第百六十九話:花をつむぐ(中森 紬)
朝起きて、リビングへ行くとメモが置かれていた。
『花のある場所』
なるほど、面白いじゃないか。
演劇部の彼女らしい、形から入るようなデートの始まりだった。
ファス達に声をかけて街に繰り出す。
「花のある場所ね。範囲がこの街だけでもかなりあるぞ」
山間の街であるアマウントには、高原に咲く花が名産らしく、街のあちこちに花が飾られている。
季節も合っているのだろう、この時期が観光で人気なのも頷けるな。
とりあえず、メインストリートに向かってみると。人混みとカップルの多さに圧倒される。
店先、壁、花屋、花を籠に入れて売る子供。花がモチーフの絵も飾られている。
ヒントが少なすぎるぞ……。これじゃあ見つけるのに一日かかってしまいそうだ。
街のいたるところから花びらが舞い上がり、空に流れていくのを見ながら考え込む。
考えてもわからないや。叶さんとよくやっていたTRPGでは出題者の意図を読むのが大事だったが。
正直僕は紬さんのことを良く知らない。『僕ならわかる場所』という感じでもなさそうだ。
「おいおい、まさか……」
謎解きじゃないのか……街中に飾られた花、その中でも花が集まる場所はかなりある。
これの中から見つけろってか?
「無理を言うなぁ」
とりあえず、走り出そうか。
※※※※※
「真也は見つけられるかな?」
アルコールのほとんど入っていない蜂蜜酒を横に置いて、足を延ばす。
昼時も過ぎたが、真也がくる気配は無い。
紬はゆったりと真也を待っていた。演劇では人を待つ物語はとても多い。
劇の中で想い人を待つのはいつだって女だ。男は必死で女を追いかけ手を差し伸べるのだ。
中森 紬はそのスタイルの良さと中性的な顔立ちからいつも男性役をしていた。
女性が男性役に扮する、自分のような女っけの無いものはそれで良いと思っていた。
しかし、今日は彼女は待っている。監督でも部員にでもファンを自称する後輩でもなく、誰に押し付けられるでもなく、自分の意志で。
「クックック……恥ずかしいな。私も中々に乙女だったというわけだ」
虚空に手を伸ばすと、風が頬を撫でて空に舞い上がる。
花びらを連れて雲に登ってゆく。
叶から、真也のことを知って。興味を持つようになって、初めて女性として男子に関わった。
異世界に来なければ、こんな機会は無かったかもしれない。
私は今、浮かれている。
このまま、真也が来なければ夜までも待つのも良い。
月見酒といこうじゃないか。
彼が私を見つける可能性は低いだろう。
本当に来ないかも知れないからこそ、胸は高鳴るのだ。
用意した二つのグラスのうちの一つを手に取り、一人で乾杯をする。
チンと澄んだ音が響いて、風がまた吹いた。
花が舞う。少し整えた髪を抑えると。
「おやっ?」
下から出て来た手が屋根にかかる、そして一気に真也が体を上げて、そのまま横に倒れた。
「ハァ……ハァ……ちょっとしんどかった」
「大したものだロミオ。手を伸ばしてくれても良かったのだけどね」
グラスを持ったまま、紬がほほ笑んだ。驚くべきところなのかもしれないが、不思議と予感はあった。
横で倒れる真也にグラスを差し出す。
「ありがとう。まさか一番最後に残った建物だったとは……マジで見つからないと思ったよ。ジュリエットはどうやってここに登ったんだ?」
グラスを受け取ると、真也が正面を見る。
そこはこの街でもっとも高い時計塔の屋根の上、山道を吹きあがる風が街中の花びらを運んでくる場所だった。とにかく花が集まる場所を探して走り回った真也が、花びらの流れに気付き、風を追ってようやくここに辿り着いた。
「登るだけなら今の私の身体能力をもってすればさほど難しくはない。昨日のうちに【紋章】を仕込んで、後は転移するだけだ」
「なるほど……適当に答えたけど、僕ロミオとジュリエット良く知らないんだよな。悲恋だっけ?」
グラスを受け取った真也が体を起こし、紬が瓶のコルクを抜いて、お互いが酒を注ぎ合う。
「そうとも、結ばれない二人の愛を描いた作品だ。去年文化祭でやったのだがな」
「あぁ、あれめっちゃ人気で、体育館に入れなかったんだよな」
演劇部の出し物はかなりの人気で、数日前から入場の整理があったほどだ。
当然、真也はその流れに乗ることはできていなかった。
「……そうか、それは良かった」
「良かった? どうしてだ?」
「私が、ロミオ役だったからだよ。いつからかな? いつも私は男役だった。女子に告白された回数は宙野にだって負けない程だよ」
「それは相当だね。今の姿を見たら誰もそうは思わないだろうけど」
真っ白なワンピースにヒールのある靴。髪飾りをした『ヒロイン』のような紬が街を見つめる。
「結構勇気を出したんだ。いっそ見つかってもわからないほどに、女らしい恰好にしようってね。叶達にだって見せるのは恥ずかしいから、ずいぶんと早起きしたよ」
「似合っていると思う。まさかそこまで気合を入れてるとは思わなかった」
「人生初めてのデートだったんだ。ちょっとした令嬢のようじゃないか?」
裾を持ち、上目遣いで顔を寄せる。
演劇部だけあって、その動きは中々に魅力的だった。
「……紬さんは、ジュリエットがやりたかったの?」
「随分と真っすぐに聞いてくるね。ほら乾杯だ」
ジト目で睨み付けながら、二人のグラスが触れ合い、逃げるように真也が蜂蜜酒を煽る。
「ゴメン。正直何を話していいかわからないんだ」
「……別に、ジュリエットをやりたかったわけではないよ。男役も好きでやっていた。いや、女役の仕方がわからなくなっていた。子供の頃から男の子みたいと言われていたからね。だから偶にはこういうのもいいかなって思っただけさ」
「紬さんなら、どっちの役でも似合っていたよ」
「……ところで真也。今だ『さん』づけはいかがなものか、ここでは『紬』と呼んでもいいんじゃないか? 死闘を共にし、数日だが旅をした仲じゃないか。昔君のお爺様の道場に通っていた時も私を男子だと思って『ツムギ君』呼びだったしな」
紬は探るように真也を見つめた。
そんな視線に気づかず、真也は空と花びらを見る。
昔から君呼びだったのか、それは失礼だったな。
そもそも、当時から普通に訂正してくれてもよかったのに。
ならば――。
「うん、まぁわかった。『紬ちゃん』」
「…………」
グラスを持ったまま、紬が静止する。
「えっ、いや、当時からやり直すなら『ツムギちゃん』かなって……ちょっとした冗談のつもりだったんだけど。ご、ごめん」
唐突に真顔になる紬に、やってしまったと真也は焦るが、相手の反応はその斜め上だった。
「ちゃ、ちゃん付けなんて……ククク……ハッハッハ。紬ちゃんか……いいね。グッときた。今日は一日そう呼んでくれ。君がもし、昔道場でそう呼んでくれたら、私はどうなっていただろうな?」
「わからないけど。僕からみたら紬さんは――」
「紬ちゃんだろ?」
「えと」
「……」
無言の圧力に屈して両手を挙げる。
「紬ちゃんは、カッコよくなろうと思えばそうなれるし、可愛くも、綺麗にもなれるんじゃない? 僕はそう思うよ」
「私とデートして嬉しいと思ってくれるかい?」
「もちろん。光栄だと思う」
「そうか、まったく。……どうしようかな?」
「何が?」
「元の世界に帰るの止めたくなったよ」
快活に笑いながら、そう言い切る。
「いや、それは不味いんじゃない?」
「元の世界に戻るための、ダンジョントレジャーがどのようなものか記録は少ない。私は戻るつもりだが『戻れない』時のことだって考えてしまうものさ」
「……僕が探すよ。帰る場所があるなら……家族がいるならその方がいいと思う」
「先はどうなるかは誰にもわからない。ただし、私をちゃん付けした責任は取ってもらおうかな?」
紬が真也の手をとって、蜂蜜酒の瓶と一緒に飛び降りる。
「えっ!? うわあああああああああああああ」
とっさに紬の頭を抱いて、自分を下にする。
下から風が吹き、花びらが舞う。紬は顔を真也の胸元に埋めた。
花びらの中、二人は落下していく。
真也はとっさに砂漠で学んだヒットの【ステップ】を応用した空中での【ふんばり】で落下を和らげるが、姿勢が悪く、減速するのみ。
「ダメかっ!?」
紬を抱きながら身体を丸め衝撃に備える。
ポスン、と柔らかな感触。地面がマットのように柔らかく二人を受け止めた。
地面には【紋章】が魔力を受け淡く光っている。
「……紬さん、流石にこれはやりすぎだぞ」
紬が首に回した手をほどいて体をよこにずらす。
「紬ちゃんだろ? もし真也が私を見つけてくれたら、確かめたかったんだ。この胸の高鳴りの正体をね」
「……どうだった?」
「秘密さ。さぁ街へ行こうじゃないか。手を伸ばしてくれないか? ロミオ」
「よろこんで、ジュリエット。やっぱこれ恥ずかしいんだけど……」
先に真也が立ち上がり、頬を掻きながら手を差し出した。
その手を取って紬が立ち上がる。
「……やはり、こういうのもいいね」
繋いだ手を引いて、二人は花びらの間を縫うように街へ繰り出した。
紬さんとのデ―トは以上です。次は誰になるか、答えはダイスの女神のみ知る。
紬さんはいいとこのお嬢様なのですが、一部の友人しかそのことは知りません。
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