第百八十四話:相棒のスキルが凶悪すぎる件(ファス③)
※※※※※
真也とファスが、博物館の入り口で強盗達について話し合っていた頃。
「楽な仕事だぜ」
「おいっ! 無駄口を叩くな」
「へいへい。まぁ余裕だって」
自分達が透視されているとは知らず、強盗達は悠々と博物館二階の館長室で資料を漁っていた。
『恋人の街:アマウント』で浮かないように、明るい色調の格好をした八人の男達は、今は覆面を被っている。ちらりと見える腕には無数の傷跡があり、ただのチンピラではないことが伺えた。
部屋の隅には博物館の職員が、男女合わせて五人ほど縛られている。
男達はその中でも一際華美な装飾のついた服装の、髭の豊かな老齢の館長に詰め寄った。
「おい、このリストの展示物を全てこの部屋に持ってこい。展示されてない物品もあるはずだ」
リーダー格と思われる男が羊皮紙を差し出すと、館長は怪訝な顔で一団を睨み返した。
「……何が狙いだ? 金庫なら隣の部屋にあるだろう。大した金も無いがな、展示品だって街の歴史にゆかりがある程度のくだらないものがほとんどだ。当てが外れたな、貴様らには当館自慢のラブラブカップル占いもしてやれん。それとも恋人スタンプラリーに参加するか? 額にハートを押してやるぞ。グェ……」
軽口を叩く館長の腹を殴りつけ、リーダーと思われる覆面が顔を寄せる。
「同じことを言わせるな。他の奴から殺していくぞ」
音も無く、腰についたポシェットから取り出されたのは、武骨なマチェット。
首元に付きつけられた刃に怯え、悲鳴すらだせず女性職員が息をのむ。
アイテムボックスから武器が、取り出されたことに館長は驚いていた、一介の強盗が持てるような代物ではない。
「わかったわかった。良く見せろ、ワシは目が悪いんだ……時計塔の図面、街の古地図、ファニービーの巣の記録、街の開拓史、花山羊の置物? こんなもの何の価値もないぞ、それどころかこの場所に無い物もある……ハハッ……ワッハッハ」
唐突に笑う館長に、リーダーは苛立ちを隠そうともせずマチェットを突き付ける。
「笑うな糞ジジイ、ある物だけを持ってこい。リク、フィンドル、タカリは人質を見張れ。残りは俺も含め館長と一緒に物品を集めるぞ」
「……わかった。ちょっと待っておれ、鍵を準備せんとな」
拘束を解かれた館長が執務机に向かい、ゴソゴソと鍵を探す。
しかし、いつまでたっても館長が顔を上げない。
「おいっ、いつまで時間をかけている?」
「目が悪いと言ったろうが、まったく年寄りは大事にせんか」
一団がイライラとし、そのうちの痺れを切らした一人が館長の襟を掴もうとすると。
ビキリ
部屋全体に鈍い音が響く。
戦闘のプロである彼等は、死角を消すために咄嗟に背中を合わせるが、周囲の状況を把握すると同時に戦慄した。
肌を伝うのは冷気と恐怖。窓、天井、扉、全てが氷で覆われている。しかも急激に辺りが暗くなり、周囲の様子が掴めない。
人質との間にも氷の壁が展開し、一瞬で強盗は孤立した。
広範囲の魔術、しかも彼等が体験したことのない種類に精度だった。
「なんだこれは? 暗いぞ!?」
「罠か!?」
「落ち着け、冷静に対処しろ。おそらく魔術の一種だ」
先程の館長の様子は時間稼ぎと、人質から注意を引き離すための陽動だったか。
話では単なる田舎の博物館のはずだった。前情報が間違えていたのか?
それとも同業者による妨害か……。だとすれば、敵はA級クラスの魔術師。
一瞬で目まぐるしく思考するも答えはでない。人質は分厚い氷に阻まれている。
【スキル】を使えば氷を突破できるかもしれないが、得体のしれない暗闇に敵の魔術師の姿が見えない、今はこちらが不利。
そう判断したリーダーは窓を指さす。
「撤退だ。窓から飛び出るぞ」
一団の注意が一方向に向いた瞬間、暗闇が晴れ一人の少年が静かに立ちはだかった。
※※※※※
「バッチリです。館長さん」
急に現れた僕に反応が遅れた一人を、不意打ち気味に殴り飛ばす。
「なんかしらんが、任せたぞい」
執務机の下に潜り、館長が声援をくれた。
ファスは壁の向こうで、こちらの様子を視ているはずだ。
玄関でファスと別れた後、【掴む】で屋根を音が出ないように引き裂いて、屋根裏に忍び込んだ僕は機を伺っていた。
聞けばこの強盗なんか様子がおかしい。金品目的っぽくないし、立ち振る舞いは訓練されているようだ。しかし、致命的なほどに油断をしている。
警戒もおざなりで、リーダーの男以外は展示品の目録の確認にやっきだ。
流石に入り口と人質には注意を配っているが、上への意識は薄い。
天井の一部をずらして中を覗くと、館長と目が合う。『ワシは目が悪いんだ』なんて大嘘じゃないか。
せっかくなので、指先を出して強盗達の注意を他の人質から逸らすようにお願いしてみた。
といっても、指先で人質と強盗を指して、離れるように左右に振るだけだ。
どこまで伝わるかわからんが、館長はワッハッハと唐突に笑い始めた。
そして、わざとらしく執務机に向かっている。
いやぁこの館長有能だわ。
後は見ての通り。天井からファスに合図を送ると【闇衣】で暗闇を作られ、【氷魔術】による氷壁が人質との間にできる。【ふんばり】着地の衝撃を吸収し、音も無く彼らの前に立つ。
ファスが暗闇を解き、戦闘が始まった。
「クソォ、何だテメェは!」
「通りすがりの冒険者だよ」
リーダーが仲間に予備のマチェットを投げながら、自分でも【空刃】を繰り出す。
打ち拳で叩き割り、踏み出して接敵。
地面からファスの魔力を感じ【掴む】ことで発動位置を任意にずらす。
先は丸いが、そこそこの勢いで氷柱が飛び出て相手の股間に直撃する。
「オブゥ」
「貴様っ、魔術師か!?」
違うけど、ネタばらしをする気はない。
無言の手刀打ちで二人を倒し、呼吸投げで三人目を頭から落とす。
他の敵は天井から落ちた氷柱が直撃し、足を止めたそばから連続で投げ落としていく。
というか、冷気に交じって【恐怖】が染みだしているし、天井、壁、床から次々と飛び出してくる氷柱にボコボコにされていて、強盗が陸にあげられた魚のように跳ねている。
ファスさんもう彼等気絶しているから加減したげてよぉ。
その中でも、マチェットを構えたリーダーと思われる男だけは寸前で氷柱を躱し続けている。
魔力感知ができるのか、やはり彼がこの一団の頭のようだ。
「おいおい、なんだお前。なんでこんな状態で連携して動ける……いや、サポートしている魔術師が異常なのか。……ついてねぇぜ」
「一応聞くけど、投降する気はあるか?」
「ねぇな。むしろ、アンタが俺の活路だ。得体の知れねぇ魔術師に勝てる気はしないが、アンタなら勝てるかもしれねぇ【連切り】」
マチェットがブレるほど高速で振られる。
手甲で逸らすように、受け続ける。縦、縦、斜め右、左、縦、今度は横。
【連】系の技は一度発動すると、リズムが一定なので捌きやすい。
ギースさんなら、相手を崩してから使うだろう。
あるいは、魔力をコントロールしてリズムをずらすとかしそうだ。
とか思いながら実は割とギリギリで捌き、最後の人を【掴む】で固定。
結構レベルが高いのか鋭い攻撃だった。
フッ……調子にのらずに普通に下がって躱せばよかったぜ。
ちょっと冷や汗を掻きながら、どうとでもないという風に見栄を張る。
「グッ……俺の【連切り】が。こっちも化け物ってか、俺達になんの恨みがあるってんだ!?」
冷静だったリーダーが声を荒げる。足元の氷から染み出る【恐怖】のせいで判断力を失っているな。
……攪乱、奇襲、そして気づけないほどの静かなデバフ撒き、ファスの【スキル】がマジで凶悪なんだよなぁ。
ちなみに【恐怖】は僕も効果内です。ただ慣れているだけです。あれ? 涙が……。
「デートの邪魔をされた恨みだよ。馬に蹴られて……いやドライアドにそっぽ向かれるだっけか? 終わりだ」
刃を握りつぶし、顎に掌底を当てて昏倒させる。一応全員に【呪拳:鈍麻】をかけてより動きを封じるか。
「お見事です。ご主人様」
いつの間にか氷が引き、ファスが扉を開けて入って来ていた。
「ありがとう。ファスの方こそ完璧なフォローだったよ」
「いやぁ、見事じゃった。若いのに大したもんだ。冒険者と言ったな、是非礼をさせてくれ、いや先に衛兵を呼ぶのが先か。とにかく君らは恩人じゃ、待っといてくれ」
机の下から館長が現れ人懐っこい笑みを浮かべる。人質にされていた人達からもお礼を言ってくれた。うん、助けてよかったな。
「では、ご主人様。衛兵が来るまで一緒に館内を見て回りませんか?」
「うん、賛成だ」
そして僕等は手をつなぎ、衛兵が来るまでの間館内を見て回ることにした。
それにしても……あの強盗達の狙いはなんだったのだろう? ちょっと気になるな。
遅くなってすみません。
というわけでアマウント編もあとわずか。真也君はファスのスキルのことを言っていますが、地面からボコボコ氷の柱だの生えてくる状況で高速で動き回り、投げまくってくる人も大概だと思います。
ブックマーク&評価ありがとうございます。励みになります。モチベーションが上がるので、まだの方は是非お願いします。
感想&ご指摘いつも助かります。更新頑張ります。






