第百九十二話:花びらの小道
やっぱりそうだよな。ってことは、どういうことになる?
「つまり、何代か前の……それこそ『ちょんまげ』の時代の転移者がこの街に来たってことだよ、真也君」
頬を上気させ、目をキラキラさせて叶さんが興奮しながら説明してくれた。
「それから何百年か経って、また守り神の所に行こうとしている勢力がいるってのは、偶然じゃないかもな。【ダンジョン】か【ダンジョントレジャー】を見つけることができる【ジョブ】持ちの転移者がいるのかもしれない」
「となると、黒幕は転移者の可能性が強いよねっ! もしくは、地脈の魔力が溜まる時期が関係しているのかも。必ずこの符合には意味があるよ」
「あのー、説明を求めます。二人だけで話すのはズルいです。私が一番奴隷ですよ。ねぇフクちゃん?」
「ボクは、ちょんまげ、わかるよ」
「私だけなのですか!?」
ショックを受けるファスに、トアが説明してくれた髪型が元の世界で昔に視られていたものだと説明する。もちろんトアにも【念話】で話した。
「うーん、この場所では特にわかりそうな場所はないね。次の場所に行こうか。でもあの場所、何かあるのかなぁ?」
「最後は時計塔か。ここ数日で何度も行っているけど、何にも無かったように僕は思うけど」
ことあるごとに訪れたが、僕にはおかしな部分はわからなかった。ファスならわかるんだろうか?
「私も行きましたが、特に何かあるという印象はありません。この場所がダンジョンの一部なら、きっと攻略法があるとは思いますが、ただ文字盤に行くのも不安ですね」
ありゃ、ファスでもわからなかったのか。いよいよどうすればいいのかわかんないぞ。
昔の転移者は守り神の場所まで行けたのだろうか?
(今、旦那様の所へ向かっているべ。館長が言うには、もしかしたら例の花山羊の置物がいるんじゃねぇかって。目録の中に置物の絵があったから持って行くべ)
トアがこっちへ向かっているらしい。僕等も移動して、ほどなく合流した。
汗を飛ばしながら、トアが全身を大きく使った独特な走法でやってくる。
かっこいい走り方なんだよなぁ。
「待たせたべ旦那様」
「ご苦労様トア。疲労を引き受けようか」
「こんなん、疲れたうちに入らねぇべ。むしろ後ろの二人の方が疲れてんじゃねぇか?」
「……わたし、男子に抱き上げられるのって、もう少しロマンチックかと思っていたよ」
「樽のように抱えられるだけですからね……叶、もう一度回復を……なんか新しい扉が開きそうです」
「たのしそうだった」
時間が無いので、また僕が両肩に抱えて走ったのでグロッキーになっていた。フクちゃんは子蜘蛛状態にならず、今回は追走してくれました。
「まぁ、お疲れ様だべ。そいで、これがその置物の絵だべ。館長がちょっと書き足してくれたから大分見やすいはずだ」
そこに描かれていたのは……流線形の形に二本の棒が刺されたような、到底花山羊の姿に見えない珍妙な置物だった。
「これは……山羊には見えませんね」
「前衛的だね。素材はなんなんだろう?」
「なんでも、おかしな髪型の人が作った陶器製の置物らしいだ。博物館に展示していたけんど、借金に困った職員がこっそり売り払っちゃったらしいだ」
「見つけるのは無理そうだね……」
フクちゃん以外の面子が、途方に暮れているなか、僕は変な引っ掛かりを感じていた。
なんかどこかで似たようなものを見たような……。えーと……。
『へぇ、これ可愛いわね。多分カエルね』
『確かに可愛いね千早ちゃん。でもこれ猫じゃない?』
『それどう見てもナメクジじゃないか?』
…………。
「あっ!!」
唐突に大声を上げた、僕に皆の視線が集まる。
「その置物、見たことある」
「「「えっ?」」」
「運命、だねー」
というわけで、小清水と日野さんとのデートで見つけた置物を探してメインストリートの店を回る。
流石に店の位置は大まかにしか覚えていない。
人の視線が集まるような気がして、どうしてか思っていたら、皆がファス達を見ているようだ。
まぁ、ファスはフードに顔布をしているのだけど、フクちゃん、トア、叶さんもちょっとびっくりするレベルの容姿をしているし、確かに目立つよなぁ。
あんまり目立つのもあれなので、早く見つけようと草原の中からでも一本の薬草を探しだせることで有名な(僕の中で)ファスに、周囲を探してもらう。
「ファス、どうだ?」
「もうちょっと、お待ちください……ありました」
ファスさんによる。圧倒的眼力で陶器の店を見つけ、四人で駆け込むとそこにまだ置物はあった。
すぐに、店員さん所へ持って行く。
「これください」
「あぁ、それですか。それは売り物じゃあないんです」
エプロンをつけた人の好さそうなお兄さんが、困ったように笑う。
「えと、どうしても欲しいんですけど、駄目ですか?」
「先代からの言葉でして。この置物は売り物ではなく、飾って興味ある人には手に取らせてあげなさい。とのことなんです。是非、よく見てあげてください」
手に取らせてあげる? 無言で今一度、置物を見る。
博物館の目録では『花山羊の置物』だった。確かに、この二本の突起が山羊の角のようではある。
デフォルメしていると捉えることもできるが、今見ると印象違う。
「これさ、花山羊じゃなくて、守り神の置物なんじゃないか?」
「私もそう思う、隠すためにあえて違うモチーフの置物として保存していたんじゃないかな?」
「でも、これを見てもどうすればいいのかわかんねぇべ」
「マスター、下。これってなにー?」
背の低いフクちゃんが、置物の底を指さす。
ひっくり返してみると、崩した筆書きの日本語が書かれていた。
『花の集まる所にて候ふ』
僕等しか読めない文字。そしてこのキーワード。
王子様のように見えて、実は誰よりも女子に憧れる紬さんのことが思い出される。
「花の集まる場所? どこだろ?」
「二人には読めるのですね。ファニービーの花畑ではないでしょうか?」
「もう一回館長に聞いてみるだか?」
「マスター、顔が赤いよ?」
フクちゃんが、ジッとこっちを見ている。まぁ、なんていうか。
「この街って、本当に恋人の街なんだなって……どこに行けばいいか、多分わかったよ」
ハテナマークを浮かべるメンバーを先導して、時計塔の元へ行く。
今日も快晴のアマウントは、山肌をなぞる風が花びらを吹き上げていく。
ファスの【重力域】で、ファス本人と叶さんを軽くして【掴む】と、【ふんばり】を使い時計塔を登っていく。トアとフクちゃんは協力して、二人で登れるようだ。
屋根に上ると、吹き上げる花びらの光景に皆圧倒されていた。
「……すごい、確かにここは花の集まる場所ですね。ご主人様はどうしてこの場所を?」
「ノーコメントで」
「絶対、他の子とデートで来た場所だよね。千早ちゃんがこういう場所を選ぶとは思えないし、紬かな? やるなぁ」
「だべな」
「ずるーい」
……こういう時どうするかわかんないので、とりあえずこの場所を調べることに。
時計塔の図面では文字盤の裏に、守り神が描かれていたけど……。
文字盤には変わったところはない。
「ファス、何かわかるか?」
「……ええと、すみません。わかりません。確かに魔力の流れはあるのですが……」
「ここからは、アイデアの勝負だよね」
「図面には、文字盤の裏に描かれていたべ。中から見ればいいじゃねぇか?」
「どうやって入るかなぁ」
「点検用の入り口があるようです」
時計塔の裏側の壁に引き下ろすタイプの梯子と、格子状の扉が置かれていた。
南京錠がかかっていたが、力づくで壊す。
中に入ると、中はいくつもの歯車がかみ合い回転している。
「壮観だな。綺麗だ」
「すごいね。こういうのドキドキする。【光玉】」
叶さんが光の珠を浮かべるも、それも必要ないくらいに内部は良く見える。
どうやら、文字盤から光が透けているようだ。
そして、外側からはわからないようになっていたが、内側から見れば、光に透けた文字盤の裏には、何かが描かれていた。
「やっと、神様を見つけられたな」
「近づきましょう」
ファスを抱きかかえながら文字盤の裏まで移動する。叶さんはトアがオンブしている。
フクちゃんの糸も使いながら文字盤の裏に立つと、そこに描かれていたのは、後ろ姿だった。
背中に花々を背負う二本角の守り神が、街を見守っていた。
「綺麗だべな」
「人間ってすごいねー」
「ちょっと、あそこに穴があるよ。目線みたい、守り神は何を見ているんだろう?」
「私が見てみます。えっと高いですね」
「僕に乗ればいいよ。靴脱がなくてもいいぞ」
「あの、私は奴隷……」
「緊急事態だから。よし、さっさと乗ってくれ」
守り神の目線らしき穴はやや高く、文字盤の裏にあるわずかな足場に乗った僕の肩にファスが立ち、その穴に目線を合わせた。
斜めに注ぐ光の中に立つファスが、フードを脱いで文字盤に手を当て、静かに穴をのぞき込み、守り神の目線と合わせる。
「何か見えるか?」
「……街が良く見えます。しかし、なにか変わったことは……」
「ヒントがあるはずだ。『花の集まる場所』は見える?」
「あつまる場所ですか、確かに花びらは舞っていますが……。待ってください。……あぁ、なるほど、わかりました。ご主人様、降ろしてください。外へ戻りましょう」
時計台の中から出て、正面に戻る。
屋根の縁に立ち、ファスがクルリとこちらに振り返った。
「ご主人様、私を抱きかかえてもらえますか?」
「もちろん」
首に手を回してくるファスを、お姫様だっこする。
「入口はあそこです」
僕の腕の中でファスが指さすその先には何もない。ただ花びらが舞うだけだ。
「あの花びらは本物ではありません。他の花びらと風に舞う動きが違うのです」
目を凝らして観察すると、集まる花びらの中に動きが不自然な場所がある。
距離にして、屋根から三メートルほど。ちょっと怖いな。
「よし、行くぞ」
「ちょっと待つだよ」
とと、……トアに止められ振り返ると、フクちゃん、トア、叶さんが、ジト目になっていた。
「あー、トアとフクちゃんは自分で大丈夫だな。叶さんは僕に掴まって……」
「はやいものがちー」
フクちゃんが僕に抱き着いてくる。
「オラも、ちょっと不安だなー」
トアが僕に体を寄せる。いや、絶対普通に跳べるでしょ。
「じゃあ、ファスさん【重力域】よろしく。私はこっちだね」
「ちょ、流石にこの人数は無理だって。動けないよ」
「……【重力域】。仕方ないですよ、ご主人様。私達を背負ってください」
上目遣いで想い人にそう言われ、できないなんて言える男がいるだろうか?
「やってやらぁああああああああ!!」
全員を抱え、花びらの道に飛び込む。花びらで視界が狭まったかと思うと、よく知った浮遊感が体を包み込んだ。
というわけで、次回:守り神との邂逅です。この街の秘密が明らかになるはずです。
ちなみに、この章のデートはファス以外は全員ダイスで順番を決めています。
それにも関わらず、最初のデートの紬さんとの舞台である時計台の屋根が、この街最後の舞台の入り口になるのは面白いです。
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