど精度が高くない情報源だったと思うんだよね。さっき、守り神様が言った『ダンジョントレジャーを感じ取る』って、ジョブであれば【巫女】とか【占い師】系の上位職。そうでなければ、過去の【転移者】の情報から推測したとか。どちらにせよ、アナスタシア姫なら真実のように偽の情報を拡散できるんじゃないかな」
「私は反対です。これ以上ご主人様が、危険を犯す必要はありません。カナエの案は勇者の他の【転移者】までご主人様を狙うということになりかねません」
「オラは旦那様に任せるだ」
「マスター、だいじょぶ。ダレが来てもボクがコロスから」
……叶さんの考えは、かなり良い考えだと思う。
正直、僕の心は決まっているのだけどファスの心配も尤もだ。
悩んでいると花竜が口を開いた。
「【転移者】よ、槍の力は強大だ。この場でワシを殺し、持ち去ることもできようぞ」
えっ、今更それ訊いてくるのか。
「考えもしませんでした。貴方こそ、自分の母と仰ぐ白竜を人に殺されたのに、この街を守っている」
「ワシは母の夢を壊したくはなかった」
「なら、僕もです。ここが誰かの夢ならば……もう壊れるのは見たくありません」
「ご主人様……」
小さな教会で静かに愛した人と暮らすことを夢見た、偉大な聖騎士を思い出す。
ラッチモの悪夢はこの手で砕いた。
そのことに後悔はない。だけど、もし、守れるならば……守りたかった。
「槍は壊します。力は一歩一歩踏みしめて、皆と一緒に手に入れればいい。だから、いいよな? ファス」
「……はい、私達は必ず強くなります」
心穏やかに誓う。きっと過去にここを訪れた【転移者】もこの街を守りたかったのだ。
その人で良かった。
僕等もここに来たのが僕達で良かったと、次に訪れる【転移者】に思ってもらいたい。
シュルルと音がした。それが花竜から聞こえると気づいたのは数秒後。
その表情は岩の様に表情は変わっていないが……もしかしたら、笑っているのかもしれない。
僕だけが花竜と槍の前に立つ。他の皆は一歩下がって様子を見てもらっている。
「じゃあ、壊すけど……そもそも壊れるのかこれ?」
「……貴様なら壊せる」
とのこと、【転移者】ならいけるってことか?
取りあえず、一発横面打ちを入れてみる。
ビンッ、と音が響く。固いものをゴムのハンマーで殴ったような音。
槍は……微動だにしなかった。
「固いな」
なら次は全力で行こう。距離を取り、体内の魔力に意識を集中する。
「『ハラワタ打ち』!!」
一足の間合いで撃ちだすのは【拳骨】【掴む】【ふんばり】を合わせた、内部破壊の打撃。
「痛ッ!」
拳を押さえる。炸裂させた衝撃を抑えきれず、骨にヒビが入った。
うぉお、痛い。この世界に来て骨折なんて何度も経験したけど痛いもんは痛い。
【自己回癒】のスキルのおかげでヒビ程度なら数分で治るけど。
「大丈夫?【星涙癒光】」
数分どころか一瞬で治ったわ。流石叶さん【聖女】は伊達じゃない。
「ありがとう、治ったよ。槍はそのままか」
「相変わらず。早すぎでしょ……」
渾身の一撃を打ち込んだはずなのに、槍の方はヒビどころか傷一つ無い。
一発の拳で砕けないなら、百発の拳で砕くのみ。
「叶さん。リジュネよろしく」
「まったく……【星涙纏光】。頑張ってね」
青白い光が体に染み込み、星と涙の文様が浮かび上がる。
よしっ。とりあえず、色々やってみるか。
息を整え呼吸力(合気道における力の練り方)を整える。
「シッ!」
ギースさん直伝の剣の型を連続で槍に当てる。【手刀】を発動させながら、止まることなく切り続けた。
……一時間、三時間、五時間、上から差し込む光が徐々に弱くなり、ついには月の光が差し込み始めた。
全身汗まみれで、休まず攻撃を当て続ける。
しかし、槍は壊れず遂には僕が膝をついた。
「はぁ……はぁ。懐かしいな。昔はこんな風に稽古してたっけ」
疲れた時に思い出すのは、ギースさんからつけてもらった稽古。
骨が折れるまで叩かれ、動けなくなるまで重りを背負って走り続けた。
壁が壊れるまで殴り、相手の剣が曲がるほどに防ぎ続けた。
途中なんどか皆が交代を申し出てくれたが、僕が続けたくて一人で続けていた。
「ご主人様、私の【息吹】を使いましょう」
「……わかった」
見かねたファスが【息吹】の使用を提案してきた。流石に心配かけすぎだ。
上段に構える。【呼吸】のスキルでファスと息を合わせる。
「ガァアアアアアアアアアア!」
ファスから特大の黒い炎弾が吐き出される。
「『竜の鉤爪』ッ!」
振り下ろされる手刀に合わせて【掴む】ことで加速させ、凝縮した炎弾を叩きつける。
炸裂した炎弾によって僕自身も盛大に吹っ飛ばされる。
両腕は手甲のおかげでどうにか無事のようだ。
炎が薄らぎ、その先にある槍は……変わらずそこに刺さっていた。
ちなみに花も燃えているけど、花竜が言うにはすぐに生えてくるそうです。
「……よき一撃であった」
花竜からお褒めの言葉があったけど、槍は全然無事なんだよなぁ。
「今のでもダメなの……」
「丈夫にもほどがあるべ。本当に壊せるんだか……」
「もうちょいかなー」
「「「えっ」」」
フクちゃんの一言に、皆が反応する。花竜は無言で見ているだけだけど。
どういうことかと聞いてみると。
「なおるからー。ずっと、攻撃して、バーンって、しないとダメー」
「フム……いままでの攻撃で疲労は蓄積されておる。いかに槍とて、回復には限界がある」
とのこと。つまりこの槍、自動で直るらしいので、連続して攻撃を当て続け最後にデカい一撃で破壊すればいいらしい。
「おっけ、連撃ね。やってやるぜ。ファス、準備よろしく」
「いつでもどうぞ」
集中……。
乳酸が全身に回っているのを感じる。痛みが血に溶けていく。
思考が静かになって、無駄が無くなる。
「シッ!」
手刀から、左フック、周りながら肘打ち。反動を利用して距離を取る。
ハラワタ打ち。からその衝撃を逃さず、今度は【掴む】で握り潰す。
「オォオオオオオオオオオ」
万力を込め、握り続ける。腕の筋肉がプチプチと断裂していくが、構わず続けると。
ビキリッ
骨を伝う音。僕の骨が折れた音じゃない。
槍の芯にヒビが入った音だ。
「ファスッ!!」
「ガァアアアアアアアアアアアア!!」
吐き出されるのは真っ白な炎。
広げた両手に、炎を【掴む】ことで纏わせる。
「『竜の双翼』ッ!」
両腕に炸裂する炎を推進力に変え、翼のように広げながら槍に左右の拳を叩きこむ。
掴んだ炎は広がり、衝撃と共に槍を燃やしていった。
「グッ……いっけえええええええ」
ミシッ……バキッ。と言う音とともに槍が砕け、炎に焼かれ塵になっていく。
「見事……それでこそ……母の意思を継ぐ者」
消えていく槍を見ながら、花竜が何かを呟くが僕には聞こえない。
ただ、キラキラと粒子になる槍の姿が美しいと、見とれていたのだった。
あと、やっぱり手が火傷&骨折したので、痛くてそれどころではなかった。
吉井君、骨折しすぎて色々麻痺してそうですね。
アマウント編もあとわずか(というか長すぎ……)ですよろしくお願いします。
ブックマーク&評価ありがとうございます。更新が捗るのでどうか、ポチって頂けると嬉しいです。
感想&ご指摘あれば嬉しいです。いつも助かっています。感想がモチベーションです。






