第百七十三話:聖女は僕を許さない(桜木 叶②)
叶さんを抱えて、花びらの中を走り抜ける。
「わぁ。早いっ、すごいねっ」
「舌を噛まないように」
アマウントの街を吹き上げる風に乗るように【ふんばり】で空中と建物を進む。
前髪を抑えて、笑う叶さんを見るとなんか胸がほわっとするな。
「ねぇ、宙返りしてよ」
「危ないよ」
「大丈夫、しっかり掴まっているから」
……ジェットコースターじゃないんだから。
苦笑しながら建物から飛び降りる際に一回転をして着地すると、叶さんが声を挙げて笑った。
周囲を見ても、騎士団達はいない。
うまく逃げることができたようだ。立ち上がった叶さんが腕を引いてくる。
「さぁ、デートを続けるよ真也君。急がないと騎士達がやってきちゃう」
「そうだね、ところで叶さん。行きたい場所があるんだけど」
街を見回った時に、叶さんと一緒に見たい場所を考えたのだ。
「嬉しい。じゃあ、交互に一緒に行きたい場所に行こうよ。先に真也君ね」
「わかった。じゃあ、こっち……うん?」
こっちをジッと見て、叶さんは動かない。彼女は無言で手を伸ばしてきた。
緊張しながら、手を重ねると。にへらと叶さんがほほ笑んだ。
「照れるね。でも、ずっとこうしたかったの。図書館で一緒にいた時から、ずっと妄想していました」
ニギニギしながら、照れ隠しのふざけた調子で叶さんはそう言う。
「僕なんて、想像もしなかった。女子と手をつなぐなんて、ましてや相手が桜木さんだなんて」
「吉井君は、鈍すぎだよ」
いやいや、だって自分が好意を寄せられているなんて、勘違いしてしまったら立ち直れないし……。
昔の呼び方をされると、なんか異世界に来る前の感覚がしてムズ痒いな。
照れ臭いので、ちょっと顔を逸らす。多分彼女はそんな僕を笑って見ているんだろうなと思いながら、目的地まで手を繋いで進んでいくのだった、
「おお、なるほど。確かに私達っぽいね」
というわけで、僕等が訪れたのは古本屋だった。
少しわかりづらい、静かな路地裏にあり、ちらほらと人がいる程度の丁度良い雰囲気の本屋だ。
この世界に来てから本なんて読まなかったけど、叶さんとのデートならここだろうと散策した時に思ったのだ。
「普通のデートスポットも調べたけど、やっぱりこういうのが好きかなって」
「うんうん。この雰囲気、わかってるね真也君」
騎士団もここなら見つけることは難しいだろう、二人で入店すると独特の埃っぽい匂いが迎えてくれる。本の材質が違うのか、元居た世界とは少し違う感じだ。
さて、どうしようかな。ジャンルを絞って二人で本棚でも回ろうか。
そう思っていると、背中をちょんちょんとつつかれる。
「ねぇねぇ、真也君。提案があるんだけど」
「ん? 何?」
「せっかくだし、お互いに一冊ずつ本を買ってプレゼントしてみない?」
「いいね。面白そう、ジャンルとかはどうする?」
「あんまり広い店じゃないし、自由で良いと思う。時間が無くなっちゃうから、体感三十分で探すってのでどうかな?」
「わかった。じゃあ後で」
「うん、後で」
というわけで、反対の通路へ別れる。
元居た世界では、おすすめの本を持ち寄ったりしたもんだ。
叶さんはどういうわけか、家に本を持ち込めないとのことでTRPGのサプリメント本とかを僕が預かったっけ?
「しかし、この異世界文字は慣れないなぁ」
適当に手に取った本をパラパラとめくると、読めないはずの文字の意味が頭に飛び込んでくる。
しかし、この感じでは文章に込められた作者の意図を読み解くのは難しそうだ。
小説なんかはもっと勉強しないとダメだな。
叶さんも同じなら、小説は止めとこう。
本棚の間の狭い通路を、他の客と譲り合いながら進んでいく。
「叶さんが好きそうな、ジャンル……都市伝説、怪談、妖怪、虫、ゾンビ、グロテスク……」
頭に浮かぶ単語を、口に出してみるがどうにもしっくりくる本がないなぁ。
そろそろ時間なのでちょっと焦る。
と、ある本棚の前で足を止める。
思わず、笑みが浮かぶ。このコーナーの本なら彼女も気に入るだろう。
受付で会計を済ませると、会話を聞いていたのか初老の店員さんが本を包装してくれた。
お礼を言って入り口へ戻るとすでに叶さんが待機していた。
「あっ、自信ありげな顔だね真也君」
「まぁね。叶さんは?」
「バッチリだよ。どうする、この場で発表する?」
「ここだと狭いし、少し落ち着きたいな」
入口で騒ぐのも店に悪いだろう、本屋は静かな方がよいのだ。
「だったら、私が見つけたおすすめのお店があるの。お腹も減って来たし、行ってみない?」
「わかった。僕もお腹ペコペコだ」
「フフフ、鬼ごっこしたもんね」
「笑い事じゃないよ……」
どちらともなく手を繋ぎ合い、路地裏を出る。
騎士団を警戒しながら街を行くと、客で賑わうお店の前に案内される。
店の中はやや薄暗く、カップルも多そうだ。
ちょっと、大人な感じで尻込みしそう。
「どう? 中は個室だし、ゆっくりお話しできるよ」
「いつも冒険者ギルドとかで食べていたから、こういうのは元いた世界も含めて始めてだよ」
叶さんのような女子はこういうの慣れているのだろうけど、僕は初体験だ。
「実は私も……ドキドキだね」
伏し目がちにそういう彼女はあまりに可愛くて、それは今だから見せてくれた初めての彼女の表情で……。
「っ、入ろう。騎士団もいるから」
こういう時、男は誤魔化すことしかできないの、どうしてなんだろう。
中に入ると外から見た印象よりは店内は明るく、見通しも良い。
この街ではあまり見ない小人族の店員さんに案内され、奥の個室に入る。
昼のメニューは決まっているようで、飲み物とか付け合わせを注文するタイプのようだ。
二人でメニューを見て、相談しながら注文する。
「私、こっちの世界では自由にご飯とか食べることもなかったから、こういうの楽しみ。白星教では魔物の食材も出ないし、その辺不満だったんだよね」
飾られているキャンドルを興味深そうに見ている叶さんと、他愛もない話を続ける。
「前にオークを食べたけど、美味しかったよ。トアが調理してくれたんだけど、あれはまた食べたいね」
「えぇ、羨ましいなぁ。真也君は料理ってできる子がタイプなの?」
これ、難しい質問だな。
上手く返せる気がしないので、素直に答える。
「うーん、まぁ、手料理ってのは正直憧れるな」
「なるほど、トアさんに教えて貰おうかな」
「無理する必要はないと思うけど、別に料理が出来なくても僕は叶さんのこと……好きだし」
「……照れてる」
「そりゃあ、照れるよ」
「好きな人にもっと好きになってもらうために、努力するの。むしろ応援してほしいかな」
「わかった。応援する。というか僕も料理作りたいんだけど、ファスとトアが自分らの仕事だって言うんだよなぁ」
「その辺はこっちの世界の常識なんだし、真也君が譲るべきだと思うな」
「いやいや、こう見えて僕だって、人並みには料理するんだけどなぁ」
とか、話していると前菜のサラダが運ばれる。
豆と真っ赤なカブみたいな野菜にトロリとしたドレッシングがかかっている。
「これ、なんだろう?」
「ビーツっぽいね。……モグモグ、うん、やっぱりビーツだよ。ほらあーん」
普通にアーンとかされる。……いや叶さんも頬が赤い、恥ずかしいならしなきゃいいのに。
パクリと食べるとコリコリした歯ごたえ、うん、美味しい。
その後、これまた赤いシチューとパン。次に蜂蜜のパンケーキが出て来た。
どれも綺麗に平らげ食後のお茶を飲みながら、いよいよ本屋で買った本を見せ合う。
先に僕から叶さんに渡した。
丁寧に包装を解いた、叶さんに笑みが浮かぶ。
「『虫型魔物辞典』挿絵付き。うわっ、棲家や生態とか書いてる。面白そう」
「僕等って異世界の文字に慣れてないからさ、挿絵がついているものがいいかなって」
普通ならドン引き間違いなしのチョイスだが、叶さんなら嵌まる自身があった。
目論見通り気に入ってくれたようだ。
「……私にこういう本をプレゼントしてくれるのは、真也君だけだよ。大事にするね。次は私、開けてみて」
彼女から差し出されたのは辞書よりは薄めだが、A4サイズよりも大きな包みだった。
開けてみると、画集だった。
内容は、本のページに直接絵を描いた珍しい形で、風景が描かれている。
ただの風景ではない、それはダンジョンでゴブリンが踊り狂うものや、ドラゴンが宝物の前で眠るもの、朽ちたゴーレムなどこの世界での幻想的な光景が描かれている。
「これは……」
「真也君が『あの日』にくれた本達の中にあった画集のことを覚えてる?」
あの日、僕が首を括ろうとした日に僕が叶さんに渡したある作家の画集。
「うん、よく覚えてる」
「あの本、きっと大切にしていたものだって思ってた。ずっとお返しをしたいと考えてたの。……ねぇ、真也君。私ね、こうして本とか他にもいろんな物を渡し合っていきたいんだ。だから、勝手にいなくなったら許さないから」
「うん、もういなくならない」
「約束して」
笑顔の彼女が差し出してきた小指に自分の小指を絡める。
彼女が僕のしたことを許すことはないだろう、ラッチモとの戦いの後も彼女はそう言っていた。
世の中には『許されない』ことで救われることもある。
しかし、この笑顔でこちらを見る、聖女様に勝つことは今後もないんだろうなぁ。
とか思いながら、僕は新たに誓いを重ねるのだった。
遅くなってすみません。
叶さんデートは物語の都合上もうちょっとだけ続きます。
真也君はやられっぱなしですね。
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