第百七十五話:竜と女神と覚悟の夜(桜木 叶④)
街の高台の方、古い建物が立ち並ぶエリアの広場に着く。
この辺りなら観光客も少ない。
アイテムボックスから手甲を取り出し腕に付ける。
「叶さんは結界をお願い」
「了解。援護も任せて」
「いや、僕一人の方がいいよ。流石に……叶さんから攻撃されるのは、彼等にとって辛いと思うから」
「よくわかんないけど、真也君が怪我するようなら。乱入するからね」
ルイスさんや他の騎士達が叶さんを連れ戻そうとする理由ってのが、教会の為だけじゃないことはルイスさんを見ればよくわかる。
つまりこれは、よくある話なのだ。惚れた女を取り合っての喧嘩。
問題は、ルイスさんは叶さんの話をまったく聞いていないってことだけど、宙野にしても彼等にしても、叶さんには悪女の才能があるに違いない。
ギチギチとベルト締めて、手甲を密着させる。
叶さんが青い光の粒を周囲に展開し、結界が張られた。
騎士団はこちらをみて笑みを浮かべている。自分達が絶対の優位を持っていると疑っていないようだ。
「逃げなかったことは褒めてやる冒険者。当然聖女様の援護は無しだぞ。男同士一対一で決闘だ」
ルイスさんが前に出る。タイマンか、流石に騎士だけあって戦い方にはこだわるようだ。
そういうの嫌いじゃない。
「わかった。フェアじゃないから言っておく。僕は転移者だ。それなりに腕に覚えがある」
油断したルイスさんに勝っても後味が悪いので、転移者であることを話す。
言葉を聞いて一瞬の沈黙の後、騎士団達が笑い始めた。
「プッ、ハハハハハハハ。何を言うかと思えばそんなことか、知っているに決まっている。出来損ないの【拳士】。勇者宙野に敗北し、貴族の援助も得られず、冒険者なんぞに身を落とした落ちこぼれ、教会の情報網を舐めるな。そうでなければ見るからに貧相な貴様なんぞが、聖女様と一緒に行動なんぞできるわけがないだろう。勘違いするなよ、今や聖女様と貴様との間には天地よりも遠い距離があるのだ」
他の騎士団達も、声を挙げ僕を見て笑っている。
この場にファスとフクちゃんがいなくて良かったな。二人がいたらこの瞬間には、騎士団は全滅していただろう。
「……なるほど。どうりでさっきから『冒険者』って強調していたのか。全然気づかなかったよ、それって蔑称のつもりだったのか」
「真也君、やっぱり援護してもいいかな? 好きな人をコケにされるのって、何よりも腹が立つんだよね」
叶さんが杖を構える。遊びの無い本気の表情。
「……一応準備はしといて」
合掌し、両手を中段に置いて半身の構えを取る。
ルイスさんが取り出したのは、ライノスが腰に下げていた剣に似た、装飾付きのロングソード。
「白星教会、聖騎士団所属、騎士ルイス・セイオッゾ」
「ギース・グラヴォが弟子。吉井 真也」
教会の聖騎士だったラッチモとの戦闘を思い出しながら、一歩踏み出す。
「【空刃】、これで終わりだぁ」
【聖空刃】じゃないのか。それなら躱せる。縦向きの飛ぶ斬撃を入り身で躱し、ステップを入れて歩数を調整。間合いを詰めて小手に横面打ち(横振りの手刀)を当てる。
「なにっ!? この!?」
拍子抜けするほど簡単に長剣が落ち、ルイスさんが下がろうとするので、そのまま片手取りに変化して天地投げの要領で顎勝ちあげて、後頭部から地面に叩きつけた。
「ゲブゥ!?」
「一本。僕の勝ちだ」
普通に合気の技だけで倒せた。ラッチモやギースさんと比べるとてんで素人だ。
「何やってんだルイス。私がやるっ」
後ろの短髪で大柄な騎士が、斧槍を振り回してきた。
「一対一の決闘じゃないのか」
体捌きで躱して、距離を取る。
「【連突き】一対一さ、相手が私というだけだっ!」
連続の突き、ヒットさんの【篠突き】よりは大分遅い。
手甲で側面にそらしつつ、取り技を試みる。
「なるほど、つまり全員倒せばいいわけだ」
斧槍は槍と違って刃があるから、武器を取りづらいな。
武器を取るのは止め、直接諸手取りで相手の手を取って、四方投げで投げ落とす。
「ガハァ!」
「次は誰だ?」
後ろの騎士団を見るが、かかってくる人はおらず、何人かがルイスさんと斧槍使いにポーションを掛けていた。
「グッ、腐っても転移者か。おそらく特殊なスキルだ。皆気をつけろ」
特にスキル使ってないぞ。というか、今の二人はスタンピードで共闘した冒険者よりもずっと弱い。
やっぱ、ラッチモやギースさんって強かったんだな。
もしくは、彼等の技量が拙いのか。
「黙れ、卑怯者め。全員だっ。全員でかかれぇ!!」
「「「応っ」」」
「一対一はどこいったんだよ!?」
なんとなくこうなる気はしてたけどさ。相手は十二人、剣使いが半数の六人に、メイスと盾を持っているのが二人、斧槍使いが二人に、弓使いが二人。
集団戦になれば【スキル】のこともあり、人数差はやっかいになる。ここからは、本気で行こうか。
「黙れっ。お前は【転移者】の力なんぞ卑怯な力に頼っているんだ。これは対等な勝負だぁあああああ」
ルイスさんと他の騎士達も叫び声をあげる。魔力を感じるし多分バフをかけているな。
構え直すと、後ろから光の矢が騎士達に降り注いだ。
「「「グワアアアアアアアアアアアアアア」」」
不意打ちに対応できず、普通に吹っ飛ばされる騎士団達。
振り返ると、笑顔もないマジ切れの叶さんがいた。
「一対一の戦いだからって、我慢してたからね。そろそろいいよね真也君?」
「止めても、戦うでしょ。叶さんは」
「もちろん【星女神の鼓舞】【星光鱗】」
スムーズなバフが飛んで来る。【星女神の鼓舞】は精神と筋力のバフ、【星光鱗】は光の粒が周囲に浮かび防御してくれるものだ。
「ん?」
「えっ?」
二人して声が上がる。過去に何度か受けたはずの叶さんの【スキル】が変化している。
光の粒が鱗のようになり、より体に密着している。
僕の体からも青い光が陽炎のように、漏れ出し、満ちてくる力もこれまでより段違いに大きい。
「なんか、いつもより凄いけど。叶さんなんかした?」
「ううん、いつもの感じだったけど……ゲーム的に考えたら、関係あるのは奴隷契約かな? ファスさんが奴隷紋が変化したって言ってたし。『竜の後継』ってのと関係あるのかも」
「『竜の後継』ね。そう言われてみれば、これって竜の鱗にも見えるな」
手に張り付いた光の鱗は確かに竜を連想させられる。
「いいねー。なんていうか、私が真也君の物になったって感じでグッとくるよ」
「もうちょっと、こう、穏便な表現はないかな?」
「真也君なら受け止めてくれるよねっ」
「……頑張る」
「自信無さげ!! そこは即答しようよっ」
なんて話をしていると、矢が飛んで来るので手刀で叩き落とす。
ポーションの瓶が周囲に転がっており、騎士団は回復したようだ。
「冒険者ぁあああああ。貴様、戦いに聖女様を巻き込むとはどういうつもりだ!?」
「不可抗力だ。叶さんが僕に止められるわけないし」
「先に約束破ったのは貴方達でしょ! さぁ、真也君新しい私の【スキル】試してみてよ」
「わかった。……いくぞ」
「いつでも。ご主人様♪」
盾持ちが前に出てくるタイミングで、僕も再び前へ出る。
と同時に叶さんが周囲に青白い光の兎が数羽ほど放ち、盾持ちにぶつかり隙間ができる。
「完璧っ。流石叶さん」
だてにファスとの連携をしていない。
肩から捻じ込むように体を入れて、敵の陣形の中へ入る。
斧槍使いの腰に手を回し、そのまま後ろの弓使いへ投げつける。
「軽い!」
ほとんど体のブレ無く投げれた。いままではバフをかけられた時に上がった筋力に技を合わせる必要があったが、今の状態はこれが本来の動きとでも言うように自然に身体を動かすことができる。
そのまま、周囲の騎士二人の手を掴み、身体を回す。
「【四方無尽投げ】」
投げ終わりが投げの始まりとなる連続投げを、騎士達に叩きつける。
悲鳴すらなく、騎士達が地面に叩きつけられ、何人かは関節があらぬ方向へと曲がっていた。
「あっ、防御バフの性能を調べるの忘れてた。……なんていうか、出力以上に精度がめっちゃ上がってるな。叶さん、彼等に回復を」
「えー、ヤダ」
「ヤダって……このまま放置は不味いでしょ」
「私からもお願いします。聖女様」
まだ怒りが収まらない様子の叶さんに老成した声がかけられる。
声の主はバルさんだった。
「あっ、お久しぶりです。バルさん」
「バルさん。随分遅かったね」
呻き声を上げる騎士達を無視して、とりあえず挨拶する。
最後に会ったのはスタンピードの時か、元気そうでなによりだ。
「えぇ、多少手間取りましてな。聖女様を教会に置いておきたい者達に妨害されました。彼等もその妨害の一部でしょう。このままでは話もできませんので、最低限の回復をお願いします」
「それなら仕方ないか【星癒光】」
叶さんの回復を受けて、騎士達が立ち上がる。
「おおっ、女神の光。やはり聖女様は我等と……バル大神官! 馬鹿な、なぜここにっ!?」
ルイスさんの表情が驚愕に歪む、大神官ってなんか凄い人なんだなバルさん。
「この団のリーダーは君だったねルイス君。私に対する追手は同行していた【転移者】様によって捕らえられたよ。まさか私の命を狙うとはね。君たちも随分追い詰められているようだ。残念ながら、追手が全部話してくれてね。君らを抱える派閥もしばらくは静かにしてくれそうだ」
「グッ……大神官はよろしいのですか!」
「何がだね。ルイス・セイオッゾ君?」
穏やかな表情だが、迫力が凄い。さらっと言っているが命を狙われたのか。
そんなバルさんを前にルイスさんは食って掛かる。
「聖女様が……いくら転移者とはいえ、そんな男と一緒にいるなんて、女神が許しませんよっ!」
「女神様はお許しくださるでしょう。許さないのは『聖女』という権威に群がる私達のような宗教家なのです」
「その言葉、背信行為として上に報告します!」
「好きにしなさい、君の言う『上』には話がついています。それと、今回私を襲った件について責任を誰が取ることになるのか……君は自分の身を案じた方が良いでしょう」
その言葉に蒼白になったルイスと後ろの騎士団達は、足早に立ち去って行った。
去り際に凄い眼でこっちを見ていたけど。
「やぁ、申し訳ありませんな。冒険者様。私の不手際でこのようなことになってしまいました」
バルさんの『冒険者』にはルイスさんのような嫌味はなく。冒険者という職業に尊敬すら抱いているような、そんな響きを感じる。
「いえ、助かりました。正直話の落としどころを探していたんです」
「私はもううんざりだよ。真也君、デートの続きをしよう」
叶さんが袖を引っ張ってくる。
バルさんを見ると、笑顔で頷いてくれた。
「そうですな。聖女様、私はこの街の教会で他の転移者様と合流しますので、また明日にでも話しましょう」
「わかったよ、じゃあねバルさん。行くよ真也君。時間を取り返さなくちゃ」
「わかったって、引っ張ると危ないぞ」
叶さんに連れられて、二人でアマウントの街を楽しんだ。
あっという間に夕方になり、周囲が暗くなる。
「今日は遊んだな。暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか?」
腕を組んでいる叶さんは、俯いて返答をしない。
ツカツカと僕を連れて歩く。それは宿とは反対の方向だった。
無言で進むと、カラフルな屋根の建物の前で止まる。そこは……つまり、男女がそういうことをする宿だった。
「か、叶さん?」
「今日は帰らないってファスさんには伝えているから」
そっぽを向く彼女の耳は真っ赤だった。
「無理する必要はないんだ。あの、元居た世界の感じで付き合うことだってできると思う」
バッと叶さんがこっちを向く。
「じゃあ、これから真也君とファスさん達が夜に愛し合っているの、横で耳塞いで聞けって言うの? 絶対にイヤ。……真也君バッカリずるいよ。先に行っちゃって、私はそういうの、まだ子供かもしれないけど……だからって負けたくないから」
なんと言えばいいのかわからない。あまりにも僕が悪い。
女性にここまで言わせてしまうなんて、いつまで二の足を踏んでいるつもりなんだ。
叶さんは、この世界に残るとまで言っているというのに。
「ゴメン」
それしか言えなかった。申し訳なくて、自分が嫌になる。
「……違うの、謝って欲しいんじゃなくて、でも、本気で悩んで考えた結果だから。元の世界の常識じゃちょっと早いかもだけど、ぶ、ぶっちゃけ興味あるし」
「叶さん!? ちょ、一旦落ちつこう」
叶さんがグルグル目になっている。僕だって、正直経験があると言われればファス達にはやられっぱなしというか、敗戦しかしてないんですけどねっ!?
緊張が伝わって来て、こっちも混乱している。
「これが、落ち着いてられるかって話だよ。真也君はもう歴戦の戦士かもしれないけど、私は経験値ゼロだよっ。ちゃ、ちゃんと準備はしたから、よしっ、行こう」
「わかった。その、大事にするから」
「大丈夫、私聖女だから、ヒーラーだから。多少乱暴でもイケる。むしろそっちのが捗るっていうか」
「叶さん!?」
そして、二人で過ごす初めて夜は……これまでで一番ぎこちなくて、あまりにグダグダで、それがなんだかおかしくって、二人で笑い合って、強く抱きしめ合ったのだった。
というわけで、叶さんパートでした。
覚悟が違います。
ブックマーク&評価ありがとうございます。嬉しいです。
感想&ご指摘いつも助かっています。……誰かレビューくれたら嬉しいな(ちらっ






