閑話11:竜の後継を殺す為に
白星教会の騎士団の馬車が、帝都:ブランカ・セントロへ向かっていく。
道行く人は、その美しい白と金の装飾に目を奪われる。
一流貴族が使用する馬車と同様に、内部の空間が広くなる魔術を組み込まれた馬車の中で、ワインをあおり、金髪を振り乱すのは【聖女親衛隊】のリーダーだったルイスだった。
「……聖女様、俺はどうすれば」
これまで教会でもエリートだったルイスにとって、それは経験のしたことの無い感情だった。
敗北感、絶望、劣等感、どれとも違う胸に刺さる痛み。
普通の人ならそれが『失恋』だとわかるだろう。しかし、それまで言い寄ってくる女性を下に見ることしかせず、対等な恋愛をしたことのないルイスにとって、自分が恋に破れたことを実感することはできず、心にぽっかりと隙間が空いてしまったようだった。
「ルイス様、よろしいでしょうか?」
その心の隙間に入り込むように、優しい声が掛けられた。
ルイスが顔を上げると、修道服を着こんだ細身で長身の女性が立っていた。
「今は誰も入れるなと……ここは移動中の馬車だぞ。どうやって入った?」
「御者にお願いして初めからいたのです。あんな野蛮な冒険者などに、崇高な使命を汚されたのですもの、お慰めしようかと」
女は露出が少ない修道服を体に纏わせるようにしなを作る。
しかし、ルイスはそんなものは見飽きたと唾を女の足元に吐いた。
「失せろ、売女に興味は無い」
そんな態度も修道服の女は気にしないと距離を詰める。
花の香りがルイスの鼻腔をくすぐった。
「でしょうとも、清廉なる騎士ルイス・セイオッゾ様。しかし、私めにはどうしても話したい事があるのです。……聖女を取り戻すために」
「聖女様を?」
そこで初めてルイスは女の眼を見た。その眼はあまりにも暗く深い。
「はい。簡単な話です。冒険者には冒険者、どうでしょう? クレイブルズに逗留している勇者:宙野へ、聖女の居場所を伝えるというのは?」
「馬鹿なっ! そんなことをすれば、第二王女と敵対している第一王女が黙ってはいない。しかも今はバル大神官が目を光らせている。教会も聖女様が別行動することは認めてしまっている。下手に動けば教会での俺の立場が無い。そもそも、勇者に聖女様の居場所を話してどうなる? 結局我らの手に聖女様は戻ってこないではないか?」
「クスクス……。わかっているはずでございましょう。あのような下賤な醜い冒険者の元に聖女を置くくらいであれば、勇者を焚きつけた方がマシでしょう? よくお考えください。聖女は勇者を良くは思っておりません。勇者が聖女を取り戻そうと竜の……いえ、かの冒険者を殺した後にならば聖女様も正しい選択ができるのでは?」
「……確かに、冒険者が死んで勇者の元へ聖女様がそのまま居るとは思えない。そうなれば必然的に聖女様が戻るのは我等の下というわけか。しかし、今は俺は帝都へ向かう途中だ。バル大神官を襲った責任もどうにかして別の奴になすりつけねばならない。教会は俺を嵌めようとしている、貴族側に賄賂を贈り、どうにかして俺の立場を守らなければ……」
ルイスに自分が叶に嫌われているという考えは無かった。
それゆえに、転がるように自分に良いように転がってしまう。
普段ならばどこかでおかしいと思う話であるはずだが、いつの間にか女の話に聞き入っていた。
「責任など……聖女様を手中に収めれば、貴方は教会の英雄です。私に任せてください、勇者と会う場を用意いたします。それともう一つ、貴族達を抱き込む手土産があります」
「適当なことを言うな。あの業突く張りが納得するようなものがそう簡単に存在するか」
「お話だけでも……【翠眼のエルフ】をご存じですか?」
女が、ルイスにしな垂れかかり、身体をからませ耳元で囁く。
それはまるで、蛇が獲物を捕食しているようだった。
「おとぎ話のエルフがどうかしたのか?」
「伝説のエルフ、それを貴族に献上すれば、上の方々も納得するでしょう。それが目もくらむほど美しいならなおさらです。……実は私、見てしまったのです」
女が指を鳴らす。すると黒いモヤが床から染みだし、形を成す。
明らかな異常、しかしルイスはそれをおかしいとは思っていない様子だ。
心の隙間に染み入る花の匂いと甘い言葉が、彼の警戒心を完全に溶かしていた。
「これは……確かに美しい」
モヤが映し出したのは、砂漠での一戦の場面。杖を構えていたファスだった。
敵を見据える凛々しい姿は芸術品のように美しい。
「聖女と翠眼のエルフ、この二つを同時に手に入れるのです。そうすれば貴方は教会も貴族も思いのままにできます。聖騎士の称号も夢ではありません。その為に勇者を利用するのです」
「しかし、それは教会の意思に反することに……」
「私は相応しい方に、相応しいものがないことが許せないのです。貴男様は選ばれた騎士、いずれ聖騎士となり教会を支配する人間です。さぁ、馬車をクレイブルズに走らせてください。手筈は整えます。バル大神官であろうとも、絶対にバレません。勇者ならばあの冒険者を……竜の後継を確実に殺せるのです」
「あ、あぁ……お、俺は……」
もし、他の人間が部屋の中の様子をみれば悲鳴を挙げていただろう。
修道服から出ているのは、人の脚でなく蛇の半身だった。それがルイスに巻き付き、上半身は女の姿のまま先の割れた舌で耳元で言葉を囁いているのだ。
「私の言う通りにしなさい。全ては我が愛しい主の為に……」
数刻後、リーダーであるルイスの号令により、一台の馬車が【鍛冶の街:クレイブルズ】に向かって走り出した。そのことを気にするものは不思議と誰もいなかった。
ただ、甘い匂いだけが一団を包み込んでいた。
新たな刺客。ルイス君精神攻撃にやられまくっていますね。
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