第百九十三話:守り神の昔話
「わぁああああああああ」
花びらが視界を塞ぎ、上も下も彩色に埋め尽くされる。
自分達が、落ちているのか登っているのかも、わからない。
唐突に浮遊感が消えて、グンと下に引かれる。
「着地します、【重力域】」
「わかった。皆、掴まれっ!」
抱きかかえたファスが重さを軽減し、なんとか無事に地面に降りた。
「あはは、面白かったよ」
「ボクもー」
「普通に、怖かっただ。それにしても……なんつー匂いだべ」
周囲を見ると、一面の花畑が広がっている。
ドーム状の大きな部屋だった。天井から降る光が、揺らぎなが中心に注がれている。
「ご主人様。ここは……噴水の下のようです。そして……」
ファスの視線が部屋の中央に向く。そこには降り注ぐ光を受ける、真っ白な槍が刺さっていた。
「行ってみよう」
「はい」
「待って、【星光鱗】【星守歌】。一応バフを撒いとくよ」
叶さんから青白い光の粒子が飛ばされる。
ギチギチと手甲を締め、トアもアイテムボックスから斧を取り出した。
「オラが行くだ。旦那様は下がっているだ」
「いや、前衛は僕だ」
有無を言わさず前へ出る。【自己回復】があり、防御力に自信のある僕以上に適任はいないだろう。
恐る恐る、槍の近くまで進む。
それは、綺麗な槍だった。
柄も、刃も、装飾も純白で、柄には植物の蔓を思わせる装飾が施されている。
刃(穂)の形は諸刃で、細身であるのに全く心細さを感じない。
花畑の中心に刺さるそれは、武器と言うよりはご神体に近い。祈りたくなるような荘厳な代物だった。
「これが【竜の武具】……」
『左様、我が母の躯より作られたものだ』
くぐもった声、一体どこから。
「足元だべっ!」「マスター、下」
トアとフクちゃんの注意を受け、皆が一斉に飛び退く。
むくりと花畑が盛り上がり、鹿のそれに似た二本の角と、花を背負う体が現れる。
「歓迎する、今代の転移者よ。この場所に人が訪れるのは幾年月ぶりか……」
音を聞いた限りでは、聞き取れそうにない、太い声だった。まるで大地の地響きのような、そんな声だ。
歓迎するって言っているし、敵対する気はないようだ。というか喋れるのか。
「皆、武器をしまってくれ」
とりあえず、刺激しないようにしよう。
パーティーを見ると、僕に任せてくれるようだ。
一歩進み、守り神の前で正座をする。
礼儀なんてわからないけど、相手は『神』だ。日本式にはなるが、ちゃんとした態度でいかないとな。
「この街の守り神様とお見受けします。話があって参りました、転移者の吉井 真也と申します。粗忽者ゆえ、失礼もあるかと思いますが、ご容赦のほど願います」
座礼をする。毎日道場で繰り返した一礼だ。僕にとっては最も失礼のない所作だが、冷や汗がでるな。ちなみに言葉遣いは爺ちゃんがよく見ていた時代劇を真似ています。
あっているかは知らん。後ろでは、フクちゃん以外が、僕に習って正座で礼をしていた。
「……母より『花竜』を名乗ることを許されておる。転移者よ、魔物の前で頭を下げるのは、今後慎むべきだな。ワシが黒竜の眷属ならば、そのまま頭を潰している」
その言葉が、頭を上げる様に促しているのだと気づくまで数瞬かかった。
頭を上げて、今一度目の前の守り神を見てみる。蛇というより手足の無い蜥蜴のような体躯。
それに体の上半分は花が覆っており、間から見える地肌は白い。
僅かに見える眼は細く、瞳孔は山羊の様に横長だった。
巨大な口があり、小さくギザギザの歯が何層にも並んでいる。
「いくつか、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「良いぞ」
フクちゃんもそうだけど、ブレることなく真っすぐにこっちを見てくる。
なんでか、気の良いお年寄りのような親しみやすさを感じた。
ナノウさんの雰囲気に似ているのかもしれない。
「この街はダンジョンで間違いないでしょうか?」
「そうである」
「ならば、そこにある【竜の武具】はダンジョントレジャーですか?」
「ふぅむ。まぁそうなるだろうな」
やっぱりか。後ろで、叶さんの興奮している息遣いが聞こえる。
多分、質問したくてウズウズしていることだろう。
でも、まずはここへ来た目的を果たすべだ。
「危機が迫っています。僕等はそれを伝えに――」
「【竜の武具】を狙い、他の【転移者】が来るのであろう?」
先に言われ、言葉に詰まる。
「わかっていたことだ……」
「えと、僕等は、この街を守りたいと思っています。何かできることは無いでしょうか?」
盗賊ギルドに殴り込みに行くとか、偽の情報をばら撒くとか。
うーん、やっぱりどれも決め手に欠けるなぁ。
「……ヨシイと言ったか。それと……後ろの者達も、名を名乗ってくれぬか」
「桜木 叶ですっ」
元気に叶さんが答えた。もうワックワクって感じだった。
流石というか何と言うか、完全に異世界のイベントを楽しんでいるようだ。
「私が、一番ですよ。ファスと申します」
ファスがフードを脱いで名乗る。
「トアと申しますだ」
「フクだよー。おじいちゃん」
「……なんと、奇妙な……数奇な……」
モゴモゴと口を動かし、花竜が沈黙する。
たっぷりと間を開けて、再びその口が開かれた。
「前に来た転移者は、よく口が回っていた。此度はワシが紡ごう」
「何をですか?」
「昔話よ。楽にして聞け、ワシに人の礼儀はわからぬ」
なんか、雰囲気が軽くなったな。一応僕は正座の状態でも問題ないけど、叶さんやトアは足を崩していた。
そして、花竜の口から、この街の歴史が語られた。
――かつて、一匹の魔物がいた。名も無い脆弱な魔物だった。
その魔物は竜が治める土地に住んでいた。
【白竜姫フォルマット】。かつて人と竜が共にあった時、人々からそう呼ばれたという、それはそれは美しい竜だった。
鳥のような羽を持ち、吐く息炎は空をどこまでも白く染めたという。
翼ある竜達を束ねる竜王の一柱であり、星の女神に愛されていた。
フォルマットが住む土地では魔物は大人しく、人が住むことは許されないが、礼節を守るものには通行を許可したという。
名も無い脆弱な魔物は、どうしてか白竜姫に気に入られていた。彼女は知恵のある魔物を集めて、話をするのが好きだった。彼女は自分の周りに集まる魔物達を『我が子』と称し眷属たちと同様に扱った。
白竜姫の周りに集まる魔物は、竜の魔力を受け体が大きくなり、竜の力の一端が宿った。
翼ある竜以外にも力を与えた竜王は、白竜姫のみだったという。
か弱かった一匹の魔物も、大きな体と魔力を持つようになり、竜でないにも関わらず【花竜】の名前を与えられた。
ある時、戦争があった。星の女神を喰らわんとした、それはそれは恐ろしい悪魔がいた。
女神の力を宿した勇者と聖女、そして【竜の友】であった賢者が竜王と協力し、悪魔を封じ込めた。
そして、竜王は人々に裏切られ、その命を奪われる。翼ある竜達は一匹残らず、殺されてしまう。
それはそれは、悲しいことだった。
そして、竜王の躯はバラバラにされ、小人族によって【竜の武具】として転移者の手に渡ることになる。
人々の裏切りに怒り狂った竜の眷属達は、必死に【竜の武具】を取り返そうとしたが、【竜の武具】を持った転移者には到底かなわず、そのほとんどが竜達の後を追うことになった。
しかし、奇跡的に一振りの【竜の武具】を取り返すことができた。
それが、この場にある槍だった。
【竜の武具】を取り返した【花竜】は、それを取り返そうとする者達から必死に逃げた。
巨大な身体を何度も引き千切り、懸命に逃げた。
そうして行きついた山間の土地では……戦争で住む場所を失った人間と魔物が戦っていた。
魔力が豊富だったこの土地を棲家にしようと【花竜】は考えた。
「そして、ワシはこの槍を、この土地の魔力が集中するこの場所に刺した」
花竜が一旦口を閉じる。【三大竜王戦争】の話だったが、実際に当時を知る存在から話を聞くとまた、違った印象がある。
「話を聞くと、貴方は人間を恨んでいるような印象を受けました。しかし、この街は今、魔物と人が共存しています」
「……ワシがこの槍を地脈へと刺した時、母は大地を呪うだろうと考えた。人に、友に、裏切られた母は、人と魔物が争うこの地で、より争いを求めると思ったのだ。しかし、そうはならなかった。魔力は地脈に染み込み、辺りをダンジョンへと変えた。そこでは花が咲き乱れ、人と魔物は争いを止めた……母は、人に裏切られてなお、人と争うことを選ぶことはなかったのだ。ここは母が見た夢の一端。ワシは己の恨みを鎮め、人に接した。いつしかワシがダンジョンマスターとなり、母の槍がダンジョントレジャーとなった」
「私も質問したいです」
叶さんが手を上げる。花竜は頷き、促した。
「えっと、ここがダンジョンであると、街の人は知らないのですか?」
「かつては周知の事実であったが、ダンジョントレジャーを感じ取る【転移者】がここを嗅ぎつけ、ワシを殺し、槍を奪おうとした。それを止めたのも【転移者】だった。その者の意見でこの街がダンジョンであることは秘匿し、記録も消された」
なるほど、博物館から資料が消えたのは、焚書扱いだったからではなく、街の秘密を守る為か。
「この場所を示すようなヒントがあったのはどうしてだべ? 時計台に噴水、完全に隠すなら無いほうがいいんでねぇか?」
「ダンジョンであることを隠すのは、この街と国の者だけだ。【転移者】を誤魔化すことはできん。ならばいっそ、後世の【転移者】の為にと、前の転移者が手掛かりをあえて残したのだ。心優しきものがここに辿り着けるようにと」
「話にあった、賢者を【竜の友】と呼んだのは、どういうことですか?」
ファスも質問をする。確かに、それ気になってた。
「……竜王達が唯一、心を開いていた人間が、エルフの賢者だった。それ以上は知らぬ」
【竜殺し】と呼ばれた賢者が、友と呼ばれていたという。どうして賢者は竜を裏切ったんだ?
そして、それはファスとどう関係があるのだろうか。
「ふむ、疲れたな……話し過ぎた。吉井よ、力になりたいと言ったな」
「はい、僕にできることがあるなら」
何ができるわからないけど。
「ならば、この槍を……壊してはくれぬか」
「えっ?」
花畑の中に、僕の間抜けな声が響いた。
うーん、こういう長い説明を書くと不安になります。わかりにくくなければよいのですが。
ブックマーク&評価ありがとうございます。嬉しくて、更新がはかどります。
感想&ご指摘いつも助かります。一言でも良いので感想がもらえると嬉しいです。






