第二十話:宴会芸ができる程度の能力
「ご主人様、見てください。帝都が見えましたよ!!」
一体どういう原理なのかほとんど揺れない馬車(竜車)の窓から身を乗り出したファスに言われて、確認してみると、朝日に照らされた白い城壁が目に入る。
「……城塞都市だ」
まずその大きさに驚いた、15メートルはあるだろうか? そんな巨大な城壁とバカみたいにでかい城門。そしてその中へ入ろうと手続きをしているのか、商人をはじめとする人々が列をなしている。
城壁の周りは舗装された道路があり、よく見れば水路のようなものもあった。
あまりに大きくて城壁がどこまで続くか確認できない、塔の数も尋常じゃない、そもそもこれは城塞都市なのか、実はこの都市の向こう側は城壁がないのかも?
近づくと城壁は二重になっているようだ。こんなバカでかい城壁が二重だとかとんでもない。
うわー、テンション上がる。感想がまとまらない。
(オッキーイ)
「そうだなフクちゃん、いやぁいいもん見た。異世界には来るもんだわ」
大きい建物はいつだって男心をくすぐるのだ。ワクワクしながら城塞都市を見ていると、馬に乗った騎士達が近寄ってくる。ギースさんとその部下の騎士達だ。
「すげぇだろ? あれがラポーネ国の帝都『ブランカセントロ』だ」
「おはようございます。あの城壁は都市全体を覆っているんですか?」
「そうだグルっと都市全体を覆っている。7万人ほどの人間が住んでいる世界最大の城塞都市だ。しかも臭くない」
「はい? 臭い?」
「城塞都市ってのは総じて不潔だったりするんだが、ほとんどの区画は魔術による清掃が徹底されていてな、水も綺麗だ。衛生的な城塞都市ってわけだ。すげぇだろ?」
なるほど、確かに衛生的ってのはそれだけですごいことだよな。この世界は魔術があるからそれを使って都市を維持しているのだろう。
あぁ観光したい。
「――おい、聞いているのか?」
「はい? 聞いてませんでした」
「まったく、脱出のことはすまなかった。まさか伯爵が直接来るとはな、あのボンボンは竜車の中でソヴィン相手に怒鳴りまくってたぜ」
どうやら、脱出計画が失敗したことを謝りに来てくれたようだ、この人はなんだかんだ律儀なんだよな。
「気にしないでください。おかげでこんな面白いものが見れたんですから」
「『ブランカセントロを見ずして死ぬな』という言葉があるくらいだからな。それとソヴィンとアグーがなにやら怪しい動きをしているぞ、気を付けておけよ。それだけだ」
そう言って、ギースさんは竜車(竜車で名前はあってたらしい)を離れた。
「怪しい動きですか……警戒したほうがよさそうですね」
(ケイカイ、ガンバル)
頭にフクちゃんを乗せたファスが顔を出してきた。
「とにかく、まずは観光だ。一にも二にも観光だ。あっ、でもお金がないなぁ」
「私、帝都の図書館に行ってみたかったんです」
そんな話をしながら帝都に思いをよせていると、並んでいる商人たちをしり目に竜車は二重の城門を越えて都市の中に入っていった。顔パスなのか、手続きがあるのかと思って身構えて損した。
そのまま、竜車はメインストリートと思われる通りを通ってこれまたバカでっかい屋敷についた。
そこからは有無を言わさず伯爵とその使用人に案内され、僧侶のような恰好をした医者の前に連れていかれた。全身を観察され(【鑑定防止のネックレス】は装備しています)回復魔術と思われるものをしこたま受けて。薬を飲まされた。
結局観光どころではなく、治療の気疲れでへとへとになりながら、案内された部屋に行くと、ファスが待っていてくれた。
「大丈夫ですか? えーと、さきほどあの赤毛のメイドがやってきて。説明されたのですが――」
説明によれば、どうやら明日ある転移者達の顔みせ前に今夜、城で夜会があるらしい。贅を尽くした料理が出るのでぜひ参加してほしいとのこと、うーん。
「どう思う? 僕としてはなるべく他の転移者には会いたくないんだよなぁ」
「行かないというのは難しいと思います。もちろんご主人様が強く言えばそれも通るでしょうが、コスト領からはご主人様しか召喚できていないとメイドが言っていました。ご主人様が夜会に出席しないということは伯爵にとって大きなマイナスでしょう」
「伯爵の反感を買うようなことは控えたほうがいいか」
「オークデンのこともありますから。……すみません、私も貴族の世界には疎くて間違ったことを言っているかもしれません」
「そんなこと言ったら僕なんて世界からして違うからな。ファスの意見には助けられてるよ。できればファスも連れていけたら心強いのだけど」
「それは……」
「呪いのこともあるし難しいか。わかった、一人で行くよ」
(ボクモイクー)
フクちゃんがファスの胸元から飛びでてきた。羨ましいぞこのヤロウ。
「そうです、フクちゃんは連れて行ったほうがよいかと思います」
そりゃフクちゃんがいてくれれば心強いが。現状、戦闘技能を持っていないファスを一人きりにするのも不安だ。
「ダメだ。フクちゃんにはファスを守ってもらう。呪いのこともあるがエルフってのも問題だ」
「それでご主人様が危険な事態になってしまっては目も当てられません」
「悪いけどここは譲れないな。僕なら大丈夫だ。少なくとも回避と逃げ足だけなら自信がある」
そりゃもう死ぬほど走ったからな。
その後も少し、言いあいになったが最後にはファスは折れてくれた。フクちゃんもおとなしく言うことを聞いてくれるようだ。
そして夜、用意された動きにくい燕尾服によく似た服を渡されそれに着替えると、今度は馬車で城まで案内された。
「まさに天守閣だな」
いや洋風の城なんだけどね。いかにもお城の、これまたいかにもな広間に案内されると、騒ぎ声が聞こえる。
すでに夜会は始まっているようだ。バイキング方式らしく各々好きなように食べ物をよそっている。
さて、異世界に来て初めての僕以外の転移者をみるわけだが、うぅ緊張してきた。
近づいて観察すると、なんか見たことあるようなないような顔がちらほらある。もしかしなくても同じ学校で同じ学年の生徒だ。
……話しかけづらい、そもそもクラス違うから名前知らないし。仕方がないので様子をみることにしよう。
香辛料の効いたローストビーフを食べながら観察する。
モグモグ、どうやら転移者ってのは僕と同じ高校の同じ学年の人間らしい、いったいどういう法則なのか知らないがモグモグ……。
旨いなこのローストビーフ!! なんだこれ、すごい柔らかい! あのスープもおいしそう。米もあるじゃん!! 何かよくわからない動物の丸焼きにフルーツの盛り合わせまである。あぁ思えば一カ月ぶりのまともの食事だ。なんか泣いてしまいそうだ。ファスやフクちゃんにも食べさせたいな。
観察なんかそっちのけでバイキングの料理を制覇しようと皿を持った僕の肩がチョンチョンとつつかれる。
「あー!! やっぱり吉井君だー!!」
「へっ? 桜木さん?」
そこには、図書館のアイドル(僕が言ってるだけです)の桜木 叶が上品なドレス姿で声をあげていた。
「モグモグ、まさか桜木さんまでモグモグ、こっち来ていたなんて」
「吉井君。食べるのか、喋るのかどっちかにしようよ……」
モグモグ、モグモグ、モグモグ、モグモグ。
「喋ろうよ!! なんで食べるほう優先させたの!?」
そんなこと言われたって、こっちは毒入り豆スープ以外は薄ーい干し肉と固いパンだけで生きてきたのだ。食事を優先させたい気持ちもわかってほしい。
「ごめんごめん。まともな食事はこっちに来て初めてだったんだよ」
「えっ、どういうこと?」
「いろいろあってね、桜木さんはどうしてたの?」
「私? 多分皆と同じだと思うけど。あの日帰り道の途中で急に世界が回って、気が付いたらこっちの世界に来てたの。そしたら目の前に神官の人がいて聖女だーって大声あげて。本当にびっくりしたよ」
今、僕がびっくりしてます。聖女ってのは考えるまでもなく【クラス】だろう。名前からして重要そうなクラスだ。
「僕も似たような……まぁ最初の数分は同じような扱いだったはず」
そこからは雲泥の差なわけだどね、まあフクちゃんやファスに会えたしそう悪いもんでもないか。
「ねぇ、吉井君。大丈夫? 私でよかったら相談に乗るよ」
下から見上げるように桜木さんが寄ってくる。正直あんまり言いたくないけど、ここで見栄を張るのもカッコ悪いよなぁ。
「……僕の【クラス】はそれほど強くないっていうか、呼び出した人曰く、話にならないほど使えない【クラス】らしくってね」
僕がそう言うと。桜木さんは僕の腕を掴んできた。引き寄せられる。桜木さん、距離が近くないですか?というか泣いてる?
「ね、もしよかったら私のところに来ない? 白星教会っていうんだけど、それなりに大きな組織だからきっと吉井君の面倒も見てくれるはずだよ、私これでも聖女って呼ばれてるし」
「いや、さすがにそこまでしてもらうのは悪いよ」
「そんなことないよ。……吉井君、あの日。吉井君が転校するって聞いて私本当に悲しかったの。どうしてかわかる?」
いやいや、待って。そんなバカな!! この僕にこんな青春じみた事態が舞い込んでくるとは思わなかった。
いやしかし桜木さんはこれで結構天然だし、もしかすると『そういう』答え以外になにか理由があるのかも。
頭に熱が集まって思考が進まない。
どうする? どう答えたら? よく考えろ、桜木さんは強い意志を宿した瞳をこちらに向けてくる。
いやでも僕にはファスが。
混乱しながらなんとか言葉を紡ごうとすると。
「おい! 何をしてる!」
不意に怒鳴られる。振り返ると、背が高くすらりとした茶髪のイケメンが憤怒の形相で迫ってきていた。誰かと思えば同じクラスの、えーと、名前なんだっけ?
「大丈夫か叶」
茶髪は僕と桜木さんの間に割って入った。どうやら僕が桜木さんに詰め寄っているように見えたらしい。
「あれ、翔太君。急にどうしたの? 私、今吉井君と大事な話を……」
きょとんとしている桜木さんを無視してズイっと前に出てくる。勘弁してくれよ。
「【勇者】の宙野 翔太だ。叶とは幼馴染だ。君は?」
しかも勇者かよ。聖女に勇者とか主人公とヒロインみたいだな。だとすると僕はモブか悪役か。
「学校で同じクラスだったと思うんだけど、吉井 真也だ」
「能力の方の【クラス】は?」
あっ、ずるい。自分【勇者】なのにそんなこと聞くなよ。
「言いたくないな。【勇者】なんてクラスと比べるべくもないしね」
「翔太君。あのね吉井君はね、その、あんまり、【クラス】が……」
あぁさっそく桜木さんが気を使ってる。やっぱり【クラス】のことは言わないほうが良かったかなぁ。
「……叶。大臣が俺とお前に用事があるらしい。一緒に行こう」
そう言って、茶髪、えーと宙野が桜木さんの腕を掴もうとするが、スラリと躱される。
「えー、せっかく吉井君に会えたんだからもう少しお話ししたいかな」
桜木さん? あなたそんなに察しが悪い人でしたっけ? 火に油注ぐのは勘弁してほしいのだけど、そう思ってみると、桜木さんからのアイコンタクトがきた。行きたくないってことか。
なんか、面倒くさいことになっているようだ。
仕方ない一肌脱ぐか。
「あー、桜木さん? さっき話してた僕の【クラス】の技を見せるよ」
「技?」
「何言ってんだ、叶。明日のことで話があるんだ」
「まぁまぁ、勇者さんも見ていきなよ。とっておきの宴会芸だからさ」
【回復泡】のおかげでケガや疲労が早く治りその分空いた時間でひっそりと練習していたある技を披露しよう。
「スゴーイ!! ナニソレー!!」
前に歩きながら後ろに下がる、膝をくねらせながら横に進む。
そう、これが牢屋で僕が暇つぶしに練習していた『なんちゃってムーンウォーク』だ、【ふんばり】による運足の応用というか稽古に飽きてふざけてやったらフクちゃんにウケたので、練習していたのだ。
「気持ち悪ーい!! アハハハハ」
上半身の動きと合わせてウニョウニョと動く、他の奴らも興味を持ったのか「もっとやれー」「なんだあれ」「きもいぞー」「いいぞ、ヨシイー」とかヤジが飛んできた。同じクラスの人間もいたのか、好感触だ。よし次のネタに移るか。
「続きましてはー、水お手玉。いきまーす」
そう言って、ワインの入ったグラスをもってひっくり返す。空いてる手で【掴む】とまるでゼリーを持っているように水を掴むことができる。そのまま別のグラスから同じ要領でワインを掴んでお手玉をする。
オォーとどよめきが起きる。さらに【ふんばり】を使ってリンボーダンスのような体勢をとりながらお手玉を続ける。拍手が起きた。まぁこれもファスに言われて行なった魔力操作の鍛錬なんだけどな。
フィニッシュにワインをグラスに戻してポーズをとる。拍手がパラパラと起きる。まぁ上出来なほうだろう。
「吉井君、それどうやってるの!?」
桜木さんが興奮気味に詰め寄ってくる。いや、僕が宴会芸をやっているスキに逃げてほしかったなぁ。
「すごかったよ、大した宴会芸だ。でもこの世界では役に立たないだろうね」
ほら来た。明らかに機嫌悪そうに【勇者】こと宙野が話しかけてきた。
「叶、楽しんだろ。さぁ行こう」
「わ、私、司教様に呼ばれてるから!」
そう言って、桜木さんは手でゴメンネとジェスチャーして走っていった。えっ待ってこのイケメンと同じ空間に置いていかないで。
「叶……おい。宴会芸人」
桜木さんを追いかけるのはあきらめたのかこっちを睨み付ける。
「なんだ?」
「叶は誰にでも優しいんだ。勘違いするなよ」
そう言って、【勇者】宙野 翔太は去っていった。
とりあえず、さっきのところへ戻るか。
ローストビーフはまだ残っているかな?
遅れてすみません。リアルが忙しくて睡眠不足です。
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