第百七十話:丘を越え行こうよ。(フクちゃん①)
「わーい。あたりー」
街に着いて二日目の夜。
先の赤い紐を持ったまま、フクちゃんがピョンピョンと跳ねている。
そのままこっちへダイブ。キャッチしようとしたら、子蜘蛛の姿で頭に乗ってくる。
(ヨロシクネ、マスター)
「あぁ、よろしくな。フクちゃん」
思えば、普段はファスの護衛とかお願いしているし、フクちゃんと二人切りでお出かけってあんまりないかもな。
「うぅ……私ってばクジ運悪いかも」
叶さんは、色のついていない紐を恨めしげに睨みながら唸っていた。
それを見て、男装に戻った紬が肩に手を置く。
「チャンスはすぐに来るさ。私は大満足だったよ、なぁ真也」
不意に話を振られる。これは……。
「そうだね。紬……でいいかな」
「あぁ、その呼び方で頼むよ」
今日一日で、路上の劇や陶器の店を回った『紬』の呼び方は、皆の前ではとりあえずそのまま『ツムギ』となった。
やっぱり、女性を呼び捨てにするのはちょっと恥ずかしいな。
「……明日は、教会の子達が何人か来る予定だから、私達は街で会ってくるわ」
「叶のことを悟られないように、追手を警戒して少し遅れるそうだが、バル神官も来るそうだ。楽しみは後にしたまえよ叶」
「……さくっと、呼び捨てになってるし。見せつけてるよねっ! 明日こそは当たりを引きたいな」
聞けば、この街は第一王女のネリネスト様の陣営の貴族(悟志のパトロン)が治めているそうだ。
先日砂漠の一件で、コネを作ったネリネスト様の息がかかった街へ合流するとのことになったらしい。
……移動時間的に最初からこの街へ僕等が来ることを見越していたようだけど、その辺は流石バルさんと言ったところか。
何はともあれ、明日はフクちゃんとデート?だ。
ファス、トア、フクちゃんとやたらデカいベッドに川の字(+1)になる。
「フクちゃんは明日、どのようなデートにするのですか?」
「んべな。気になるべ」
ファスとトアの質問を受けて、子蜘蛛の姿から女の子の姿にフクちゃんが戻る。
「んっしょ。えーと、わかんなーい。マスターといっしょに遊ぶのー」
「そうだな。一緒に遊ぼうフクちゃん。フクちゃんには出会ったその日から、お世話になりっぱなしだ」
「旦那様とフクちゃんの出会いって、どんなんだったんだべ?」
「僕等の出会いか、トアには話してなかったっけ? まず僕等の出された毒の解毒の為に……」
話すことは尽きず、思い出は山のようにある。
トアの反応を楽しんだり、ファスと一緒に懐かしんだり、フクちゃんの謎の語彙に突っ込んだりしながら、夜は更けていった。
――――
翌日、水筒を腰に下げて帽子を被ったフクちゃんとお出かけだ。
出かけ先は街への遠足だ。
人見知りであるフクちゃんは、街よりもその周辺を見て回りたいんじゃないかと考えたのだ。
ちなみに僕は、リュックにお弁当をこれでもかと詰め込んでいます。
朝が苦手なトアが、フクちゃんに起こされ作ってくれたものだ。今日ばかりは僕も手伝えたので嬉しい。
いつも、主人が手伝いはするなって言われるからな。
ファスはトアと街へ散策へ行くそうだ。叶さん達は教会組の女子との合流だそうで、今晩はバルさんも連れて帰るそうだ。久しぶりに話すのが楽しみだな。
「マスター、はやくー」
「はいはい。走るとコケるぞー」
「脚生やすからダイジョブー」
マジで生やせるからな……。
フクちゃんに手を引かれ、コテージから出て、街のメインストリートから関所へ向かう。
たまたま入ったゲートで、一昨日の獣人のお姉さんに会う。
「おはようございます」
「おはよー」
「あら、おとといの冒険者さんじゃないですか。お出かけですか?」
「ええ、ちょっと街の外へ散策へ行こうと思いまして」
ムフーと、フクちゃんが水筒を印籠のようにお姉さんに見せる。
「お出かけなのー」
「それは構いませんが……。この辺りは魔物も出ませんし、治安も良いといえ流石に街の外は少し危険ですよ。いくらC級冒険者とはいえ、そんな小さな子を連れて出るのは危険かもしれません。というかその子は一体……貴方がここに来た時にそんな綺麗な子いなかったような……」
あっ、そういや。あの時フクちゃんは子蜘蛛の姿だったじゃん。しまったなぁ。
「えーと、あの時ローブを着ていたよな? フクちゃん」
「ちがうよー」
咄嗟に顔を隠していたファスだと誤魔化そうとしたけど、フクちゃんが素直でした。
こうなりゃ【呪拳:鈍麻】で思考を鈍らせて……。
悪いことを考えていると、フクちゃんがお姉さんに近づく。
「ボクはダイジョブだから、通るね」
「……可愛い」
それは魔性の瞳、蜘蛛の女王たる力の一端。
お姉さんが頬を上気させ、トロンとした瞳になる。
これでも抑えているのだろうけど、お姉さんの視線がフクちゃんに固定されて離れない。
真っ白な髪に紅い瞳、あまりにも均整の取れた手足。
無邪気な子供らしさでありながら、見る人を惹きつけ魅了する、圧倒的な存在感。
これは不味いな。
「じゃ、じゃあ、もう行きますね」
「あっ……えっと。そうだ、外出証を渡すので帰ったら、検問で見せてください。スルーできますから」
「ありがとうございます」
「ばいならー」
これ以上いたら、フクちゃんの『魅了』で人が集まりかねない。
人目を避ける様に走って、街道から外れた丘へ移動する。
高地であるこの街は牧畜が盛んらしく、少し遠くの丘には柵で囲まれた牧場が幾つか見えた。
本当に治安がいいんだな。
しばらく走って、速度を緩める。
フクちゃんはこっちを悪戯した後のようにジッと見ていた。
「さっきは焦ったな。それにしてもフクちゃん。【魅了】が随分上手になったな」
「マスターをメロメロにするのー」
ニコニコとそう返すフクちゃん。いや、マジで怖いんで止めてください。
「それはそうと、やっと人通りも少なくなったし。デートをしようか」
「わーいデートだー。マスター、あそこまで行きたい」
フクちゃんが示したのは、数キロ先にある牧場だ。走ればすぐだが、今日はゆっくりと歩きたい気分。
リュックから、昨日買った焼き菓子を取り出してフクちゃんに差し出す。
今日のデートの為に仕入れていてよかったぜ。
「よし、お菓子を食べながらのんびり行こうか」
「わーい、マスター。おててをつないでー。おかーをこーえ、いこうよー♪」
お菓子を持った手とは逆の手を掴む。少し体温の高い小さな手。
それをブンブンと振りながら、僕等は元気よく丘を進む。
この小さな体に何度も何度も命を助けられた。
この世界に来て、ファスの次に出会えた僕の大事な家族のような存在。
「今日は、楽しい日にしようなフクちゃん」
「うん、マスター。楽しみだねー」
こうしてフクちゃんとのデートが始まった。
というわけで、フクちゃんとデートです。……始まる前に一話使いましたが、まぁ誤差です(震え声)。
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