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【コミック&書籍発売中!!】奴隷に鍛えられる異世界生活【2800万pv突破!】  作者: 路地裏の茶屋
第七章:恋人の街編【向き合う心と穏やかな誓い】

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第百八十七話:言葉では足りなくて(ファス⑤)

※※※ファス視点※※※


「よしっ。行こうファス」


 頬を叩いたご主人様は、気合の入った眼で私を見た後、やっぱり少し照れたようにそっぽを向いたのでした。


 私は、その手を掴み一緒に歩き始めました。

 夜のアマウントは静かに、それでいて情熱的に彩られていきます。

 錬金術なのでしょうか、街灯がともっており、歩くのには困りません。

 

「何か食べたいものとかある?」


「そうですね……昼が控えめだったので、しっかり食べたいです」


 お腹が減っています。最近は食べても食べても、お腹が減ります。

 まるで、これまで呪いのせいで食べれなかった分を取り返すようです。


「そうか、ハハハっ」


 ご主人様は時々変な間で笑うのです。

 あるいは私が変わっているのかもしれません。

 しかし牢屋での夜や、闘技場での涙を知っているから、ご主人様の笑顔は愛おしいのです。

 

「なぜ、笑っているのですか?」


「僕もお腹が減っていたから、それと……やっぱ、ご飯はしっかり食べないとな」


「ええ、ご飯は大事です」


「そうだな」


 しばしの沈黙、道の縁では詩人が詩を歌っています。


『触れられない、視えないモノ


 想いは月夜を超えて

 白銀の糸を伸ばす


 例え、どこへ行こうとも

 例え、離れようとも


 竜を封じる鎖よりも強く

 女神の祝福よりも尊い


 悪魔の囁きは意味すら持たず

 試練は真実のみを示す

 

 言葉にすれば夜に溶け

 手を伸ばせば逃げていく


 運命はおぼろげ

 

 さりとて、そこにあるもの

 信じるに値するもの』


 詩人の手に持った弦楽器が、柔らかく響いています。

 二人で顔を見合わせて、歌をのんびりと聞きました。

 歌い終わり礼をした吟遊詩人に拍手を送ります。

 観光が盛んなこの街では、昼は道化師、夜は詩人が現れるのですね。


 街の様子を観察しながらメインストリートまで戻ると、たくさんの飲食店が軒を連ねています。

 ご主人様は、周囲を見渡し迷っているようです。


「さて、この辺が狙い目だと思うんだよな」


「よい香りがしますね。しかし、お店がたくさんあって迷います……」


「うーん。なるべく雰囲気の良い店がいいよな。街歩きの格好だし、あんまりちゃんとした店は難しいか……どうすればいいんだ」

 

「時間はありますので、ゆっくり探しましょう」


 ご主人様はちょっと力が入っているようです。

 結局私の【精霊眼】を使いながら、ほどよく話す余裕のありそうな雰囲気のお店に入りました。

 外装は上品ですし、他の高級そうなお店よりシンプルで、雰囲気を二人とも気に入ったのです。


「そういえば、僕ってこういうお店初めてなんだけど、マナーとかってあるのかな?」


「それはありますが、大丈夫です。そこまで厳しそうではありませんし、一応私はアナスタシア姫から、一通りのマナーを教えてもらっています。任せてください、ご主人様に恥はかかせません」


「そんなことまで習っていたのか、わかった任せるよ。こっそり色々教えてくれ」


「かしこまりました」


 これは、砂漠での特訓が役に立ちそうです。

 頑張りますよ。

 

「いらっしゃいませ」


 案内人が迎えてくれました。

 ここは奴隷として、立ち振舞いましょう。

 繋いでいた手を解きます。

 アナスタシア姫の教えでは、こういった店のマナーは男性が席について尋ね、案内は女性が先に歩くのですが、奴隷である場合はその限りではないのです。


「席は空いていますか?」


 私が尋ね、ご主人様の所有物であることを示す為に、やや体をご主人様の方に向け、一歩退きます。

 案内人は少し驚いた顔をしました。あれ? アナスタシア姫の教えではこれが奴隷の作法のはずですが?


「お客様、大変申し訳ないのですが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 案内人がご主人様に質問しました。ええと、こういうパターンは習っていません。


「はい、お金ですか。服装ですか? やっぱりこういうお店って予約がいりますよね?」


 断られると思ったご主人様が肩を落とします。


「いえいえ、お連れの方についてです。この方は貴方様にとって大切な方とお見受けいたしますが……お間違えないでしょうか?」


「その通りです。僕の一番大切な人です、それが何か?」


 ご、ご主人様。何をさらっといっているのですか!? 

 普段、変な所で照れるのにこういう時はなんで言い切れるのですか!?

 うぅ、ちゃんと奴隷としてのマナーを守ろうとしたのに……。


「失礼いたしました。この老いぼれの眼が、曇っていないかを確認させていただきました。ささ、席までご案内しましょう。恋人達の夜は早く過ぎるものです」

 

 案内された席は、広く他の席との間仕切りもありゆっくりとできそうでした。

 先にテーブルに案内されてしまいます。これは奴隷の扱いではありませんが、案内人もご主人様もそれが普通という様子です。


「こういう店。ちょっと憧れてたんだよなぁ」


「……私も、まさかこういう店を訪れるとは思いませんでした。ご主人様は私の人生を変えてくださいました」


「……変えられたのは僕もだよ」


 その言葉に返答しようとすると、店員が現れました。手にはリストを持っています。

 ええと、確か食前にお酒を勧める人が来ると習いましたっけ。


「お客様、お食事前。グラスの蜜酒はいかかでしょう?」


「お願いします。ファスはどうする?」


「ええと、私は奴隷ですので……」


「今日は、そういうの無しで、多分だけどさっきの案内人さんもそうしてくれたよな?」


 言われてしまいました。私なんかがご主人様の恋人役でよいのでしょうか?

 しかし、うぅ、頬がにやけてしまいそうです。


「では、いただきます」


 努めて、冷静に蜜酒を注文することにしましょう。

 すぐにグラスに入った蜜酒が運ばれてきました。

 慣れた手つきで店員が注いでいきます。


「こういう時って乾杯ってするのか?」


「グラスを合わせないで、目線の位置に掲げるらしいです」


 ご主人様がぎこちなく、グラスを掲げ私も合わせます。

 こういうのは照れ臭いようで、ご主人様は目線を逸らしていました。

 とはいっても、始めの料理が運ばれるころにはすっかり二人とも緊張が解け、これまでの旅を振り返ります。


「――一緒に星を視てさ」


「……あの時は本当に心配したんですよ」


「やっぱり、連携技は増やしたいよな。名前とか考えて」


「私も、やりたいことが……」


「トアの料理が――」


「元の世界ではカナエとどんなことを――」


 話題は尽きることなく、あっという間に料理を平らげ食後のお茶を飲みました。

 アナスタシア姫から教わったマナーでは……。

 なんか、もうマナーとか今日はどうでもいい気がしてきました。


「ご主人様、この後私が席を立ちます。そうすると、店員が会計をするために訪れるので支払いをしてください」


「えっ、そんなシステムなの? わかった、任せてくれ」


 というわけで、席を立つと、席を案内してくれた案内人がご主人様の所へ向かっています。

 二人が離れるのを見てから、席に戻りました。

 

「本当に会計が来てびっくりしたよ。難しいんだな、マナーって。でも確かに女性の前で明細とか確認するの気を遣う人もいるよな。よくできてる」


「ご主人様の世界とは違うのでしょうか?」


「どうなんだろ? わかんないな。学生だったし、外食なんて近所のうどん屋くらいだ」


「うどん? もっとご主人様の世界ことを知りたいです」


「いいぞ、今度叶さんも交えて色々話すよ」


「フフっ、楽しみです」


 店を出ると、二人とも無言になりました。

 しかし、気まずいということはなく、どこかソワソワとしたこそばゆい感覚なのです。

 何も言わず歩き、恋人が夜を過ごす宿に着きました。チェックインして部屋に入ります。

 えと、部屋にはすでにお湯が用意されているので、身体を拭きましょうか。

 服を脱ごうとすると、ご主人様が肩に手を置いて制止しました。


「その前に、ちゃんと言いたいことがあるんだ」


「?……なんでしょうか?」


 いつになく真剣な表情です。居住まいを正し、ご主人様に向き直ります。

 なぜでしょう? 何を言われるのか先にわかってしまいます。


「せっかくのデートだからさ、伝えたいと思っていたんだけど。洒落た方法とか上手い言葉とか思つかなかった」


「はい」


「君が好きだ」


「私もです」


「だから……ゴメン。これからも君を傷つけるかもしれない」


 ご主人様が深く頭を下げる。

 言い訳もない、ただ謝るだけ。この人は不器用にもほどがある。

 異世界だから、転移者だから、相手から迫って来たから。

 免罪符はいくらでもあっただろうに、それでも私以外の女性も大事にしたことを謝っている。

 そもそも、私達が望んだことであるのに。


「私が一番奴隷です」


 だけど、今夜はその不器用さに甘えさせてもらいましょう。

 ここは恋人たちの街なのだから。


「うん」


「フクちゃんがご主人様のお役に立っているのが羨ましかったです。トアの胸が大きいのが妬ましいです。叶としかわからない話題があるのが寂しいです」


「うん」


「許しません。しかし、私は情けにすがりたくはありません。ご主人様、顔を上げてください」


 不安そうに顔を上げる少年は、本当に……ずるい人なのだ。

 その胸元に耳元に唇を寄せる。


「ずっと前から心に決めていました。この世界でも貴方が元いた世界だろうと、私は貴方の傍にいます。愛しています。私が何であろうとも、ご主人さまが誰であろうとも、私達はきっと皆同じ気持ちです。だからこそ……絶対に譲りません。皆が全力で競って、協力して……私達は貴方を許しません。だから今日は……私だけを……んっ」


 言葉なんて、足りません。

 この想いの前では……それでも伝わって欲しいから、ただ唇を重ねるのでしょう。


「……ぷはっ、ファス……あの牢屋で僕は君に助けられたんだ。君が生きたいと言ってくれたから、僕も自分の気持ちに向き合う覚悟ができた。ありがとう、僕はもっと強くなる。勇者とか竜とかよくわかんないけど、絶対強くなるから、傍にいてくれ。ずっとこの気持ちを伝えたかった」


 ご主人様は泣いていました。なぜか私も涙がでます。

 色んな気持ちが溢れるのです。


「はい、私を離さないでください。もし、離れたら、怒りますからね」


 本当は不安だったのです。私が何者なのか、エルフの国に行くと何かが変わるような気がして……きっとそれは間違いではないのかもしれません。

 だから、この街でご主人様との絆を確かめたかった……。

 

 ずるいのは私も同じなのです。


 だけど、勇者も竜も魔王も、この夜には敵わないでしょう。

 お婆さん、私は今一度誓います。他の誰にも負けない為に、私は、私達はもっと強くなります。

 何があろうとも、ご主人様の傍にいる為に。

これでファスとのデートが終わりです。

次回、この街の秘密?


ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションがあがります。

感想&ご指摘いつも助かっています。励みになります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでて恥ずかしくなってきました。タスケテクレー 「私は、私達はもっと強くなります。」は次話の冒頭に出てくるアレがですか?とか邪推したり。やだぁ(ご満悦)
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