第百七十一話:変わらぬ誓い(フクちゃん②)
「ぱらっぱっぱっぱ~♪ あいや、びばのんのん~♪」
「なんで、その曲知ってんの?」
昭和の歌謡曲を口ずさむフクちゃんと丘を歩き、牧場へ辿り着く。
背の低い柵の向こうには、花冠を付けたような毛の長い山羊がいた。
体長は1.5mほどだろうか? 普通の山羊よりは大きいように見える。
「マスター、なんかいるー」
「多分、トアが話していた花山羊だな。昨日のお肉はアレの肉らしいぞ」
「ほー。じゃあコロス?」
「人の物だから止めときなさい」
僕等で捕まえても、血抜きもままならないだろう。
というか、めっちゃ山羊たちがこっちを見ているし。
警戒心の強い魔物なのだろうか?
「おや、観光客かね? ここは動物臭いだろう?」
後ろから、髭の豊かなおじさん話しかけられた。
「いえ、むしろちょっと甘い香りがします」
「わるくない」
牧場独特の獣臭さは無く、清涼な甘い香りがする。
フクちゃんも興味深そうにしていた、おじさん一人なら人見知りもしないようだ。
「この時期の花山羊は角からそんな匂いを出すんだよ。よくこんなところまで歩いてきたもんだ。馬車で来たのかい?」
「いえ、歩いてきました」
「大したもんだ。最近の若いもんに見習わせたい、そうだ、ちょっと待っていなさい」
そう言って、少し離れた場所にある。金属製のタンクから瓶に白い液体を入れて来た。
「今朝絞ったばかりの山羊の乳だ。ここいらの蜜を入れているから、旨いぞ、飲んでみな」
笑顔で瓶を二本差し出してくれた。
「美味しそうです。丁度ご飯にしようと思っていたので、助かります……おいくらですか?」
「いいにおい~」
フクちゃんもお気に入りの様子だ。
「なぁに、おごりだよ。そこの可愛いお嬢ちゃんに免じてな」
「ありがとー」
おじさんは良い笑顔で瓶を僕に預け、さっさと行ってしまった。
一礼して、背中にお礼を投げかける。
「よし、じゃあ木陰にでも行ってお昼にしようか」
「はーい」
近くにあるそこそこ大きな木の下まで行くと、お弁当箱を開けて広げていく。
中には、卵料理にサラダ、そして僕等の大好きな肉料理とおにぎりがバランス良く並べられている。
ちなみに肉料理はハンバーグです。フクちゃんと一緒にコネコネしたのだ。
「いただきます」
「マスター、あーんして」
フォークでハンバーグを刺して、こちらに差し出してくれるので、一口食べる。
一回り以上小さいフクちゃんにあーんをされるのは恥ずかしいけど、周りには僕等だけだから気にしないでよいだろう。
フクちゃんは紅い瞳をこちらに向けて、ソワソワとしていた。
味の反応を知りたいのだろうか?
「……美味しいよ」
なんだか、ちょっと照れ臭い。
「やったー。次はこれー」
「フクちゃんも食べなよ」
「今日はコレでいいのー」
そんなことを言って、嬉しそうに全部のメニューを次々に僕に差し出してくる。
その表情があんまりにも嬉しそうだから、僕も嬉しくなった。
途中でバトンタッチして僕がフクちゃんに、あーんをする。
ちょっと前まで虫の姿でご飯を上げていたのに、今は女の子の姿だ。どちらの姿でも僕の大事なフクちゃんだけど、少女の姿は彼女が僕に近づく為にわざわざ用意してくれたものなのだ。
ご飯を食べ終え、二人でおじさんがくれた牛乳を飲む。
冷やされていたのか、冷たい牛乳は濃厚で、後に残らない微かな甘さが印象的だった。
「おいしいねマスター」
「そうだねフクちゃん」
空が青い……。風は涼やかで、お腹は一杯だ。
まるで夢みたいに幸せなのだけど、本当にここは現実なのか?
こうしていると不安になる時がある、これは夢で僕は本当はあの林で首に縄をかけて……。
「マスター?」
「んっ、ゴメン。ぼーっとしてた」
フクちゃんが僕のほっぺを両手で挟んで、顔を近づけた。
プクーっと頬を膨らませて怒っている。
冗談みたいに透明な白い肌に紅い瞳、そして女性の匂いと牛乳の残り香が鼻腔をくすぐる。
フクちゃんが手を離し、数歩下がった。
「マスター、だいすきだよ」
フクちゃんの着ている白い服が繭のように球体となり広がる。
次の瞬間、いつもの姿より一回り成長したフクちゃんがそこにいた。
その下半身は蜘蛛のそれであり、上半身は布を纏っただけの蠱惑的な姿。
その髪は光沢を纏いながら地に着くほどに長く、その容姿はゾッとするほどに美しい。
アラクネ、半身人間、半身蜘蛛の魔物。その女王。
神話に出たっておかしくないような神秘性を持った存在がそこにいた。
「フクちゃん……」
「悲しい顔をしないで、私がいます。貴方はここにいます。私の愛しい人。今一度誓いを聞いてください」
胸に手を当て、アラクネとなったフクちゃんは声を紡ぐ。
「例え世界が敵になろうとも、貴方が地獄の底へ行こうとも、死が私達を分かつとも、私は貴方の傍にいます。それが誰であろうとも貴方の敵を殺し、それが神であろうとも貴方の為に捕食しましょう。私達は未熟で、きっとこれから様々な試練が訪れることでしょう。その全てを乗り越えて、限り無く、永久の彼方までも、私は貴方を離しません。『私達』は貴方を離しません。『私達』の最も強い絆は貴方に結ばれ。運命も、星の女神も、『私達』の絆を解くことはできないでしょう。マスター、貴方は私達との絆を信じてください。貴方がどれだけ我が身を責めようと、必ず私達が癒して見せます。幾万の言葉を織っても、幾億の価値を捧げても貴方への愛は尽きることなく湧き上がるでしょう。感じてください、貴方はそれを受け取るに値します」
静かな声で朗々とフクちゃんの声が木陰に響く、女神のような彼女の宣言はあまりに重く強く、僕は……どうすればよいのかわからない。
「……僕はただの人だよ」
「いいえ、世界でただ一人の私のマスター」
両手を広げ、再び彼女は僕の頬を挟む。そして柔らかく口付けをしてほほ笑んだ。
「……貴方は出会った時からおっちょこちょいで、自分を責めてばかりで、我が身を顧みず、私を助けてくれて、ファスを大事に想い、トアを救いだし、叶を受け止めた人。弱くて強い人、優しくて脆い人……私の大好きな人」
光の粒子がフクちゃんから炭酸の泡のように浮かび上がり、僕を抱きしめるその姿は、いつもの幼い少女の姿へと戻る。
「マスター、ずっといっしょなの」
「うん、ごめん」
「マスターのアホー」
「そうだな。僕はアホだ」
「…………すぴー」
「フクちゃん?」
腕の中の小さな少女は、寝息を立てていた。
「もっと強くなるよ。胸を張って生きていると言えるように、僕の大好きなフクちゃん」
そう言って青空を見ていると、風が気持ち良くて、いつの間にか僕も眠ってしまったのだった。
※※※※※
光が渦巻く中心に、黒点が一つ。
錆びた金属をすり合わせたような耳障りな音が響く。
「余の百番目の妻の魔力を感じたぞ……そうか、やはり余の眼に狂いはなかった。彼女こそは、余の伴侶に相応しい……目覚めが待ち遠しい……必ず……この手に……」
光が強まり黒点が呑み込まれる。その声はどこにも届かず、光の中に消えていった。
フクちゃんとのデートでした。
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