第百七十六話:筋トレは心の洗濯。
チチチ……チチチ……
朝、鳥が鳴いております。標高がやや高いこの街では、鳥はそれほどいないのか静かなさえずりが早朝の街を彩る。
「……」→僕。
「……」→叶さん。
はい、無言です。この気まずさよ。
だってさ、朝起きて目を開けると叶さんがこっちを見ているわけで、その時はまだ寝ぼけているし、雰囲気も相まって、普通に笑い合ったりする余裕もあったさ。
それで、二人して身支度をして宿を出ます、そしてファス達の所へ帰る道中が今ですよ。
「……(チラッ)」→僕。
「……(ニコッ)」→叶さん。
あああああああああああああああああああああああああ。
なんだ、これムズ痒い。顔を見れない、ファスとはもう恥ずかしい部分(牢屋で号泣)を見せた後だったから落ち着いていたけど、今回はマジで恥ずかしい。
そんな感じで宿に戻るとどうなるか。
「女の敵ぃいいいいいいいいいいいいいいい」
ガチ剣技で小清水に切り付けられました。まぁこうなると思っていましたよ。
朝帰りで、二人してこんな様子だもんね!!
「おめでとう叶。いやはや、朝帰りとはな。じっくりと話を聞こうじゃないか」
「さ、流石に、人に話すのは嫌かな」
「ど、同年代で……うーん。叶ちゃんすごいなぁ」
紬と日野さんが叶さんを迎える横で、死闘を繰り広げる羽目になりました。
すぐに、トアが制止してくれたので事なきを得る。
「良かったですね。カナエ、これで本当にパーティーの一員です。一緒にご主人様を支えましょう」
「さくばんはおたのしみでしたねー」
「精のつく朝飯があるだよ」
ファス達も叶さんを迎えていた。こうなると、小清水とチャンバラやっていた方が幾分か胃にダメージがないな。
朝ご飯は、蒸した鶏肉にキノコのスープ、どれも滋味が効いていて染みるな。
「マスター、あーん」
甘えてくるフクちゃんにスープを飲ませながら朝ご飯を食べていると、雰囲気もに落ち着いてきたので皆で今日のことを確認することになった。
「モグモグ……それで昨日のクジの結果を知らないんだけど、今日は誰と出かけるんだ?」
「昨晩はクジを引いていません。連日のデートに昨日は戦闘もあったので、ご主人様も疲れているでしょうし」
とお茶の飲みながらファスが答える。
「あー、そうだな。流石にちょっと疲れて……ってなんで戦闘のことを知ってんの!?」
「昨日バル神官より、手紙が届きましてことの顛末は聞いています」
流石できる大人だ。フォローもバッチリか。
「じゃあ。今日は一日、のんびりと筋トレするか」
「それ、休憩になるの?」
小清水にジト目で見られる。筋トレは心の洗濯だぞ。
そんなことを話していると、控えめにノックの音がする。
「バル神官ですね」
「私が出るよ、はいはーい」
ファスが扉を見透し、叶さんが扉を開ける。
「おはようございます。皆さん」
質素なローブを着て、真っ白な髭を撫でながら、穏やかな笑みを浮かべバルさんが挨拶をしてきた。
「バルさん。おはようございます。昨日はろくに話もせずにすみませんでした」
「いえいえ、こちらこそ。教会の不手際であんなことになってしまい、申し訳ありません」
「ささ、座るべ。花茶を淹れるだ」
椅子に座ったバルさんの前にトアが香りのよいお茶を置く。
一口啜ったバルさんが、ため息をついた。
「聖女様が教会から離れることを、嫌った者どもの動きを抑えるのに手間取りましたが、今回の襲撃の失敗により、当面は大丈夫でしょう。予定通り女性転移者による一団として動くことができます。聖女様は……」
「私は、真也君と一緒に冒険をするよ」
叶さんがきっぱりと宣言した。
バルさんは目を細めて笑う。
「ええ、そうしてください。もう二度と……愛する者を引き裂くことなど致しません。貴女と出会って数ケ月ですが、今が一番良い表情です。良かったですね」
「ありがとうね、バルさん」
しばらく談笑し、話題は叶さん達が奔走していた女子による転移者の一団の話になる。
「名称は【ブラン・ロゼ】となりました。白き花という意味ですね。リーダーは便宜上、聖女様ですが、実際のまとめ役はコシミズ様になると思います。ダンジョン攻略が主だった目的であり、今後各地を移動することになるでしょう。教会からの援助は減りますが、その分は第一王女が出資してくださるとのことです」
「それで問題ないわ。私一人では大変だけど、留美に紬もいるしね」
「私も賛成だ」
「わ、私もそれでいいと思います」
「うんうん、やっとこの話もまとまってよかったよ」
叶さん達も納得の様子。良かったなぁ。
「さて、もう一つ情報があります。勇者、宙野様についてです」
その言葉で、僕等の間に緊張が走る。もしこの街に向かっているなら移動することも考えなきゃいけないからだ。
「宙野? もしかして追って来てきてるんですか?」
「いえ、彼等は今アナスタシア姫の偽の情報に踊らされ【鍛冶の街:クレイブルズ】で聖女様を探しています。問題は、彼が常に連れているという転移者と一団です」
「転移者と一団。なんですかそれ?」
「……主に『契約』系、『洗脳』系の【ジョブ】を集めているようです。そしてその一団は全て貴族の選りすぐりの魔術師をつれているとか……魔力で契約を強制させることを前提にしていると噂が立っています。狙いは恐らく……」
「……私、だよね」
叶さんが嫌悪感を露わにする。正直僕も鳥肌が立ってきた。
「シンプルに気持ち悪いわね」
「こ、怖いです」
「どこの世界でも、腐ったオスのすることは変わんねぇべな」
「私も他人事ではありませんね……しかしそうなると、奴隷契約は今後も強い意味を持ちます」
ファスが服の上から、胸元の契約紋を手で押さえる。
バルさんも深く頷く。
「そのとおりです。ファスさん、聞けば聖女様も奴隷契約を行ったと……無理やりに契約をすることは強制できるかもしれませんが、一度取り交わされた契約を反故にすることは困難です。実際他人からの強制的な契約から身を守るために、主従の契約を結ぶということは、有効な手段として一部の界隈で普通に行われています。……女神の導きを感じますな。例えどのような手段を用いたとしても、主人である冒険者様が契約を破棄しない限りは、勇者は手が出せないでしょう。それはつまり、今後も狙われるのは冒険者様になるということです」
「つまり、僕が了承しない限り、宙野が契約なんかで叶さんやファスを勝手にはできないってことですね。安心しました。例え死んでも、皆は守ります」
「ボクがコロスからだいじょぶだよ」
膝に乗るフクちゃんの頭を撫でる。フクちゃんだって僕が守りたい大事な家族なんだ。
「もうあの勇者に遅れは取りません、もし次に戦うことがあれば負けないでしょう」
ファスが自信を漲らせる。確かに今の僕等なら宙野に負けることは考えづらい。
主にファスとかフクちゃんのおかげだけど。
「そうともいいきれません。勇者とその連れている転移者は【竜の武具】を装備できたという話もあります。詳細はわかりませんが、警戒はしておいた方がよいでしょう」
【竜の武具】、過去に勇者と王国が竜王を裏切り、その死体を素材に作った伝説の装備。
将司が言うには、転移者のみが装備できるチート武器だとか……確かにそれがあるなら、僕等の想像以上の力を身に付けているかもしれない。
僕自身の【竜の後継】についても、謎が残っているし考えることがいっぱいだ。
「ありがとうございます。バルさん、おかげで今からやることが決まりました」
「ほう、冒険者様はどうしますかな?」
「筋トレです。どうなるかわからないけど、備えることは出来ると思うので」
「わーい、しゅぎょうだー」
フクちゃんをつれて中庭にでる。とりあえずプランシェ状態で腕立てかな、次にファスに加重をかけてもらって……。
「ホッホッホ……冒険者様は、前会った時よりも強くなられましたな」
「ご主人様は私達が必ず守ります。さて、私も魔力操作の訓練をしてきます」
「えっ、じゃあ私も回復魔術の練習をするよ」
「……オラもちょっと、斧を素振りするべ」
ぞろぞろと皆ついてくる。
「まったく、貴方達馬鹿なの?」
「フフ……いいじゃないか、考えるだけじゃ始まらないこともあるさ。千早、君も素振りをしたらどうだい? 私も【紋章】の新しいデザインが浮かんできたよ」
「……そうね、行ってくるわ」
「ファイトだよ千早ちゃん」
小清水まで中庭にでて、剣を振り始める。
紬は椅子を持ってきて、ノートに何かを書いている。日野さんは……なんか応援してくれている。
「では、私達大人は少し頭を使いますかな。彼らの道を少しでも照らせるように……女神よお導きください」
バルさんはそんな僕等をずっと楽しそうに眺めていた。
宙野との物語も、進んでいくと思います。
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