第十九話:もうちょっと
屋敷の前に止まった馬車(竜がひくらしいから竜車とでもいうのかな?)に案内されておずおずと乗ってみると、中は外から見るより広い空間であり、紅い敷物にソファやテーブルまである瀟洒な部屋だった。
「ど、どうしましょう、ご主人様。私なんかが、こんな馬車に乗ってしまうと何しても汚してしまいそうです」
「召喚された部屋を思い出して吐きそうだ。牢屋に戻りたい……」
(ヒローイ)
ピョンピョン跳ねるフクちゃんはさっそく辺りに糸を張っているようだ、見つかって怒られないようにしてね。
一方残りの二人は、圧倒的ブルジョアオーラにメンタルをやられ心が折れそうになっている。
(マスター、ダレカ、クルヨ。サンニン)
おっとさっそく警告が来た、抜かりなく外にも糸を張っていたフクちゃん有能。
ファスは、すでにボロを深くかぶっている。
「失礼しまーす、お召し物をお持ちしましたー」
そう言って入ってきたのは、バルモ伯爵と一緒にいた赤毛のメイドだった。残りは騎士だろうか? 体格のよい男が外で待機していた。
メイドさんは髪をアップにまとめていて年は十代後半くらいだろうか。多分年上だと思う、見るからに快活そうな美人さんだった。
持っているのはシャツとベストと帯にズボン。それとファスの分だろうか、フード付きのローブもある。
「伯爵様が出来合いで悪いけどってさ、というかヨシイ様だっけ? 裸足だし」
「えーと、助かります」
「メイドに敬語とかやめてよね。それとこれ、豚、じゃないやアグー子爵から【鑑定防止】のネックレス」
差し出されたのは、十字架の形をしたネックレスだった。
「へぇ、鑑定防止ですか。これは高価なものなんですか?」
「ネックレスは割と高価だけど、【鑑定防止】が付与されたアクセサリーは安価なものもあるよー。というか転移者には真っ先に渡されるものだと思うのだけど……あなた一体どんな扱い受けてたの?」
「まぁ、察しの通りです」
「ついてないねー。なんでそんなに嫌われてるの?」
ずいっと寄ってくる。ほんのりといい匂いがしてドギマギしてしまう。
「ゴホッゴホッ」
振り向くとファスが咳き込んでいた。ボロ布から見えるジトーとした視線が刺さる。
「……あー、どうでしょう? 見かけが気に入らなかったのかな? とりあえず着替えたいんですけど」
「どうぞ、どうぞ」
メイドさんはニコニコ笑いながらその場で立ったままでいる。
「いや、その、脱ぐんですけど」
「えぇ、お気になさらずに」
「いや、こっちが気にするから!!」
「着方とかわからないでしょ? お手伝いします」
なんなのこの人、怖いんだけど! 異世界では普通なのか?
「着替えなら私が」
ファスが普通の声でそう言う。ダミ声でなくていいのか? あぁこのメイドさんはそもそもファスが呪われていることを知らなかったからいいのか。
「おっと、奴隷ちゃん可愛い声だね。あなたにも興味あったんだー」
「……あなた、一体何者ですか?」
聞いちゃうのかファスさん。まぁ明らかにただのメイドじゃないよな。
伯爵が姫とか言っていた気がするし、ただ藪をつつきたくないんだよなぁ。
「私? どうしようかなー? ま、すぐわかるよ。今はただのメイドってことで、ところで奴隷ちゃん?」
「なんでしょうか?」
「あなた……呪われてるよね?」
バレてるか。【忌避】が残っているしな。ファスは警戒したように半歩下がる。一応何かあっても大丈夫なように僕は一歩前へ。敬語で話すのもやめようか。
「何か問題があるのか?」
「へー、庇うんだ。ヨシイ様は平気なの? この子の呪いそうとうヤバいと思うけど?」
「僕は問題ない。もう一度聞くけど、これから帝都に行くにあたって問題あるのか?」
「うんうん、その話し方のほうが好感もてるなー。呪いについては問題ないんじゃないかなー。私はそういうのわかっちゃうからわかっただけで、鑑定さえされなければそうそうわからないと思うけど? そりゃお城とかはチェックがあるから入れないだろうけどねー町とかならわざわざ鑑定することもないし余裕でしょ」
「呪いが無かったら?」
「そりゃ、転移者様のお付きってことでお城でも自由に連れて歩けるでしょ」
「わかった。ありがとう」
「なるほどー『あて』があるんだね?【吸呪】ってスキルの効果かな? 子爵がずっと誤魔化していたから気になってヨシイ様を鑑定しちゃったけど面白い【クラス】だよね」
バレテーラ、まあ気になるならネックレス渡す前にどうにかして見てるよな。
「使えない【クラス】らしいけどな」
「ご主人様の【クラス】が使えないなんてことは絶対にありません!!」
ファスさん落ち着いて。
「そうそう、【愚道者】なんて聞いたことないし面白いよー。【勇者】なんかよりよっぽどいいと思うなー」
「その通りです」
ファスさん同調しないで。
「ありがとう、幾分か心が軽くなった。それで話は戻るけど。着替えるんで出て行ってくれないか?」
「えー!! いちゃダメ?」
「ダメだ」
そう言ってなんとかメイドさんを追い返した。メイドさんは「ちぇ、しょうがないなー。またねー」と言って去っていった。何だったんだいったい。一緒にいた二人は護衛だろうし多分伯爵の娘かより高位の令嬢とかかな? 伯爵より高位っていったいどんな位だよ。
とりあえず、もらった服に着替える(ファスの介助なしでも着れました)動きやすくていい感じだ。
ファスもボロ布からちゃんとしたローブに着替える。さて、それではやることをやろうか。
「フクちゃん、外に何人いる?」
ファスのローブからフクちゃんがでてくる。ちょっとうらやましいぞフクちゃん。
(ウーン、タクサン)
「逃げるのは無理そうか?」
(ムズカシイ)
そりゃそうか、やっぱり今夜脱走するのは無理そうだな。ギースさんの計画は破綻したのだろう。
「というわけでファス、こうなったら呪いを完全に解くぞ。でないとせっかく帝都についても動くのに制限がありそうだ。それに僕はまだ脱走を諦めてない。スキを見て逃げるつもりだ。その時に十全に動いてもらうためにも呪いを解くのは急務だ。出発したら朝まで移動だし、今夜中に決着をつけよう」
うん、完璧な論理だ。エルフとばれるのはやばいが呪いがあるほうが制限がありそうな気がする。最悪ローブで誤魔化せばいい。
脱走に関しては、正直伯爵はいい人のようだけど、僕の【クラス】は他の転移者に劣るようだし、変なレッテルを貼られる前に逃げてしまいたいというのが本音だ。とち狂ったアグーが何するかもわからないしな。
「……確かにそうかもしれませんが、無理はしないでくださいね?」
「あぁ。もちろんだ」
と口では言っているが全力で【吸呪】するつもりだ。ほとんど呪いは解けてきているとはいえ、時折腕の鱗を撫でて辛そうにしているのを知っているのだ。もう今回で楽にしてやりたい。
ファスの両手をもって、【吸呪】を行う。ファスの体の中にある呪いを僕の体に流すようイメージすると触れ合った部分から、熱いコールタールのようなものが身体の中を伝ってくる。普段はすぐにここでやめるが、今日は限界までいくつもりだ。
「ご主人様!? もう充分です。やめてください」
「なあに、まだまだ」
(マスター、ファイトー)
ありがとうフクちゃん頑張るよ。不意にファスの身体から流れてくる呪いが止まる。栓でもしているかのように、吸い取られるのを拒否しているかのように呪いがファスの身体にとどまろうとしている。
負けるもんか。より強く魔力をこめて【吸呪】を発動する。スポンと栓が抜けるように均衡が崩れ呪いの流れが僕の身体にやってくる。
「よおおおし、来い!!」
「ご主人様!! 本当に大丈夫ですか?」
(マスター、ファイト、ファイト)
もう少し……もう少しであるという実感がある。あとちょっとだけ、そう思いながら僕の意識は暗転した。
……ゴトゴトという音に目を覚ます。
「おはようございますご主人様、お身体は大丈夫ですか? あれほど無理はしないでくださいと言ったのに」
いつも通りファスが僕を膝枕していてくれてた。いやぁいいもんですね。【吸呪】にも慣れたのかそれほど疲労も残っていない。
(マスター、ガンバッタ)
「フクちゃんも応援ありがとうな。それでファス、調子はどうだ?」
「はい、大丈夫です」
大丈夫じゃわからん、鑑定紙を取り出して鑑定してみる。
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名前:ファス
性別:女性 年齢:16
状態
【専属奴隷】▼
【経験値共有】【命令順守】【位置捕捉】
【竜の呪い(侵食度18)】▼
【】【クラス封印】【】【忌※】
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ぐわああああ、惜しい。あと18残ってる。無差別に全部吸い取ろうとしたせいか【忌避】と【クラス封印】が残り【スキル封印】だけが消えている。くっ、ワンモアチャンス。
「もうちょいだな、さぁ行くぞ」
「ダメです!!」
そんなご無体な。その後なんとかファスを【吸呪】しようとしたが全力で拒否されてしまい(最後には泣きますよ、とまで言われた)。結局ファスの呪いを解ききれずに帝都に到着した。
次回、勇者でます。聖女もでるかもしれません。
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