第百七十七話:巨大ハチミツ争奪戦(トア①)
一日筋トレと技の稽古を行い、のんびりと過ごした夜。
ファスが用意したクジを、皆で囲む。
「……やっとオラだべか」
犬歯を覗かせトアが笑う。次のデート相手はトアか、一緒に買い物は結構行くんだけどデートとか意識して出かけるのは初めてだな。
「よろしくな。トア」
「準備は万端。旦那様明日は防具をつけて早起きでよろしくだ」
とのことなので、その日は早めに就寝。
ちなみに……。
「……」
「ど、ドンマイだよ千早ちゃん。残り物には福があるよ」
無言で、白い外れクジをジッと見つめる小清水とそれを励ます日野さんの姿があったとかなかったとか。
翌朝。
「起きるべ、旦那様」
「……おはよう」
「……チュ。ほら、着替えるだ」
体を起こすと、額にキスをされる。ちょっとドキドキ。
「まだ暗いけど。この時間から出ないとダメだべ」
寝ぼけ眼をこすると、準備を終えたトアがいた。
革製の胸当ての上にジャケットのような上着を羽織っている。
「わかった。どこ行くんだ?」
「ついてからのお楽しみだな」
ニッと笑うトアを見ているとなんかワクワクしてきた。
ファスとフクちゃんを起こさないように注意して、ベッドから降りる。
いつものフクちゃん製の服に、軽鎧を装備する。
リビングにはすでに分厚いベーコンと卵を乗せたパンに、ビーツのサラダを用意されていた。
食べ終えて、家を出るとトアに急かされる。
「走るべ旦那様。関所から街の外に出るだ」
「へぇ。外に行くのか、フクちゃんとは牧場に行ったんだ」
「山羊乳を飲んだって、フクちゃんから聞いたべ。時間に余裕があれば寄るのもいいだな」
まだ薄暗い街を、二人で駆ける。
全身を使って走るトアは美しかった。
昔なんかの動画で走る狼を美しいと感じた時のように、躍動するトアから目が離せなくなる。
ただ前を見る彼女の、鋭い双眸となびく尻尾が僕の眼を離さない。
「着いたべ、どこみてんだ旦那様?」
「……えっ」
走るトアを見ていたら、あっという間に関所についたらしい。
職員はいるが、まだ開かれてはいないようだ。
周囲を見ると、他にもボチボチ人影があった。中には革製の防具を身に着けている人もいる。
ただし、冒険者と言う感じでもなくカップルが慣れない防具を着込んでいるようだ。
「もう少しで開くから並んで待つだ」
「わかった。それにしても、この街の近くにはダンジョンは無いはずなのに、防具を身に着けている人がいるのはなんでだ?」
「ニヒッ、いいとこ見ているだ旦那様。そろそろ行き先を話すかな……他の連中もオラ達と同じ場所を目指してるだ」
「ほうほう、それで場所は?」
走っている時は冷たい、野性味のある狼っぽかったのに、今は人懐っこく笑う犬のようだ。
「『ファニー・ビー』高原に住む蜂型の魔物の巣だべ」
「蜂型の魔物? それってどういう……おっと、始まったみたいだな」
「詳しいことは、見てからの方が早いべ。ささ、受付をすませるだよ」
トアに押されて、受付に行くといつもの獣人のお姉さんがいる受付だった。
「おはようございます。今日もおでかけですか、奴隷とはいえ、仲がよろしいのですね」
「おはようございます。ま、まぁ仲はいいです。あの外出をしたいのですが……」
「はい、外出証をお渡ししますね。どうぞ楽しんでください」
「お世話になりましただ」
スムーズに受付を済ませて外へ。
見れば、タクシーのように馬車が何台か止まっており、客引きをしている。
そのうちの一台に乗り込み、揺られること一時間ほどだろうか、アーチを描くような立地の街の下へ少し行くと、一面の花ばたけが現れた。
「おぉ、凄いな。街に舞っていた花びらはこっからも来ているのか」
「話には聞いてたんだけど、オラもびっくりだべ。目に見えるもん全てが花だべ。あっ、ほら旦那様あれが『ファニー・ビー』だ」
「どれどれ」
トアがさす方向を見ると、確かに子犬ほどの大きさの蜂がいた。
毛皮のマフラーをしているように、首回りがモコモコしており、普通に可愛い。
叶さんがいたら、鼻血を出していたかも知れないな。
一本の足の先が小さいバケツのようになっていて、そこに蜜を溜めているようだ。
「あの蜜を、もらいに行くだ」
「へぇ。なるほど、食材集めか。トアらしいな」
「とっておきのパンケーキを作るだ。他にも蜂蜜漬けにした果物とか、色んな料理に使えるだよ」
「ゴクリ……。よしっ、絶対手に入れよう」
トアが作る蜂蜜菓子とか勝利しか見えない。必ず手に入れよう。
「ニヒヒッ、旦那様ならそう言うと思っただ」
「もちろんだ。でも、食材集めならファスとかフクちゃんがいたほうがいいんじゃないか?」
特にフクちゃんがいれば、同じ虫系の魔物だし色々やりやすそうだけど。
「それも考えたけんど、旦那様と一番思い出に残ることってなんかなぁって思うと、こういうのしか思いつかなかったべ。旦那様はもちっと普通のデートがよかっただか?」
ニヤニヤと笑うトア、答えなんてわかっているはずだ。
「僕は冒険者だぞ。普通のデートもいいけど、こういうのも大好きだ。トアと行けるならなおさら楽しい。パンケーキ期待してるぞ」
「話を聞けば旦那様と一緒じゃなきゃダメかもしれねぇからな。……バターと蜂蜜マシマシで作るから楽しみにしてるだ」
二人で笑い合う。トアとのさっぱりした距離感が心地いい。
そして、目的の場所について馬車が止まる。
「ハッ、あれがファニー・ビーの巣か。デカすぎじゃね?」
街の下部分の山肌が丸々蜂の巣になっていた。見えている部分だけで縦横200mはありそうだ。
何千匹というファニー・ビーが飛び回っている。
「数百年以上かけて大きくなったらしいべ。ファニー・ビーは性格も穏やかで、人間との付き合いも長いらしいだ。むしろ、外部から魔物がくれば追い払ってくれるらしいべ」
「花山羊といい、この街は魔物と共存しているんだな」
「んだ。そんで、この時期は蜂蜜を貰うためのイベントがあるらしいけんど……あれかな?」
ログハウスもあるし、職人も何人もいる。本当に牧場のようだ。いや、養蜂場か。
人々が集まっている場所を指さすとステージが用意されていた。
体に何匹かファニー・ビーをくっつけたおじさんが、大声で何かを言っているので行ってみる。
「さぁさぁ、朝一番にファニーちゃんの迷路に挑戦する人は他におらんかね! 今なら、クイーン自ら蜂蜜を渡すよー」
「「おおおおー」」
盛り上がっている。ファニーちゃんの迷路ってなんだ?
「フッフッフ、説明するべ旦那様。この時期のファニー・ビーは巣作りの時期で、生来悪戯好きな彼らは、巣に作った迷路に人を招くんだべ。迷路を突破した人間には特別な蜂蜜が渡されるらしいだよ。ちなみに、恋人で挑戦できるイベントになっていて、街の風物詩だべ」
「……それ、ファニー・ビーに何の得があるんだ?」
「わかんねぇべ。聞いてみるだ」
というわけで、養蜂家っぽいおっちゃんに尋ねると。
「あぁ、それはなこの時期のファニーちゃん達が蜜を作り始めるんだが。その中に女王蜜と呼ばれる特別な蜜があるんだ。昔その蜜をめぐって争いがあってな、ファニー・ビーの女王【ファニー・クイーン】と旅の賢者が話合っていっそ楽しい遊びにしようとしたらしい。こいつらも悪戯は大好きだしな」
「恋人限定の理由は何なんですか?」
「その方が、観光的に盛り上がるからだ。後、下手に誰でも挑戦ってすると、蜜を狙って傭兵みたいな連中ばっかくるからな。ファニーちゃん達も相手が驚いてくれた方が楽しいってんで、じゃあ恋人限定にしようってことだ。これが大当たりでなガハハハハハ」
「なるほど、それにしても、そこまで人に懐くなんて不思議な魔物ですね」
めっちゃ、即物的な理由だった。
おっちゃんの肩に乗っているファニー・ビーと目が合うと、何かを投げられ顔面で炸裂した。
「ベフッ」
「ありゃ、花粉団子だべ。大丈夫だか?」
「ガハハ、坊主もファニーちゃん達に好かれたみてえだな」
「……僕等は冒険者ですけど。参加できますかね?」
「恋人なら大丈夫だ。ファニーちゃんに嘘は通じねぇ、挑戦してみな。挑戦料は金貨一枚だ」
「高いっ!」
「女王蜜は売れば金貨七枚は固いぞ。もし失敗しても、参加賞で普通のファニーちゃん達の蜜を目いっぱいくれてやる、ファニーちゃん達のグッズも売店で割引金額で買えるし、実際お得だ」
「なるほど。おっちゃん商売上手いべな」
「なぁに、ファニーちゃん達の協力のおかげよ。売り上げの一部はファニーちゃん達が巣作りに必要な物資を渡しているからな」
「へぇ、本当に頭の良い魔物なんですね」
心なしかふんぞり返っているファニー・ビーを見る。
花粉はもう喰らわないぞ。
「旦那様、絶対一発で攻略するだ」
「もちろんだ。おじさん、挑戦します」
「あいよ、お二人様ごあんなーい!」
巨大蜂の巣迷路の攻略だ。現役冒険者の意地ってやつを見せてやろうじゃないか。
というわけで、トアとのデートです。
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